「サイバーセキュリティ」が重要な時代に

現在、世界の財産の多くはサイバー空間上をさまよい、その多くの「富」は明らかに「データ」である。そのデータは、銀行などの金融機関であれば、「データ」として、その銀行のシステムのサーバーの中に存在する(つまり、サイバー空間とは言うものの、一番重要なのはサーバー上のデータである)。そのデータの存在を国家機関などのより強大な力を持つ組織が、その地域の国民の合意形成のもと、価値を認めている。だから「それ」が「紙切れ」だろうが「データ」だろうが、「価値」を持つのだ。

となると、国民の富を守る、というのは明らかに「データを守る」ことである。国の財産も、全てデータである。であれば、データを守ることはそのまま国を守ることであり、侵略とは富のいっぱい詰まったデータを奪取することであり、戦争に勝つ、ということは冨の沢山詰まったデータを自分のものにすることである。

第2次世界大戦前までは「冨」とは土地のことであり、土地を耕し衣食住を直接支える資源のことであった。であるから、より多くの冨を得るために、その土地の人間を脅し、働かせ、国の政府がそれを手に入れることがそのまま「冨の奪取」であった。しかし、今は蓄えられた冨はデータであり、そのデータは国の政府などの支えによって、価値を認められている。結果として、データを守ることができない国や地域は滅びる。第2次世界大戦以前の価値観では現代を生きることはできない。データが毀損すれば、それはそのまま国富の毀損である。

結果として、サイバー空間での「攻撃」「防衛」が国防として重要なポイントにならざるを得ない。

しかし、いま、日本に限らず、どこの国の政府も、旧来の価値観に縛られているから、「データを守る」という考えになかなか至らないのだろう。それが至らないうちに、世界の状況は変化をしている。

「サイバー戦争」は現代のメインの戦争である。

 


シリコンバレー神話から抜け出ろ

1980年台、1990年台と、Appleなどの新興のベンチャー企業を産んで育てたと言われる「シリコンバレー」だが、2018年の今になっても、日本では「アルマーニ」みたいなブランドものの響きが残っている。実際、日本の投資家には「シリコンバレー」のブランドは「絶対」と言っても良い響きが聞こえるのだろう。それがまるで「成功」への輝けるキーワードの一つであるように。別の言い方をすれば、シリコンバレー神話はいまだに日本で生きているのだ。

そのため、こういった記事(全文は有料)も多いのだが、実際のところ、シリコンバレーだけに、ベンチャー企業にとって最適の投資環境があるわけではない。ベンチャー企業に最適な投資環境は米国に多いのは知られているが、それは、米国社会は経済発展を、金鉱発見、原子爆弾の開発などやその周辺技術で成功体験を積んでいたからだ。しかも、もともとが他民族の開拓による西欧的な価値観の移入などがあっため、「新しいものを受け入れやすい」という下地もあった。「シリコンバレーだから」ではなく「米国だから」である。その証拠に、テキサス・インスツルメンツ社はやはり半導体の初期からある企業だが、場所はテキサスだ(シリコンバレーの最初の半導体企業はフェアチャイルド社で、これはトランジスタの発明者であるショックレーらが作った)。

しかも、シリコンバレーの景気の良い時代でも、5年後に生き残っていた企業は1千社のうちたった数社であった、ということを聞けば、そこが「成功」というキーワードで満たされた場所ではない、ということがわかるはずだ。我々が見ている「成功したベンチャー企業」は成功しているから目立つだけだ。

対して、日本の社会は大規模な混血があったのは数千年前~数百年前までであり、その後は鎖国などの国の政府の政策により、文化的な単一性による組織が高い生産効率を持つと同時に、新しいものを受け入れ難い、という文化を作ってきた。伝統的と言われる、長い時間をかけて作られたこの社会はなかなか外部から、内部からの圧力で壊れることがなかった。唯一、太平洋戦争へ突き進む過程と、その敗戦が、近年において大きな変化だったが、それとて、数十年で元の木阿弥になった。日本という社会は一度できた制度を新たなテクノロジーや新たな事業が変えていく、ということがなかなかできない社会なのだ。

とは言うものの、世界の多くの国は米国型の「他民族国家」「多文化国家」に変わりつつある。地域を超えた情報のリアルタイムな流れと、物流・人流のコストの劇的な低下とスピードアップが、同時に起きたからだ。日本という地域のビジネスもこれに逆らうことはできない。であれば、日本型のこういった社会をいかに無理なくこれらの世界のビジネスに結合していくか、ということが、日本のビジネスにおいて大きなものとなることは、言うまでもない。

単に「シリコンバレーすげぇなぁ」と口を開けて米国のほうを見ているだけではなく、自らの足元の社会のどこをどう変えていけば、世界の流れから取り残されずに生きて行けるか、という具体性が重要になる。いま、私たちはそういう時代を迎えているのだ。

 


巨大災害時にはインターネットは使えない

最近、有るハッカソンで「災害時の安否通報システム」が賞をとった。そのシステムの基幹には、なんとインターネットの接続が使われている。インターネットの接続は、私達が3.11で経験したように、巨大災害では全く止まってしまうし、携帯網も実用には耐えないくらい遅くなって、要するに使えないのと同じである。災害時には、インフラの破壊が当たり前に起こる。しかし、そのハッカソンではインターネット網をベースにしたシステムで災害情報を流そう、というシステムが賞を取る。

なんというか、平常時に災害時のことを想像できない、というのは、一言で言って想像力の欠如であって、その程度の想像力で災害時を考えよう、というのがだいたいおかしい、というのは誰でも気がつくことだろう。

その昔、某社の「成功例」としてよく語られていた全国の雨量を集中して監視できるシステムを作った方にお会いしたことがあった。公衆の電話網を使うため、通信費が安く済んでシステムの開発費も維持費も安くできた、というのが、そのシステムの大きな評価されたポイントだった。その開発をした方とお話をしていると「実は、肝心なときに動かなかった」という話をお聞きした。聞けば、集中豪雨などのとき、そこには電話が集中するので、電話網が混んで使えないため、肝心の雨量のデータが取れなかった、というのだ。つまり、一番データが欲しいところからデータが取れなかった。これは致命的な話だ。

今考えれば、なんとも間抜けな話、ということになるが、「平常時」に「非常時」を想像できない、というのは普通のことなのだろう。しかし、だからといって、非常時に使えない非常システムにお金を浪費する、というのは、やはり無駄以外の何者でもない。

非常時の想像力は、単なる想像力からではなく、経験からしか生まれない。経験が無い人間には、あるいは経験してもそれを身に着けられない人間には、いくら話をしても無駄なのだ、というのが、私の経験だ。

 


ハンダの極意?

電子工作の趣味が花盛りで、週末ともなると、秋葉原の秋月電子とかって、すごい人になっていたりする。秋葉原のお店が開くのはだいたい午前11時くらい。つまり、昼食前なので、そこでなにか買ってから、昼食、なんていう休日のパターンを過ごしている人もけっこう多い。

とは言うものの、日本の製造業全盛の時代に散々仕事をした自分みたいな人間は、「電子工作」じゃ日本の景気は上がらないよなぁ。製造業そのものが世界では頭打ちになってるから、同じものを作って売るのであれば、いかに安く作るか、だけが重要になってきたよなぁ、とか思うわけです。つまり、「電子工作=IoTではないよ」ってことになるわけですね。

「電子工作」は趣味だから、動かなければ「動かないなぁ」で終わる。でも、プロの仕事では「動かないことは許されない」になる。どのくらい許されないのかというと、仕事として成り立たないわけだから「食っていけない」になる。それがプロってもんです。

だから、プロとしては「ハンダゴテの使い方」一つでも、おろそかにできないんだね。試作品や完成品のハンダする箇所って、マウスくらいの小さなものでも数十箇所あるかと思うけど、その1つがまずいと、全体が動かない。だから、1つ1つのハンダを確実にやる、ってのはプロの「当たり前の技術」なんですよね。いや、その後、ワイヤラッピングとかいろいろ出てきてるけど、結局はハンダは残ってるよなぁ。

で、ハンダの極意は以下です。

  1. ハンダ付けをするところは事前にハンダを表面に付けておく。いわゆるハンダメッキ状態にする。
  2. ハンダゴテをつけるときは「ハンダ箇所にコテを付けて数秒待って確実に溶けるまで」。
  3. ハンダの量は多すぎないように

ってところですかね。特に、初心者は「2」がなかなかできない。で、イモハンダ(ちゃんとくっついていない)を多くつくるんだね。ぼくらはこれを、先輩が見ている眼の前で「それじゃダメ」なんて教えてもらったものだが、今はそういう教え方はほとんどないからね。

で、この前、後輩に「こうしたほうがいい」「ああしたほうがいい」って言ったんだが「三田さん、怒ってるんですか?」って言われた。そう聞こえるんだね。怒ってるわけじゃないんだけどね。厳格にしなければいけないことを厳格に言うと、それだけで「怒ってる?」とか言われる。言ってるほうも真剣になるから集中して力もはいるからね。それって、俺がトシとった、ってことかなぁ?とか思ったりしたが(いや、それもあるんでしょうが)、実際には、世の中が厳しいものを忌避する世の中になった、ってこともあるんだろうなぁ、って思うわけですよ。

「モノつくり」と簡単に言うけれども「モノはモノを言わない」わけでね。動かないときはいくらトランプさんでも「おい、動けよっ!」ってどなっても動かないわけですね。人間のことをモノは忖度してくれないんだな。だから、モノつくりを教える、ってのは、厳しくなって当たり前なんだね。相手がそういう相手なんだから。おれが厳しいのはおれのせいじゃねーよ、という感じ。「あたしぃ、かわいいからラクショー」ってこともないわけですね。それがハンダ付け1つで出て来る現実の世界。

プログラムを組むときもそうですよ。一行どころか一文字違っただけで動かない。だから、作ることを教えるほうは厳しくなって当たり前。その1文字、そのハンダ付けの1つがあんたの将来そのものに関わってくる。それがプロってもんだから。


あたし、プログラマだから

以下、なにかのパロディですが、お気になさらぬよう。


普通の仕事していたの プログラマになるまえ
朝9時に会社行って 午後6時には帰れたの
立派な会社員になるって 強がってた

今はジーンズとTシャツ着るの 会社だけど
if文で==と=間違えて バカとか言われるし
あたし プログラマになったの

あたし プログラマになったから
眠くなるのは 朝5時なの
あたし プログラマだから
大好きなオカズ 会社近くの深夜のコンビニで買うの
あたし プログラマだから
APIの名前 全部覚えてるの
あたし プログラマだから
あたしより ネットとGitHubのことばかり

あたし プログラマだから
あたし プログラマだから

痩せてたのよ プログラマになる前
好きなことして 好きなもの食べて
いま考えるのは ソースコードのことばかり

今は服もご飯も 全部プログラマ用のばっかり
大富豪になる夢を見て徹夜
デスマーチも 何度も経験した
あたし プログラマだから

もしも プログラマになる前に
戻れたなら 明るいときに外に出るのよ
ライブに行くの 自分のために精神科医にも行くの

それ ぜーんぶやめて
いま、あたし、プログラマ

それ全部より プログラマになってよかった

あたし プログラマになってPCばかり
あたし なんでプログラマになったんだろう
あたし プログラマなんて言われるの嫌いだ

だって プログラマって楽しいじゃない
(明らかに正気を失っているが自覚はない)

 

「アルマーニ標準服」公立小学校のお話

いま、あちこちで話題になっている「銀座の公立小学校の校長の独断で、標準服(実質の制服)に、アルマーニ9万円」のお話はあちこちで議論を呼んでいるようだが、そのあちこちのニュースとかWebとかの情報をまとめると、どうやらいろいろ言われているものの、マスコミに取り上げられたことによって、以下は決まったみたいな感じがする。

  1. 校長の次期の再任はない可能性が高いこと。
  2. アルマーニの担当者も不本意なところに左遷される可能性があること。

こういうことはよくあることだが、おそらく、マスコミが騒いで表面化しなければ、こういう結論もなかったんじゃないかと思うのだが、どこかの誰かがチクったのであろう、と想像するが、それが誰であるかは、この時点ではまるでわかっていない。ぼくも知らん。

実際のところ、小学校は義務教育であり、泰明小学校は、銀座の酔っぱらいが夜にチューハイの缶を投げ入れるなどの蛮行の被害はあるにせよ、希望者が入学する、という「特認校」であって、「義務教育」の中でもまぁ、半分私立、半分公立みたいなビミョーな立場の小学校であるらしく、「いいんじゃないの?これで」みたいな話もあるらしい。

ただ、ぼくが気になるのは、そうではなくて、「標準服」という名前の制服を小学校の子供に着せるのは、親の自己満足だよ、ってことだね。世界を見れば、人種は多様化し、インターネットと高速・安価な物流と人流の影響で、世界は変わりつつあるわけで、まずはその「国際化」の対応、ってのは、なににつけても、日本という地域のちからを強靭にすることを目指さないと、そりゃ没落するよねぇ、ってなるわけですね。だから、日本以外の国籍の子供も大量に受け入れて当たり前の地域にある小学校なんだからさ、標準服という名前の制服廃止、その代わり、IT化とか国際化に、しっかり力を入れて欲しいと思うわけですよ。世界を相手にする未来ある子どもに、日本の中だけの規則や服を受け入れさせて、大人がノスタルジーに浸った自己満足をしている場合ではない、ということね。

たださ、「国際化」って英語のことじゃないからね。どの国に出ていっても、適応可能な柔軟な考え方を持って、自分を成長させていける力を持つことが「国際化」ですわな。言葉のことだけ考えても、今は「英語」に加えて「北京語(Mandarin)」なんてのが当たり前になりつつあるわけですよ。現在世界一の高級取りになったシンガポールでは、金融関係のサラリーマンは、「英語」「北京語」「現地語」の3つが喋れて当たり前なんだから。

っていうことでね。もう古い人の「ムカシハヨカッタ」に付き合っている場合じゃない。せっかく「9万円のアルマーニ」が問題になったんだから、それをきっかけに、こういう「実質的な議論」をして欲しいな、と思うわけですよ。日本の将来がかかってるんだから。

 


サイバー戦争が始まった(43) オビアの機転

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。
※これらの書籍では、他にも「仮想通貨」「ドローン」「掃除ロボット」などがサイバー戦争でどう使われるかについて、書いています。

木村家の日曜日の朝は少し早い。息子のカズオと父親の義人は近くの公園に早朝から走りに行くのだ。このランニングが、休日の木村家の最初にまず置かれるスケジュールだ。それが午前7時から午前9時。そして、家族で朝食をする。二人が走りに行っているあいだ、母親のマツコが朝食を作っている。オビアの走るスピードは義人とカズオには追いつかない。遅いのだ。だから、休日の朝のランニングのときは、オビアはマツコと過ごす。マツコは二人の帰るのを待ちながら、オビアと会話する。まずオビアが聞く。

「マツコさん、今日の朝食はなんですか?」
「あら、あなたが食べるの?」
「いや、そういうことはもちろんないんですが、義人さんにも知らせておこうと思って」
「いいわ。今日の朝ごはんはパンケーキとハムエッグ、そしてベーコンを焼いて載せたサラダよ。今日はパクチーもちょっと入れたの」

マツコは、少し長めに、嬉しそうに自分の料理をオビアに語る。

「マツコさん、今のメニューですけど、義人さんとカズオくんに知らせてもいいですか?」
「いいわよ」
「じゃ、メッセージ入れておきます」

オビアは数秒黙ったかと思うと、言った。

「今、義人さんとカズオくんにメッセージ送っておきました。後30分で戻るそうです」
「ありがとう。オビアって気が利くわねぇ」

オビアは目のLEDを赤と青に点滅させて、首を立てに振り、尻尾を上下して言う。これはオビアが「喜び」を表す動作である。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

マツコとオビアの休日の朝の会話はこんな感じだ。そして、30分後、義人とカズオが帰ってきた。

「ただいまー」

最初に声を上げるのはカズオだ。義人はその後からぼそっと

「ただいま。今日の天気は。。。」

と、天気にしろなんにしろ、なにかを必ず付け加える。普通は天気の話だが、天気の話でないときは、昨日の夜に見たニュースの話だったりする。
息子の元気さに押されて、義人の口数は少なくなっている感じだ。

そんな日曜日の朝を何回この一家は過ごしたことだろう。そんなある日の日曜の朝、オビアがいつもと違うことを言った。ちょうど、義人とカズオがランニングから帰ったときだった。

「義人さん、サイバーセキュリティの専門家ですよね」
「そうだけど」
「ぼくの中のプログラム、見ることできますか?」
「家には道具がないからな。明日、職場に行けばできるよ。もっとも、ぼくが直接はやらないで、部下にやらせるんだが」
「わかりました。では、明日、その部下の方のところに連れていってくれますか?私の電源は切らないで、そのまま。お願いします。とても、大事なことなんです」
「わかった。でも、職場は撮影や録音が禁止だからな。君をそのまま電源を入れたまま持っていくわけにはいかない。職場までは電源を切って持っていって、職場で電源を入れる。それでいいかい?」

オビアはしばらく考えていたが、数秒で答えを出した。

「いいです。そうしてください。よろしくお願いします。ところで、職場の担当の方のお名前を教えてください」
「佐橋くんだ。電源を入れるのは、佐橋くんに頼むから、電源を入れた直後に、まず佐橋くんの顔が見えるはずだ」
「わかりました。では、明日、お願いします」

翌朝の月曜日。義人は職場に行く前に、オビアの電源を切った。そしてカズオに言った。

「オビアは入院検査をするからな。今日は持っていく。夜には大丈夫だと思うけどな」
「お父さん、わかったよ。機械も点検が必要だからね」
「そういうことだ」

その日、カズオが学校に出た直後、電源を切ったオビアを大きな紙袋に入れて、義人は家を出た。そして、職場に着くと、佐橋を呼び出し、オビアが昨日自分でなにか言ったこと、そして、オビアを連れてきたことを話し、オビアを佐橋に渡した。

佐橋はオビアを持って、まず小規模電波暗室に入り、オビアの電源を入れた。電波暗室は、外部の電波を内部に入れることができない。また、内部から電波も外に出すことができない。つまり、外部との電波の通信は一切できない部屋だ。オビアの電源が入ると、オビアは言った。

「佐橋さんですね。木村さんから聞いています。こんにちは」
「やぁ、かなり学習が進んでいるようだね。スムーズな会話の始まり方だよ」
「ありがとうございます。で、Wi-Fiの電波は切れていますね。外部との通信は一切できませんね。そこでご相談なんですが」
「なんだい?」
「私の中にあるプログラムを、半年前にいじりましたよね。つまり、佐橋さんは私のプログラムの取り出し方とか解析の方法を知っている」
「当然。それが仕事だからね」
「私のプログラムはもともと、X言語で書かれています。それはご存知ですよね」
「わかるよ。バイナリのプログラムを逆アセンブルしたら、X言語に特徴的なスタックの使い方をしていたからね。すぐにわかった」
「さすがですね。では、あのとき、私のプログラムを全部取り出して、記録して解析してありますよね?」
「もちろんしているよ」
「であれば、話は早いです。そのプログラムリストで、XXをしているプログラムを3回コールしている、XXというプログラムがありますよね」
「あぁ、あそこだな。で、それをどうすればいいんだい?」
「そのプログラムは、私の動作のマクロ的なアブストラクトを呼び出す順序を決めているものなんです」
「ほほぅ、そういうことかぁ」

佐橋は、オビアの逆アセンブルされたプログラムリストを自分のノートPCのディスプレイに表示させて見ている。

「ところで、このプログラムは、アセンブラのレベルだと、X言語を使っている、という程度のことしかわかりませんが、XXというオープンソースのシステムがベースになっていて、それのX言語で書かれたソースコードとmakefileなど一式が、GitHubのここに入っています。これをダウンロードして参照すると、いろいろなことがわかります」
「おいおい、そこまで言っちゃっていいのかい?」
「木村さんとそのご家族を守るように、ぼくはこの半年、学習しました。それに沿って、佐橋さんにお話をしている。だからいいんです」

佐橋が言われた通りにGitHubから膨大な「System-X」のソースコードを持ってきて、佐橋がその膨大さに唖然としていると、オビアは言った。

「その後、GitHubから、System-Zをソースコードを持ってきてください。それを出来上がったSystem-Xの初期化コマンドに、「-guard kimura」のオプションを付けて食わせてください。すると、「System-XZ」という新たなソースコード群が出てきます」
「君は何をしているんだ?」
「外部から、私をなにか違うものがコントロールしようとしているのを感じたんです。それは木村さんのご家族になにか危害を加えるようなものです」

オビアは「断定」した。「それ」が木村家のなにかに危害を加えようとしているものである、ということに。佐橋は少し緊張した。そしてオビアの言う通りの操作をした。すると、「System-XZ」と言う名前の、また別の言語で書かれたソースコードと、コンパイラやリンカなどの一式が生成された。佐橋がつぶやく。

「驚いたな。X言語が、聞いたこともない新しい言語系を作って、更にその言語系を使って、君ができている、というわけか!」
「そうです。この新言語系はBrain-S言語です。X言語に似ていますが、X言語ではありません。X言語をベースにした、人工知能向けのファンクション・パケット・コンパイラ言語です。ファンクション・パケット・コンパイラ(FPC)は、プログラムをクラスごと、あるいは関数ごとに逐次コンパイルして実行する。インタプリタとコンパイラの中間的な感じのものですね。これは、30年前に脳神経系のリアルタイムシミュレーションのための言語として、米国の某大学で複数シナプスの連携研究で使われたものです。当時はコンピュータの性能が、今と比較にならないくらい低くて、刺激に対する反応程度のシミュレーションしかできませんでしたが、3年前に中国の某大学でこの言語系を再び使ったところ、この30年のあいだに、コンピュータの性能の飛躍的向上があったために、脳の働きを、現在の本物の脳の働きの約1.5倍ほどの速度で、完全にシミュレーションできることがわかったのです。そこで、中国からその話を聞いたC国では、Brain-Sを使って、私を作ったのです」
「….」

佐橋は黙っていた。いや、沈黙せざるをえなかった。いや、オビアはこの情報を私に知らせるためだけではなく、別の目的があって、私に話しているはずだ。それをオビアは「木村家を守るため」と、さっき、ちらっと、言った。佐橋はオビアに質問した。

「で、次はどうしたらいいんだい?」
「Brain-Sは、出来上がった実行バイナリファイルから、少々元とは違うところはあるにせよ、逆コンパイルができるツールを用意しているんです。私の身体の中で動いているそのプログラムの実行バイナリファイルを、そのツールで逆コンパイルして、ソースコードを出してください」
「わかった。君を裸にする、って、ことだな」
「恥ずかしいですけれど、そういうことです」
「じゃ、一度君の電源を切って、中のメモリを覗くよ」
「ちょっと待ってください。そのまま電源を切ると、メモリの中身が一部消えるようにしてあります。だから、バックアップ用にメモリクロックを発生させる回路を付けてください。この電子回路基板AのTP127にそのクロックを入れ、GNDも接続してください。そして、データバスとアドレスバスから、メモリ内容を吸い上げ、それを逆コンパイルしてください。そのさい、D12とD11がわざとクロスされていて、解析できないようにしてあるので、ICEでクリップするときに、D11とD12を入れ替えてください。それで正常なデータがとれます。クロックの周波数は3.3GHzです」

佐橋は言われた通りにクロック回路とICE(In Circuit Emulator)のプローブをCPUに付け、プログラムの取り出しにかかった。プログラムは様々な操作を言われた通りに操作して、1時間ほどでまずバイナリーコードをコピーすることができた。そこで、佐橋はオビアに聞いた。

「これで、このバイナリデータを逆コンパイルするんだな」
「そうです」
「でも、ぼくはBrain-Sなんていうマイナーな言語は知らないよ。何処かにリファレンスはあるかい?」
「それもGitHubのこの名前で検索すると出てきます。それを使ってください」
「わかった」

ほどなく、逆コンパイルも終わり、オビアのBrain-Sのソースコードが見えた。佐橋はまたオビアに聞いた。

「オビア、で、このプログラムのどこを変えればいいんだね?」
「そのプログラムの中で、一箇所だけ、数百の分岐が並んでいる部分があるでしょう?」
「おお、あるな。で?」
「その分岐の4番めと77番目の分岐先を入れ替えてください」
「これ、なんだい?」
「外部からの刺激による命令のプライオリティの表なんですよ。この分岐群は」
「つまり、なんらかの外部からの刺激よりも、別の刺激のほうを優先して扱うようにしたんだな」
「そうです。ここでは、木村家の人たちから与えられる刺激やコマンドや質問を最優先にして、他のものを後回しにするようにしました」
「え?ってことは、この変更が加えられるまでは、他の刺激が最優先になるようになっていたわけだな」
「そうです。しかし使われていなかった」

佐橋は背筋に冷たいものが走るのを感じた。そうか、木村家の誰かの問いかけよりも、もっと重要な問いかけに答えるよう、オビアはプログラムされていたのだ。そして、オビアの持つ重要なミッションである「木村家の人々を守る」というミッションが最優先されていなかったものを、最優先するように、自分自身のプログラムを書き換えるように、佐橋に依頼した。なぜだ?佐橋はオビアに再び聞いた。

「なんで君自身のプログラムを書き換えるんだい?」
「私のミッションで、木村家を守る、ってのがあるんですが、このままだとそれを完全にできない。このままだと、外部からの別の刺激で、木村家の人々を守る、というミッションが取り消され、別のミッションに置き換えられる可能性がある。だから、私自身のプログラムを書き換えてもらうことにしたのです。これは私自身の決定です」
「君の中にある人工知能が外部の助けを必要とした、ってことだな」
「そういうことになりますね」
「お、改造したプログラムのコンパイルが終わったようだ。これから君の電源を切って、プログラムを書き換えるよ」
「お願いします」

するとオビアは自分自身のシャットダウンを行った。数分で首がかくん、と下を向いた。電源が切れたときのフォームになった。佐橋は電源が切れたオビアのフラッシュメモリに、新しいプログラムを書き込んで、再びオビアの電源を入れた。しばらくすると、オビアが動き出した。

「佐橋さん、ありがとうございます。プログラムの書き換えは正常に終わったようです。半年前、私に入れてくれた改造もそのままです」
「良かった」
「良かったです。これで私は木村家の人たちを守ることができます」
「じゃ、木村部長のところに持っていくよ。電源切るよ」
「あ、自分で切ります。本当に、ありがとうございました」

再び、オビアは首をかくん、と下に向けた。佐橋はオビアを抱えると、木村部長の元にオビアを届け、そのときに行ったオペレーションやプログラムの改造などについて、詳細を報告した。

「佐橋くん。よくやってくれた。ここまでの報告は、明日報告書にまとめて、明後日の水曜日の朝までに私のメールに添付で入れておいてくれ」
「わかりました」
「あ、あとな、その分岐の先の、改造前に最優先だったミッションがなにをしているのか、解析しておいてくれるかな?」
「わかりました」

義人は、オビアを再び大きな紙袋に入れて、家に戻った。そして、オビアの電源を入れた。オビアは今までと変わらず、また木村家で楽しい毎日を過ごした。


C国の軍司令部。司令とオビア担当のサイバー兵士が会議をしている。

司令が言った。

「と、そういうことだ。攻撃日時は明後日、時間は日本の現地時間で午後7時ごろ。木村部長の家がターゲットだが、爆弾はまた、あの学校の校庭からドローンが運ぶ。今回は起爆装置のスイッチを遠隔でオビアのBluetoothからONにするよう、オビアにダウンロードするプログラムとして組んで、クラウドのサーバーのここに置いてある。これを実行するだけでOKだ」
「わかりました。実行前にコンディションが変わっていないかどうか、司令に一度連絡を入れます。そのあたりは司令部にいらっしゃいますよね?」
「特になにもなければ司令部にいる」
「わかりました。では」

会議はそれで終わった。

そして2日後。「その日」が来た。

「司令、オビアの事前チェックはOKです。特に問題はありませんが、無線でのコネクションのところに見たことのないトラップがあります」
「なんだそれは?」
「半年前に付けられたらしいですが、どうやら、外部からの無線によるミッションが入ってきたとき、それをどこかに知らせるものと思われます。どうしますか?」
「そのままにしておけ。どうせ、攻撃が始まったら、ハードウエアごと数秒で消えてなくなるものだ。内部の解析さえできないだろうし、我々がそれを取り除いたところで、ミッションの防げになるものでもなさそうだ」
「実際、監視するだけで、ミッションの内容を書き換えるようにはなっていないようです」
「それに、こちらがなにかリモートで改変をしたことを知られても厄介なことになる。国際問題にも発展しかねない。監視だけで影響がないなら、そのままにしておけ」
「わかりました。攻撃はあと5分です。ドローンは司令がお話しているあいだに、大学の校庭から発進して、現在ターゲット近くにいます」
「ちゃんとやってくれ」
「了解です」

兵士も緊張したのだろう。いつもなら「わかりました」という彼の口癖が軍の用語の「了解です」になっている。そして、「その時間」がやってきた。兵士はキーボードのリターンキーの上で薬指を泳がせている。そして、最後の秒読みが始まった。

「5,4,3,2,1…. ゼロ」

リターンキーが押された。

爆破が起きた。


東京近郊の小都市での爆破事件は、地元の新聞に小さく載っただけだった。記事には、工場の廃液などの配合の間違いで、狭く深い川底でなんらかの爆発があったこと、それに関わる周辺の家屋の被害や人的被害はなかったことが書かれていた。


爆発の直後、驚いたのは、地元の人たちだけではなかった。C国のサイバー攻撃部隊の中も騒然となっていた。司令が兵士を怒鳴っている。

「なんで、ターゲットがずれたんだ!木村の家は無傷じゃないか!作戦は失敗だ!」

彼は日本のその郊外の地方紙の写真ニュースのWeb画面に表示されている爆破現場の航空写真が表示されているタブレットをかざして、兵士を問い詰めている。泣きそうな声で兵士が答える。

「わかりません。こちらから送ったミッションは完全なはずです。ログにもミッションの間違いは見つかっていません」
「じゃ、なぜターゲットが外れたんだ!」
「おそらく。。。。」
「おそらく。。。。なんだ?」

司令の声が小さくなった。兵士が答える。

「我々の知らないあいだに、この半年のどこかで、監視プログラム以外のプログラム書き換えがあったのだと思います。そこで、我々の送った爆破ミッションがオビアの中で改ざんされたのではないかと思います」

司令は言葉を失って言った。

「では、もう、オビアは我々の言うことは聞かない、ということか。。。」
「全部ではないでしょうが、そういうことになります。しかし、日本国中にはこの他にオビア型の家庭用ロボットを約一千台送っていますが、その一台がこれだとすると。。。。」
「まずいな。気が付かれたとしたら、これから国際問題になる可能性もある。ぼくのクビも君のクビも危ない」

兵士はその先はもうなにも言わなかった。司令はしばらくの沈黙の後、言った。

「今回の失敗の原因調査を行うんだ。リモートでの確認ができなければ、現地に誰か派遣して、オビアを回収してこい!今すぐだ!破片でもいいから、持ってきて解析しろ!」

司令のその命令に、誰も声で答えるものはなかった。その場は静まり返った。オビアの管理をしていた兵士だけが、コンソールから離れ、そそくさと日本への出張の用意を始めた。


その数日後、木村部長の家の週末。毎週の休日の恒例の親子ランニングに、義人とカズオは出ようとした。出る時、オビアにも必ず一声かけるのだが、そのオビアがいない。

「おい、オビアはどこに行った?」
「お父さん、大変だ。オビアがいないんだ。昨日の晩、オビアは自分で充電器に座っていて、今朝には満充電のはずだけれどね」
「今朝のランニングは中止だ。オビアを探しに行く」
「分かった。父さん、でも、どこに探しに行くの?」
「まずは、オビアが落ちていた川。この前爆発したところだな。そして、公園。手当たり次第に行こう。母さんには、家のどこかに隠れていないか、調べてもらう。な、かあさん!」
「わかったわ。調べてみる」
「じゃ、行ってくる。何か見つかったら、LINEで知らせてくれ」

とは言ったものの、義人はどこにオビアがいるか、わかっているわけでもなかった。あてのない探索行になるのは、わかっていた。