「日中韓FTA」と「TPP」の位置と中内功

OLYMPUS DIGITAL CAMERA「日中韓FTAとTPPは共存が困難」と中国政府が言っている。日中韓FTAだけだと中国が主導権を握れる可能性が高いが、TPPになると米国が入るので中国の政府はこの両方をやってほしくない、ということなんだが、まぁ、どっちにせよ「ブロック経済化」による日本自身の多国籍化は避けられない。つまり、日本政府の思惑はTPPと日中韓FTAで日本を間にはさんで、米国と中国の綱引きをさせよう、ということ。

右翼団体の「在特会」でも、最近は「TPPとFTAに反対する」とかやっているけど、これは反対側の左翼団体も全く同じ主張をしているから、日本の左翼と右翼は一緒の団体になって「国際化反対デモ」とかすると面白いんじゃないかと思う。お互い、殴り合いながら血だらけになって「TPP反対」「FTA反対」を叫んで街中をデモする、というのはすさまじくて面白いショーになる。それは冗談としても、日本の極右も極左も同じ「日本の国」という基盤の上に成り立っていた、というそういう感じだ。両方の主張が同じ、という今は、その「基盤」が崩れかけている、ということの、これは証のようなものだろう。

正直なところ、私も日本の政府が推進している「日中韓FTA」と「TPP」がそれぞれどういう関係を持つのか、その意味がよくわかっていなかったが、中国の政府のこの発言が、世界のブロック経済化のこの先を日本の政府がどのようにしようとしているのか、ということを正直に教えてくれた。

この「日本自身の国際化・多国籍化」を否定し、混沌とした世界の中に日本が身を投じていくことを怠れば、日本自身が貧乏になり戦前のように軍部が台頭し、おかしな世の中になり、世界から孤立を深め、最後はまたもう一回、あの「敗戦」がやってくるだろう。日本が日本自身だけで経済を完結できる時代ではない。この時代の流れに乗らないと軍も軍需産業もそれどこれではない「金欠」に陥ることになる。

現在韓国に毎月の半分以上いるが、韓国は現時点で既に日本以上に民主主義が進んだ国になっていて、おそらくこれからもそれは進むだろう。台湾も同じような感じだ。つまり、日本は民主主義ではそうとう遅れている国になっていることがここから見るとよくわかる。そして、それはやがて経済に影響を与える。

ぼくがあのハチャメチャな個性の中内功を再評価しているのは、彼が戦後の日本で「消費者主導でものの価格が決まる」というのを宣言し実践した、ということ。まさに消費のその現場で、日本の根幹の産業である製造業に向かって宣戦布告をした、というところを評価するからだ。彼が使った「価格」という「数字」。その具体的でわかりやすいもので一般消費者に「お金の民主主義」を徹底して吹き込んで、日本の戦後の消費者は「民主主義」を、政治的な主張などを超えて日本人全員の体に染み込ませた。だから、国家主義を言う右翼団体もネットという民主的な道具を使い、嫌っているはずの在日韓国人の経営するソフトバンクの0円の携帯電話を使い、安い中国製の食材でできた食品を食べる。安いからね。この「安いものを選ぶ」ことができる、というのは「民主主義」が価格として具体的に現れたものだ。国家主義を標榜する日本の右翼でさえ「日本の戦後の消費者」という枠から逃れることはできず「民主化」し、その経済に飲み込まれている、と言ってもよい。日本の戦後の右翼なんてのは、この程度のものだ。

これが、一緒にたたかった同僚の死肉を食わなければ飢えて死ぬ、と言われた外地の戦争で、九死に一生を得て戦後に生き永らえ、生涯決して靖国神社には行かなかった、という中内の功績だと思うからだ。彼はそれを「狙って」いたと、今にして思う。

だから(かなり飛躍するが)100円ショップは生まれるべくして生まれたし、それはある意味で日本の消費者の生活を少し豊かにしているし、それはひいては冒頭に掲げた日本の中世さながらの「司法」もまた、崩していくことになるだろう。

経済が一体化すると「国」の力が弱くなり、警察などの司法も各国でだんだんと同じものに変化せざるを得なくなる。当然、政治も変化していく。

植民地主義で経済を拡大してきた80年前の世界の変化。今は政治の民主化とそれによる多国籍企業を中心とした経済。この変化を拒めば、そこにあるのは孤立化とクライシスだけだ。私達は変わる世界に生き延びる道を探さなくてはならない。「民主化」はそのためにこそ必要だ。

「従軍慰安婦」再び

080501_145741橋下大阪市長の発言で、日本の過去の従軍慰安婦問題に火がついた。

橋下市長は言い訳の会見が多くなっているものの「引く」ということを知らない性格とか、あるいは引くことができない立場にあって、なかなか苦戦中、というのが客観的に見た情勢だろう。苦戦中だからこそ、言い訳も多くなるものだ。

そこで蒸し返され、世界の注目を浴びた「日本軍の慰安婦」問題だが、先日、ガジェット通信に「元慰安婦とされる人の言ったことと年齢の辻褄があわない」とする記事が掲載された。よく考えればわかることだが、この「元従軍慰安婦の証言がウソであったとしても、日本軍が民間に委託などの方法で集め、管理した従軍慰安婦の存在は消すことはできないだろう。一部が全部を代表しているわけではないのは、当たり前にあるうえ、多くの「証言」もいまだに残っている。加えて、ネットなどでの「攻撃」の方法は、「1つの綻び」を徹底的に攻撃して「全体が信頼ならない」とする、古いやりかたの繰り返しだ。この方法論は、もうあちこちで明らかにされていて、現在は通用しない。

ところが、ここに、「rinda」さんという方が、実際に元従軍慰安婦の証言を聞いた沖縄の新聞社にあたって取材したBLOGがある。ここでは、元従軍慰安婦の「戦後」が、1945年8月15日では終わらなかったことが、証言されている。であるとすると、鬼の首でも取ったかのような「元・従軍慰安婦の証言疑惑」は突然なくなってしまう。ついでに、池田信夫氏のBLOGはじめ、多くの似たような言論を流すネット言論人の信頼性も揺らぐ。この件についての証言は実は防衛省が所管する旧日本軍の資料にも明らかだ。

むしろ、この話で非常に興味深いのは、1945年8月15日の日本敗戦のその日で、従軍慰安婦とされた人たちの戦争が終わったわけではなかった、ということだ。戦後に生まれた私たち日本人は教科書の上だけで、あるいは本やメディアで間接的に「戦争」を知っていることがほとんどだろう。そういう人たちの頭のなかには「日本は戦争に負け1945年8月15日にすべてが終わった」という、「一区切り」があった、と考えることだろう。それはもちろんあったが、戦争の後処理はそれから長く続いている。「極東軍事裁判」は特に有名だが、元・従軍慰安婦とされる人たちも、戦争中だけではなく、戦後にもその身柄を拘束され生きざるを得なかった現実があったのだ。

ともあれ、橋下さんはとんだ「失言」で多くの苦労を強いられているようだ。もともと「マスコミは信用ならない」から、と自分でtwitterをやっていると言っていた人だから、そのマスコミの目の前での言動には十分気をつけていて当たり前だったと思うが、どうも彼は今回は気が緩んだようだ。しかし、その「(誤って受け取られる可能性の高い-彼に言わせれば)失言」があったからこそ、ここでまた日本軍の従軍慰安婦問題が世界的に大きな問題として取り上げられることとなった。しかも、「他の国でもやっている」などの発言が、さらにその墓穴を深くしてしまった。

しばらくは社会の底に埋もれていた、特に日本の従軍慰安婦の問題を追求しているジャーナリストとか運動家は橋下さんに感謝していることだろう。この夏の参議院選が終わったら、こっそり菓子折りでも持ってお礼に伺ったほうがいいかもしれない。

「蟹は甲羅にあった穴を掘る」という諺の通りとすれば、彼の掘る墓穴は、このままではもっと深くなっていくことだろう。起死回生の一手はあるのかどうか、というところが、この「事件」の見どころである。

【中内功を見直す】毀誉褒貶の渦

前の記事で、ダイエーの創業者である中内功という人が、こんなすごい人だ、ということを書いたが、一方で中内という人のごく周辺にいた人たちの評判は、あまりよくない。日本の戦後的な日本人の、一番書きたくない「個性」がそこにはある。

たとえば、人の手にあるものはなんでも欲しがる強欲。海外のホテルに泊まればそこの部屋にあるアメニティの類はすべて持って行ってしまうほどだ、という。飛行機に乗ると、コーヒーをかき回すプラスチックのマドラーまで持ち帰った、という。

また、中内は猜疑心の塊だった。晩年の中内の周辺、特にダイエーの危機、と言われた1990年代後半には、それが経営にも表れている。ダイエーの店長は1年持てば長いほう。「1年以上同じ店にいれば悪いことをするに決まっている」ということらしい。経営から離れる晩年のそのとき、役員にはかつての「戦友」は誰もいなかったばかりでなく、赤字でどうしようもなくなっていた「V字回復」を先導し成果を上げていた川島博氏を子会社の社長に追いやり、息子を重用している。

これらの話を聞いて、いろいろ思いたることがある人もいるのではないか?どこかで同じような人を見たことがある、と。

日本の戦後のみならず、韓国でも、また台湾や中国でも、同じような「商売の権化」がいる。強欲で自分のことしか考えず、その個性をなんの臆面もなく表出して憚らない。自分が言うことが全て正しく、他人に負けたところを絶対に見せたくない。人間として近くにいると、こちらまで恥ずかしい思いをしてしまうが、外から見れば強大な「帝国」を作り上げた立志伝中の人だ。しかも、その言動は矛盾に満ちていて、それが渾然一体となっていることに自覚的ではない。結果として品はなく、まるで動物のような行動を起こすが、動物のようなカンも働く。

この日本の戦後を代表する「餓鬼」そのものと言って良い執念こそが、ダイエーのグループを日本の戦後史に記憶に残る存在としてあらしめたことは言うまでもない。

しかし、人はその人自身の歴史を持つが、それが世の中の流れと一致して、その流れに乗る時期というのは、本当はそんなに長いものではなく、また、流れに乗れたときは、どんな不祥事でもなんとかしてしまう、ということもあったのだと思う。経営とか、あるいは国とか、いろいろなものが目の前にあるが、どれもこれも、いや、どいつもこいつも、一生同じ人間でいる、ってことはまずない。人間は変わる。

だから、いくら「中内功を見直す」と言っても、その一生すべてを肯定することはできないし、実際そうすることに意味はないだろう。

Appleのスティーブ・ジョブズだって、Appleを潰すトンデモ経営者としてAppleを追われたこともあっただけではなく、あの時期に死んだから良いようなものの、あの時期以後にずっと生きていたら、同じように「近くに寄ると臭い強欲なトンデモじじい」にならなかった、とは、誰も保証できない。

「人」は変わる。人が変わらなくても、世の中が変わる。今日奈落の底で嘆きの涙を流していた人が、翌日には世界のスーパーヒーローになることもあれば、その逆に、今日のスーパーマンが5分後に時代の流れから取り残されて絶望し自殺することだってあるのだ。

経営も「これで会社は大丈夫」ということはない。成功したらしたで、後は下り坂かもしれない。失敗ばかりのほうが、実は楽しい人生なのかも知れない。

シンデレラが王子さまと結婚した後の「結婚生活」は、どこかで王子さまの浮気で破綻したかもしれないが、物語は結婚するところまでしか明らかにしない。

しかし、それでもなお、中内功という人はその「餓鬼」とも形容されるその人のありかたが、いま、日本人に必要とされているような、そんな気がしてならない。かっこいいか、と言えば全然かっこよくないその姿を、今一度、自分の一番醜いところを振り返るために、いま、この時点で中内功という人見直すことでそのきっかけをつかみたい、と思うのだ。

【中内功を見直す】商人の革命家が変えた日本

IMG_3657

いま、中内功を見直してみたい、と思っている。

「カリスマ」と呼ばれる経営者は世界中にいる。IT業界では亡くなったとはいえ「スティーブ・ジョブズ」がやはり「カリスマ」の名前にふさわしい、と思っている人が多いだろう。しかし、日本にはそういう経営者はいるだろうか?存命中の人であれば、京セラの稲盛和夫氏が思い出されるし、亡くなった人でいえば、松下幸之助氏とか本田技研の本田宗一郎氏、SONYの盛田昭夫氏などが思い出される。

しかし、なぜ製造業の経営者ばかりが日本では「カリスマ」と言われ、あちこちで取り上げられるのか、というところに、私はおおいに疑問を感じている。ジョブズのAppleだって「製造業」ではない、ということは誰の目にも明らかになってしまった今、Appleは「テクノロジー」で最先端ではない、ということもまた明らかになっている。もともと技術の中身を知っている私達にとっては、Appleは技術の最先端ではなく、製造業でもなく、ジョブズはカリスマでさえもない。

1990年代の終わり、バブル経済の影響を受けてダイエーは大きな赤字を抱え、21世紀を10年超えたいま、日本にはほとんど「ダイエー」の名前はない。しかし、絶頂期にはハワイの巨大なショッピングモール、アラモアナ・ショッピングセンターなどを手に入れたほどの勢いのあったダイエーは創業者の「中内功」という人の個性が大きくその経営にかかわっていた点において、特筆されるべきものがある、と私は未だに思っている。そして、日本のスーパーマーケットの黎明期に、明らかに泥臭く、日本という国の国内産業の「傍流」と罵られながら、流通業というフィールドで、あれだけ個性を発揮して活躍し、毀誉褒貶も激しくいまだにその評価が定まらない、という人も見たことがない。

戦後の神戸の闇市からのしあがり、薬の薄利多売から始まって食品、衣料と幅を広げ、神戸に大学まで作った。

実は、米国の「マクドナルド」に最初に手を伸ばしたのは藤田田ではなく、中内功だったし、コンビニの「セブン・イレブン」に最初に手を出したのも、中内功だった、というのはあまり知られていない。

戦争中、文学青年で英語に堪能だった中内功は戦後に生き延びてマルクス主義の洗礼を受け、生きるために「マルクス主義からの確信を持った転向」をした、と言われている。1969年に彼自身が著し、その後彼自身が絶版とした「我が安売り哲学」という本がある。伊藤光晴氏が編者となった「戦後日本思想史体系」にも、吉本隆明、丸山真男、鶴見俊輔らの著作とともに、その一部が収められている。中内の書いた部分は「経済」のところにあり、そこには中内と並んで石橋湛山、都留重人などの著作が並ぶ。

「ダイエー」は日本の流通の要である「価格」の主導権を、寡占しているメーカーから消費者の手に戻すべくたたかう「カウンター」だった、と言えるだろう。これは中内自身にとってはマルクス経済学の実践と言ってもよい位置付けだったからだ。中内は日本の製造業という「権力」とたたかったあの時代の「本物の左翼・革命家」だったかもしれない、と、今にして感じる。

「ものの価値(価格)を作るのは消費者であり、メーカーではない」

中内の哲学はこれに尽きる。価格は客に直接聞く。「このリンゴは何円だったら買うか」と客に聞き、10円、と言われたら、8円で仕入れる道を必死になって探し、実現する(←佐野眞著「カリスマ」で使われている表現)。これを彼は1つ1つの商品に対して実際にやったのだ。

「現実の世界の中心的存在である価格を破壊することは、現代の社会秩序を破壊しながら新しく創造していくことを意味する。つまり革命である。革命とは天の命による権力者の交代である。」-(中内功著・「我が安売り哲学」)

泥臭く、ラディカルな中内の「アジテーション」はさらに続く。

「革命は絶ゆることなきものであり、革命に完成はない。高き理想を掲げ、その実現のために全霊を打ち込む過程がすなわち革命である」(同書より)。

トロツキーの永久革命論そのものだが、思えば死ぬ前のスティーブ・ジョブズでさえ、ここまでの「アジテーター」にはなっていない。時代の違いはあるとはいえ、ただ「商売のうまいやつ=カリスマ経営者」というような、テンションの低い経営論とは、やはり一線を画すものを、中内はやはり持っていたと言える。

戦争に行き、体中が弾の跡だらけ、という中内功はときの右翼に国賊呼ばわりされながら、それでも、断固として靖国神社には参拝しなかった。戦地を国の命で彷徨い命を落としかけたその体験は中内自身の経営に色濃く反映され、戦後の日本の国の行方を、結局は作ったのだろうと思う。

いま、中内功の話をあらためていくつかの本で読み返してみると、今の経営者やそれを目指す人にはない、あの当時の人の心の熱さが伝わってくる。そして、その方法論としての「消費者に価格を聞いてそれを実現する」という素朴なやりかたは、むしろ今のグローバル化の時代にこそ生きる商売の鉄則にさえなった感がある。今の日本のメーカーは死んだ中内の亡霊に祟られている、とも見えなくはない。メーカー主導ではない価格決定こそが「グローバル・スタンダード」になっているからだ。

「カリスマ」を失ったAppleもまた「成長著しい」アジア地域向けに、iPhoneの廉価版を出さざるを得ないという。これもまた、消費者が価格を決定した、と言っても良い流れの1つだろう。

実は私は、中内功がこのグローバル経済の進展の中で息を吹き返すのではないか、と、密かに思っている。グローバルなビジネスの世界は、中内功にこそ、ふさわしかったのではないか、と思うのだ。

【再掲】日韓報道など外国報道の種明かし

P1050006◆外国から日本を見る

たとえば、こういうネットでの話題がある。

http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51818572.html

日本のタクシーの中で泥酔した客が暴れまくる、という動画についての海外の反応だ。外国人はこれを見て、「怖いなぁ」と思うだろう。

これを見ると、「日本人全員がこういうことではない」「これはごく一部の人がやっていることだ」と、あなたは言いたくなるだろう。でも、日本人以外の人がこれを見ると「日本人ってのはみんなこういう連中なのか」と思う。いや、そう「見える」。

◆日本から外国を見る

もう1つ、こういう話題もある。

http://hamusoku.com/archives/7815880.html

これは、韓国で「反日」を掲げた人たちが日本の国旗などに火をつけて暴れまくってデモをしている、という画像だ。

この話題は、日本人が見ると、「韓国ってのは怖いな」と思う。韓国人全員が「鬼」になって日本に牙を向いているように思う。

でも、韓国のほとんどの人は「そういう人たちもいるよね」という程度のことだ。

◆「国境」をはさんで対称的な「憎悪」を煽る方法

こういうことはつまり「国」というものを軸にして「対称的」に起きていることだ。以下に簡単にまとめてみよう。

(1)韓国で少数の人間が過激な行動をする。多くの韓国人は「それがすべてじゃない」と言う。日本人は「これが韓国人なのか?」と思う。

(2)日本で少数の人間が過激な行動をする。多くの日本人は「それがすべてじゃない」と言う。韓国人は「これが日本人なのか?」と思う。

(1)と(2)は、「日本人」と「韓国人」を入れ替えているだけだ。

これらの「報道」「話題」がネットで繰り返されることによって、日本、韓国、という国の中の「自国人」は、「国」を軸にしてそれぞれがひとかたまりの、同じ考えを持った人たちだ、と、それぞれが「洗脳」されていく、ということだ。

いま、韓国の問題で「レイシスト」と呼ばれる人たちがやっていることは(韓国でも同様な人たちがいるが)、こういう過激な行動を行い、報道を繰り返させることによって、多くの人に無意識のうちに「国」を意識させ、人は国家というひとかたまりの中にいなければならない、という思想的不自由を押し付けることにある。また、これは韓国と日本だけで行われていることではないことは、よくわかるだろう。

◆世界的な流れは「国境」の喪失

一方、TPPやFTAでお金の国境はここ数年でどんどんなくなっていくことだろう。お金が相互に流通すれば、異なる文化の社会もそれぞれにお金だけでなく、人、モノなどの行き来が激しくなり、数十年のうちに、「1つ」に溶け込むことにならざるをえない。国や国境がなくなっていく。

この反対方向を向いた「2つの流れ」が、いま、世界で火花を散らしている。これらの「事件」は、その全体を構成する一部に過ぎない。これらの報道を見て頭に血を上らせるだけの人は、この全体像が見えない。そして、無意識のうちに作られる「国」の虚像を知らないうちに肯定し、結果としてグローバリズムの進む世の中に置いて行かれるだけだろう。

今は「国」が「企業」の前に影響力を低下させ、崩壊過程にあり、かつての主権者であった「国」へのノスタルジーが、この流れを止めようとしている。しかしながら、世界に広がった安価な物流、安価で豊富な情報流通、お金の流通が、「国」を崩壊させていく。この流れには誰も逆らえないだろう。

「国を憂う」「レイシスト」はそのために利用されているが、やがて用がなくなれば捨てられる運命にある。その証拠に、彼らレイシストが支えようとしている現在の日本の政権は、同時にその反対の動き=国を崩壊させる動きであるTPPやFTAの流れを止めようとすらせず、むしろ積極的にその流れに乗ろうとしている。

どれもこれも「流されている」「感情的に乗せられている」「全体像が見えていない」ということにおいて、恥ずかしいほどの「頭の悪さ」を感じるのは、私だけではないだろう。国家崩壊の危機というものがもし本当の大事なのだとすれば、レイシストの行動は全体を俯瞰できない矛盾に満ちたものとならざるを得ない。

Why? I hate the Apple`s product – Apple製品が好きではないわけ

070203_185635いまだに、Apple製品を買わないようにしている。個人の意見だが、以下のようなことを考えているからだ。

◆音質が悪い
かなり前、Steve JobsがAppleに帰ってiPodを出し、いろいろな機種を出し始め、数世代がたった頃、ぼくもiPodを買った。が、音が荒削りでイヤホンの音質も悪く、付属イヤホンの遮音性などにも不満があった。もともとがオーディオのマニアでもあったから、Appleの音の評価は自分の中ではかなり低くなった。それから、Appleの製品を買うのをやめた。おそらく、自分にとってこれがいちばんのApple製品を嫌う理由だ。

◆クローズな環境
その当時から、Appleの利用環境、開発環境のクローズさにも、元々ソフトウエア開発を仕事にしていた自分には、あまり良い印象はなく、それも「Apple嫌い」を促進したようなところがある。また、iPodは必ずPC上のiTunesソフトウエアを必要とし、それに接続しないとなにもできない。音楽プレイヤーがUSBで接続されれば外部ストレージとなってそのまま楽曲ファイルを転送すればよい、という手軽さはやはり何者にも代えがたい。できるのに、なぜしないのだ?という感じだ。

◆電池が外せない
さらに、エンジニアとして疑問に思ったのが「電池」だ。iPodからiPhone、iPad、そしてごく最近の電池駆動のMac最新機種に至るまで、電池の交換は簡単にできない。普通は電池が1年から2年のあいだにはヘタってくるので、その電池の交換にはAppleに本体を預け部品を交換する必要があり、自分でそれをすると、保証がなくなってしまう。普通のエンジニアの感覚としては、電池は経年・経時変化もさることながら、不良品も多い部品なので、爆発したり膨らんだり、というトラブルが多い。電池が外せて新しいものにできる、というのは、使用者本人ができるようにすることが必要だ、と思っている。Appleは電池を消耗品としてではなく「部品」として扱う。もっとも、最近は新製品の発表のサイクルが短いから、電池がおかしくなる頃には新しいものが出る頃、ということで割り切ることもできないではない。

◆プライバシー侵害の可能性
ただ、iPhoneなiPadのように、常時通信回線と接続される可能性があるものは、電池が外せない、ということは、リモートで電源の入り切りが強制的にできる、ということでもあり、iPhoneの電源を切っているときでも、勝手に電源が入り、位置特定などのプライバシー侵害が簡単にできる、ということでもある。電池の取り外しが簡単であれば、電池を外しておけばそういうことはまずできない。プライバシーの侵害を防止するためにも、電池の取り外しは自分でできたほうがいいだろう、と個人的には思っている。

自分がAppleの製品を評価しないのは、そのデザインではない。こういう「機能」のところだ。デザインは正直なところこういった製品では顧客を騙すためのものだから、いくらでもやろうと思えばできる。いや、それはそれで奥深い別の世界があるのはわかる。しかしそこにはあまり触りたくない。というのは、「誰にでも評価されるもの」ほど、陳腐なものはないからだ。ポピュラリティというものはいつの世の中でも泡沫のようなもので、後に残らない。普遍的な価値を生み出さない。

より人間とその社会にとって普遍なものに触れていたい。

日本のメディア事情を知らない?Arianna Huffingtonさん

5月7日に開店した「ハフィントン・ポスト日本語版」を今、見に行ってみたら、なんだか、往年の「オーマイニュース」の紙面のような、そういう記事が増えている。

市民運動とか、あまり顧みられない話とか。青山の「子供の城」がなくなる、というのでその存続運動とかね。

結局、日本で他が扱わない新しい報道、となると、新米のジャーナリズムはいくら名前があっても既存のジャーナリズムの扱わない、隙を突いたものを扱わざるを得ない。同じ土俵に立つことが、もともと暗黙の了解で制限されている。たとえば記者クラブの取材には同行できないし、たとえしたとしても、「他の既存メディアが発表した後でね」とか言われてしまうことが多いから。この記事の選択には、編集長の苦労が見える、と言っていいのかも知れない。

新米の、ましてやWebのメディアが、誰でも注目するような取材に既存メディアと一緒に行ってみても、なかなか良い場所はとれないうえ、取材の制限とか、発表の制限なんてのはしょっちゅう受ける。これは珍しくそういう制限を言われなかったな、というものについては、ぼくは誰よりも速く記事を上げたけど、結局新しいメディアはそういうゲリラ的なものが大きな意味を持つ。ハフィントン・ポスト日本語版もおそらく同じだろう。

米国のハフィントン・ポストは既に実績ができた「既存メディア」だし、韓国のオーマイニュースも経営は苦しいとは言われるものの、既に韓国では大手メディアの1つとしての知名度が高い。スタッフや体制も日本とはまるで違う大きさだ。

日本で弱小の新しいメディアを立ち上げ、がんばっていくのは、正直なところすごく大変だ。まず取材の入り口が他の国のメディアに比べて非常に制限されている。そのため、評論も含めた優れた内容を取材から得て上げる、というところまで行くのに、多くのハードルがどうしてもできてしまう。

おそらく、アリアナ・ハフィントンも、こういった日本のメディア事情を良く知らないから、「この名前で小さなところから始めて大きくしてね」という気持ちがあるのだと思う。安倍首相とも対談したし、これで日本の政府にも名前は通ったはずだから、今後は地道に取材と記事、執筆陣を充実させていけば、大きなメディアに育っていく、と、考えているのではないかな?

実際、米国だったら、それはありえる。でも、日本のメディア事情は全然違う、という目に見えないところを、彼女は知らないのではないか、と私は思っている。

まず、日本のメディアはオープンではない。取材される側も、オープンではないことが多い。特に政治とか官僚の世界は閉じた世界だ。新参者は「ネットメディア」というだけで、遠ざけられる傾向に、どうしてもある。いくら理不尽だと言っても、そういう現実があるのだから仕方がない。

結局、こういうメディア社会を持った日本の国にいる日本人も大変に不幸だ。そして、新しいメディアを作ろうとしている人も、本当に不幸だと思う。ここに風穴を開けるつもりで、メディアの仕事をしばらくしてきたが、ぼくはあきらめたわけではない。

弱小零細新興メディアは取材から掲載までの「スピード」でまず戦うべきだ。ぼくがやっていたのは、現場の取材が終わった頃には、もうオンライン版は写真も記事も掲載されている、というくらい速いスピードを心がけていたこと。これを繰り返して行けば、必ず日本のメディアは変わっていく、と確信している。既存の日本のメディアのできないことを、既存の日本のメディアと同じ取材対象に対して行う。たたかえるフィールドを意識したら、あとは一直線だ。小さなメディアにあるメリットを最大限に生かした「スピード」は、これからの弱小メディアの最大の武器としていかなければならない。

その先にオープンなメディアのあり方が定着するかどうかは、まだわからないけれども。