「国」で語るな

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JBPressのこの記事。困ったことに、この記事は「韓国」「中国」とか「カンボジア」「タイ」など、「国」で一括りにして説明した気になっている、というのが、なんともおめでたい。

日本の国の中にも、ウヨクもいればサヨクもいるし、そのどちらでもない人もいる。ぼくらは日本に住んでいるから、日本人が「多様」であることを知っている。また、その「多様性」が民主主義というものの「良さ」を示している。

ところが、この記事では「国」を単位にして、他の地域の人たちを一括りにする。日本だけが多様であって、他の国にはまるで多様性が無いかのようだ。これは他の国に対して、あまりに失礼な話ではないのか?自分だけが多様であって、他の地域は違うのか?どの国にも「多様性」がある。こういう記事ではそれが見えていない、というだけのことだ。その自分の無知を棚に上げて他人を語るほど、日本人はバカになったのか?

たとえば、中国だって、大連などは反日デモがなかった。韓国では親日のWebサイトがいくつもある。台湾の政府は尖閣列島どころか沖縄も日本の領土であるとは思っていない。ちょっと調べただけで「国」を単位にして「親日」とか「反日」というように括れるものではないことがよくわかる。

日本から韓国に来る観光客は20%くらい減っているが、逆の韓国から日本に来る観光客は過去最高で昨年比で38%増。しかも、アベノミクスの影響で、半年前は1000ウォンが100円だったものが、今は80円と目減りしている。それなのに日本に来る韓国人の観光客は、どの国の観光客よりも多く、かつ増えている。これは日本の外務省の資料で発表されている。

天下国家を語るのはいいが、だからといって「国家」がすべてである時代はとっくの昔に終わった。今は国家の言うことを庶民が言うことを聞かない時代になった。これはアジアでも欧州でも大規模に始まっている。これに関しては日本はかなり遅れているといって良い。

今や、民主主義は日本よりも韓国のほうがより良くなっていることも、この記者は知らないのだろう。

スマートフォンを ARROWS ef に変更

半年に一回はスマートフォンを新しいものに変更している。ただし、よほど魅力がある機種でなければ新品は買わない。今回も中古だが、富士通のARROWS ef FJL21だ。2012年の秋冬モデルで、中古ながら1万円ちょっと、というのはかなり安い。新品を買うよりももちろん安いわけだが、それ以上に、この機種は国産なのに、なぜかけっこう安定していてまともだった、というネットの評判。国産だから、防水・防塵、ワンセグ、おサイフ、指紋認証、NFC、フロント/リアのカメラ、テザリング、ちょっと地味だが5GHzの無線LAN対応、などなど、とりあえずの「全部入り」。1万円ちょっとのスマートフォンのお買い物としては、かなりお買い得感がある。いまどき、タブレットの激安と言われているNexus7のWi-Fiモデルでも2万円くらいなのだから。

おまけに、長時間外出、ということも多いので、そのときのための電池をもう1つ買ったのだが、なんとauショップに行ったら現行機種の電池ということもあるのかもしれないが、(当然、純正の)在庫があり、しかも、事前にAmazonで調べていた「互換」の電池よりもかなり安い。こういったスマートフォンやPCの電池は、通常、互換の中国製の電池のほうが圧倒的に純正のものよりも安いのが普通だが、これは逆だった。こういうこともあるのだ。iPhoneだと、内蔵の電池が固定になっているから、電池がなくなると外部のUSBからの電源を使う他は無いが、この機種はあらかじめフル充電した電池を取り替えるだけだ。これで朝早くから夜遅くまでの1日の外出でバンバン使ってもOK、という感じだ。万が一のためにUSBの電池の外部充電器も買ったが、今のところ出る幕はない。

とりあえず、予期しない再起動などの問題は今のところ出ていないが、Androidが4.0だ、というところだけが不満と言えば不満だが、全体から見るとあまりたいした問題ではない。使っているうちにまた不満も出てくるものだろうが、この小さと軽さでここまでやってくれれば十分、という感じが今はする。

「充電器で感電死」しないためには

Made in Chinaだが、JETのPSE認証がとれているマークがある

Made in Chinaだが、JETのPSE認証がとれているマークがある

ITの関係の最近のトピックといえば、中国でiPhoneの充電器で感電死したCAがいた、という話だろう。このことについて、Apple社は7月26日に「純正の充電器を使って欲しい」という発表を行った

とは言うものの、Appleの充電器も裏側を見ると「Made in China」と、書いてある。中国製がみんな危ない、というわけではないし、最近この手の充電器はどこも「中国製」であって、中国製でないものを探すほうが難しい。写真は「FON」の無線ルーターに付属してきたACアダプタの背面だがここにもしっかり「Made in China」と書いてある。今のところ事故は一度も起こしたことがない。そして、この写真のラベルを見ると、「JET」、そして◇で囲んだ「PSE」というマークが見えるだろう。これは「JET(電機安全環境研究所)」の、「PSE認証(電気用品安全法の認証)」がとれている、という意味だ。

この認証があると、とりあえず中国製であっても感電事故は無い、と言ってもいい。日本の法律で定められている安全基準をクリアーしていますよ、ということになるからだ。そして秋葉原のアヤシイお店で激安で売られているものだと、この認証が無いものもけっこうあるが、家電量販店などで売られているものは、すべてこの認証が取れているものばかりだ。
とは言うものの、AC100Vの電源を使う「充電器」「ACアダプタ」は、気をつけるにこしたことはない。中の部品が長い時間の間に壊れることもあるし、定格以上の電流が流れると火を吹くこともあるからだ。そして、これは当然のことながらiPhoneだけの問題ではない。Androidのスマートフォンやタブレットでも、同じことだ。
ちなみに、私たちがiPhoneなどの「充電器」と言っているものは、実は「充電をする電源を供給するための電源装置」であって「充電器」そのものではない。そこには充電機能は持っていないからだ。充電機能は、iPhoneの中に持っている。だから、本当はそれは単なる「電源」ということになる。
ということで、これからiPhoneの充電器を買おうと考えている人で感電死したくない、と思っている人は、なにもAppleのアナウンスのようにAppleの純正のものを買う必要はない。「家電量販店」などで買えばまず間違いはない。秋葉原や100円ショップなどのアヤシイところで買わないことだ。そして、出来れば手にとって「JET」「PSE」のマークがあるかどうかを調べてから買おう。

Apple: The Walt Disney company, without the Mickey Mouse

◆ミッキーマウスのいなくなったディズニー

いま、Appleについてはいろいろ言われている。「過去最大の売上・収益増」「株価低迷」。しかし、日本でiPhoneの売上が66%増ってのは明らかに日本のユーザーの、これまでの意味とは違う意味でのガラパゴス化、という感じもしないではない。iPadの世界的売上げ減は明らかに高性能で低価格のAndroid系タブレットの流れを抑えられなかったからだろうし、。。。。と、ネガティブに報道しようと思えばいくらでもできる。

ただ、技術者・研究者・開発者としてiPhoneやiPadを見ると、既に時代遅れの感じが出てきている。商品としてはまだ寿命はあるのだろうけど、現時点では既に「最新のハイテクノロジー」だとは言えなくなってきている。しかも、少々ユーザーインターフェースを直したところで、Appleに期待されているのは、この程度の飛躍ではない、ということになる。

Appleというのは、ジョブズがiPodを始めてしばらくした頃から、商品を作るメーカーではなく「ジョブズ」という男を、ディズニーのミッキーマウスのように表看板に担いだ「ストーリー・テラー」であった。今のAppleは「経営者、開発者、デザイナーの顔が見えない」。主人公がいないドラマ。人々が演奏会を離れても口ずさむ主旋律の無い音楽。

つまり、ミッキーマウスのいなくなったディズニー。それが現在のApple。

そう、個人的には思う。

たいせつなもの

君はいま、受験勉強の最中。学校の成績がなかなかあがらなくて、でも勉強をしなけりゃいけなくて、とは言うものの、勉強しようと思って今日の夏期の講習の勉強のノートを開いても、なかなかそれが頭に入らなくて。。。。。そして、どうしたらいいのだろう、と悩んでいることだろう。それは見ていてもわかる。

「なぜ勉強をしなければならないのか」ということを言いたくなることもあるし、実際それを誰かに聞いて見たくなることもあるだろう。でも、答えはきっとこうだろう。「わからない」。それはお父さんにもわからない。誰に聞いても、答えはない。

ただ、お父さんの自分の経験から言えば、それはある日突然訪れる。ある日、君はなにかに出会う。きれいなもの。感動すること。まだなにがなんだかわからないけど心を揺さぶられてなかなか寝つけない夜。本当に心の底から好きな人ができたとき。最初は小さなことだったけれど、心の中でそれが大きく育っていることがわかってきたとき。そんなとき、君の体全体がなにか別の宇宙に入ったかのように、君の見える世界がある日突然変わる。そういうことが、人生にはある。

そんなとき、「なぜ自分はそれに心動かされるのか」よく考えてみてくれ。

なぜか?

それが一番大切なことだからだ。

でも、すぐに答えは求めないで。きっとその答えを、君はそこからの一生をかかって、見つけることになるから。先は長いのだ。

そこで考えて考えて、自分なりの答えをすぐに出すことができたとしても、それが本当の答えとは限らない。やがてそれを覆す出来事だってやってくるかもしれない。でも、そうではないかもしれない。それは誰にもわからない。ただ、そういうものに、そのとき、君は出会ったのだ、という事実だけが大切だ。それを大切にしてくれ。

それを大切にしていると、やがて、そこから始まる「答えを見つける人生」が始まったとき、そしてそれを毎日心のどこかで答えを見つけたいと思って生きているとき、不思議と勉強に、学ぶことに、身が入っている自分に気がつくだろう。それが学校の勉強とは限らない、違う種類の勉強かも知れないけれど、そこから本当の君の人生が始まる、ということだけは確かなことだ。そこから黙々と積み上げることは、不思議と頭の中に、体の中に、どんどん吸収されていく。そういうものだ。気がつけば他人よりもそのことについて良く知り、自分に不思議なほど自信を持てる日が、知らないうちにやってくる。

だから、感動すること、気になることに、心を閉ざさないで、しっかりと正面から向き合って、その答えを見つけることをいつも考えていて欲しい。いつも、たとえ小さなことにも自分の気持ちを集中させて、それがなぜそうなっているのか?いつも気にしていてくれ。

いつもいつも、自分の五感を精一広げて、感動する瞬間を逃さないで今日を生きることは、いろいろな意味で君の人生を豊かにしていくことだろう。

ぼくにも答えはわからないけれども、人とはそういう生き物なのだ、としか言えない。そういう「人」に、ぼくも、あなたも、生まれたのだ、としか言えない。

「選挙」の熱狂の裏側に

参議院選挙で「ねじれ解消」、というのは、当然ながら現在の政権の立場を前提とした言い方。つまり、現政権を認めるか、認めないか、ということの「言い換え」だったね。でも自民党政権でもたとえばこれが民主党政権でも、日本の国は人口減少、経済停滞は当たり前の事実としてあったわけで、これからもこの大きな流れは変わらないだろう。結局重要な日本の政府の政策は政治家が作っているものではなく、戦前から流れる官僚の世界の中で作られてきたもの。であれば、政治家の首がすげ変わったところで、大きな政策の変更はない。官僚世界のルールに従わない政治家は、いなくなる、というだけのことだ。

選挙というお祭り騒ぎの裏側で、こういう大きな流れが日本の国の政策を作っていることを考えれば、楽観もできない代わりに、悲観だけというものでもない、ということがわかる。たとえば、TPP、FTAなどのブロック経済化にかかわる政策は民主党政権のときも、現在の自民党政権のときも変わっていない。「自民党はTPPに反対する」と言っておいて、政権を取ったらTPP反対派の動きを抑え「TPP推進」に回る。簡単に言えば選挙民は「嘘つき」に「愚弄されている」だけ、ということでもある。その嘘つきゆえに、政治家たちの首がすげ変わったとしても、その政治家の政策はなんの意味もない。単なる「表看板」であって、それが変わっても看板の裏側にいる名もないスタッフの顔ぶれが変わるわけでもない。政治家は官僚の「雇われ」である。

TPPのはるか以前に、日本の農業自身が既に補助金漬けで弱体化しており、日本の工業立国による経済が中心となったところではいかんともしがたいものになっていた、ということは覚えておくべきだ。補助金があったがために農業は弱体化した、とも言えるが、その補助金は「農業の強化のため」に交付されたものだ、という「まともな視点」が無かった。まだ日本経済に力があり、お金があるうちに、日本の農業を立て直すために、貴重な国民の税金から交付されたのが、農業関係に出された補助金である、という事実を忘れて、補助金漬けになっていたのが、日本の農業ではないか。有り体に言えば農業の現場は目の前のお金にのみ目が行き、自立を考えず、勉強もせず「緊張感」「危機感」が無かったのだ。

日本の政府の大きな流れは、官僚が決めていて、政治家はほとんど決められない。加えて、官僚の動きは現在少しずつグローバル化の大波の中で「なるようにしかならない」ことを政策にしているに過ぎない。日本がその経済の強さだけで自国内で自閉できる時代ではなくなった。

グローバル化の進展で、これから日本の政府は戦前のような国家主義、軍国主義に走ることも許されなくなる。諸外国の目が光っている。しかし、武器などの輸出は現在も部品のレベルで大きく行われており、これからも「軍需産業」は大きくなるだろうし、世界的な不況でエネルギー争奪戦が始まるこれからは、これが大きな産業になる、と見込み、さらにこの分野に注力することになるだろう。

アジアは、私の私見ではあるが、中国にばかり目が向いているが、中華圏の経済が中心になることは間違いなく、その中心は台湾になるだろう、と思う。13億の飢えた民を有し成長の伸びしろを持つ大陸中国の成長のタネは台湾企業だ。2012年の中国の税関の発表では中国の輸出企業トップ10のうち7社が台湾企業だ。台湾は資本主義であり外国企業の上場もできる。中国と同じコトバを公用語とする。「絶好の立地」にある。アジアの経済の要は台湾になり、日本のマーケットと台湾のマーケットはやがて一体化する道を歩むだろう、と、私は思っている。細かいことを書くといろいろあるが、様々な出来事がその方向を間違いなく向いている。巨大中華経済=アジア経済は、台湾という「資本主義と中国とのGateway」を中心に回っていくだろう。

日本において「政界」は「芸能界」の1つのバリエーションでしかない。選挙の熱狂はAKB48の総選挙やコンサートと同じだ。丸刈りで人気を取る「変わり者」もいれば「卒業」後にもなんだか関わっている未練たらたらもいる。その誰もが、結局は世の中を変える政治にはなんの影響も与えられない。熱狂は演出によって作り出される予定調和だ。熱狂の裏側にある「本物の政策決定者」を見えなくする仕掛けだ。

「火を吹くスマートフォン」の原因とは

PC、スマートフォンや携帯電話、それから、太陽電池などのバックに使われる電源装置の中のバッテリーなど、充電・放電ができるバッテリーは特に、その「充放電のテクノロジー」は難しい。電源関係はデジタル技術にできるわけもなく、アナログ技術が最後まで残らざるを得ない領域だが、この領域で大切なのは「技術は年とともに蓄積していく」という当たり前のことだ。もっとわかりやすく言えば他の技術分野に比べて「革新」が非常に少ない技術分野なので「龜の甲より年の功」の技術のほうが、重要な意味を持つ、ということだ。

むかし、メーカーのカーステレオの設計をしたことがあるが、ここでも電源は非常に大事だった。24Vしかない電源をどうしてもスイッチング・レギュレータで電圧を上げて使う必要がある。これまで、自分でもいくつかの電源を作ってきたが「電源」にとって重要な部品の1つが「トランス(Transformer)」だ。しかし、このトランスをちゃんと設計し作れる技術者は「若い人」ではない。

インターネットも携帯電話も無かった時代、若い技術者だった私はある開発機器のために、「トランジスタ技術」の小さな広告を探しだして、たしか川崎だったと思うが、電源用の特注のパルス・トランスを作る小さな町工場を訪れたことがあった。テレビの古いドラマで見たのをそのまま絵に描いたような、おじいさんと、その奥さんの2人で細々とやっているところだった。

「お電話をした三田ですが」と、言って玄関を入ると、普通の家の普通の畳の居間。その横に工場になっている土間が続いている。奥さんも居間にいる。針仕事をしているようだった。

「どうぞどうぞ」と言われるままに靴を脱いで上がり、トランスが最終的にできる最後の工程が終わるまで待たされたのだが、そのうちお昼になって、お昼もその家でごちそうになってしまった。まるで自分がその老夫婦の息子になった気分だったが、世間話をしながら、トランスができるのを待った。目の前でおじいさんはトランスに線を巻く機械を使って慎重に線を巻いている。

頼んでおいた特注の試作品の数個のトランスができると、代金を払って(それも今から考えるととても安かった)その家を辞した。帰ってそのトランスの特性を測ると、ちゃんとこちらが求めたスペックになっていて、なによりも「飛びつき(電波漏れ)」の少ない線の巻き方がすばらしい、ということがわかった。まさに「職人芸」の世界だった。これを使って、放送機器に接続されるある音響関係の特注の機器を作って納入した。ノイズが非常に少ない音ができた。

電源の技術はその基本設計から、基板の設計、熱設計、コンデンサなどの弱い部品の選定など、多くのアナログ要素に満ちていて、経験が非常にモノを言う世界だ。電池の充電や放電についても、詳細なデータ取りと経験の両方が無いと、爆発事故などにすぐにつながる。スマホなどの機器用の充電・放電用のICもあるが、メーカーから供給される回路図と使い方そのままでは、まずまともな特性は出ない。経験を元に自分でデータをとって、アレンジして、実験を繰り返して、やっと使えるレベルになる。しかも電池には経年変化も普通にあり、不良品も製品となって出ていることもあり、そのサポートも電源回路がしなければならない。それをしないと、爆発事故にかんたんにつながる。

ぼくらは、絶対に爆発なんかしない、と思われている機器だからこそ、胸のポケットに入れたりする。安心してスマートフォンを顔につけて電話する。「電源の爆発事故」は、たとえ起こる確率が非常に低くても、その会社の事業や製品の売れ方に大きな影響を与えることになる。古くて小さな部分で、革新も少ない技術分野だが、その社会的影響は多大だ。だからこそ、そこにかける「保険(電源の開発費)」は、大きくなる必要が、どうしてもある。

ちなみに、ぼくが手にした範囲では、モトローラのスマホの充電・放電は良くない。電池をすぐにだめにしてしまう。しかし、台湾HTCのスマホはかなりきめ細かい充放電のコントロールをしていて、充電器をつなぎっぱなしでも電池の寿命を最大限にできているようだ。

韓流ブームは終わったが

日本人で韓国に行く観光客は激減中だが、逆に韓国から日本に観光に来る客は絶賛増加中で、このところ毎年その数は増加している。ちなみに、過去最高を更新中だ。昨日も韓国から東京・成田便に乗ったのだが、なんと韓国人旅行客で満席。あきらかに休暇の始まった親子連れは非常に多かった。いや、驚きました。

この「反対の動き」については、このニュースは全然伝えていないんですね。

しかも、この半年で円ーウォンのレートは、20%くらい落ちていて、いま、半年前には10万ウォンは1万円だったけど、今は10万ウォンは8千円くらいにしかならない。つまり韓国の人が日本に来るときのお金は日本では2割も目減りすることになる。それでも、韓国から日本に観光などに来る人は過去最高なんですね。

ついでに言うなら、韓国で韓国のテレビニュースを見ていると、ことさら「反日」のニュースを強調してやっているわけではない。「日本は憎むべき国だ」みたいな、そういうプロパガンダも無い。当たり前なことを、当たり前に報道しているだけで、日本人の自分が見ても「これはひどい」という表現はない。「政府はこういうことを日本の政府に言いました」という感じで、客観報道そのもの。

韓国は日本よりも民主的な制度が整っていて、それを調べたら驚くくらい。日本は民主主義ということでははるかに遅れている感じもする。具体的な例はいくつもあげられるが、ネットと選挙に関することは、この記事が詳しい。日本はこれから民主主義を韓国から学ぶことになるのかも知れない。

日本で日本語の報道で見ることや、ネットの日本語の韓国情報を見ているのと、日本人の自分が、実際に韓国に行って暮らしてみるのとでは、「これは全然違うよね」という情報があまりに多い。これを見ても、日本の報道は信用できないな、と思う。

TPPをTPPだけで語るな

日本国内では、TPPの話が選挙戦の中で語られ、かなり大きな話題となっているが、米国はTPPだけやっているのではない。TTIP(環大西洋貿易パートナーシップ – Transatlantic Trade and Investment Partnership)が進んでいる。これは、米国とEU加盟27か国で、貿易・投資についてFTAをやろう、ということだ。

このTTIPによるブロック経済化が実現すると、なんと世界の貿易の半分がこの中で行われる。既に実現している米韓FTAにこれがつながると、韓国は輸出主導の国なので、かなりの利益を得ることができる。

日中韓FTA、そしてTPP、既にブロック経済の先駆としてのNAFTA。数年以内には、これに加わらない国は、世界の貿易から相手にされなくなり、経済的に短期に疲弊することになる。世界各地で、「国」という枠を超えた「企業活動」が中心の世界になりつつあり、それは数年以内に実現することになるだろう。そして、これに加わらない国には「貧困」というムチが待っている。

日本だけで、日本のことを考える時代は終わっている。すべての国が経済的に横につながり、情報はそのあいだを頻繁にやり取りされ、物流も人も、国籍はほとんど関係なく、人に「定住」という概念さえなくなる可能性がある。良きにつけ、悪しきにつけ、この流れから取り残されたら生きていけない。TPP反対の根拠はよくわかるが、日本だけがTPPの反対を言うことができなくなっている現状がある。

この中で、先日、丸紅が穀物メジャーで世界第二位の「ガビロン」を買収した。中国などからの反対はあったものの、中国に対しての一定の制限をつけての買収が成立。アングロサクソンの「食料戦略」に、大きな一撃が加えられた。日本はまだお金がある。そのお金を、変わる世界の状況に応じて何に使うか、ということが非常に大事だ。これは日本の軍事費などよりもはるかに大事なことだ。日本の企業は、日本という地域の生き残りのために、こういったアングロサクソン系の「メジャー」たちの買収をどんどん進める必要があるだろう。

日本のマスコミはTPPを語るにも政治を語るにも、あまりにドメスティックな情報しか知らない。日本の中で日本語だけの情報を見ていると、広く大きな世界がどのように動いているかが見えない。私達は日本のマスコミがおかしいことを少しずつわかってきているが、それは意図的に情報を囲い込んでいること以上に、日本のマスコミが世界に目を向けられない視野狭窄に陥っている、という意味で、非常に病根が深い問題だ。日本の役人も日本の国内にしか目が向いていない。しかし、日本だけで生きられる日本の時代はそろそろ終わりに近づいている。

のんびりと、「日本の発展」だけ考えればよい、という時代ではない。

日本の「国力」の源はなにか

◆日本の高度経済成長の源泉は「冷戦」と「戦後復興需要」だった

日本という国のこの戦後を考えると、日本がいかに偶然という神の力の下で、いかにラッキーな時代を送ってきたのか、という思いがある。

1945年に敗戦。しかしその後5年は日本は食うや食わずの時代が続く。しかし、1950年にお隣の国の戦争「朝鮮戦争」が始まった。これによって経済復興のための原資をつかんだ日本は「東西冷戦」の最前線から一歩引いたその場所で、直接の戦火に晒されることなく「前線への補給基地」として「高度経済成長」を遂げた。

日本を「平和的」に経済発展させた「東西冷戦」は、1989年のベルリンの壁崩壊とともに次第に世界の重要事ではなくなる。日本の「高度経済成長」は、このあたりから「怪しく」なる。いまの日本の経済はこの頃までに貯めた「原資」を引き継いでいるに過ぎず、やがてなくなる運命にある。その裏側には「東西冷戦」と「第二次大戦後の世界的戦後復興需要」があった。これが「高度経済成長」の源泉だった。

いま、この2つは消え失せ、それに代わるものもない。日本の「失われた20年」は、単にそれ以前の50年間がラッキーだっただけだ、とも言える。

◆その後の「物流」「情報」「グローバル化」

1993年にインターネットの原型が世界に広まりはじめた。1995年末に発売されたMicrosoft社のWindows95は庶民の世界につながる情報の窓であるインターネットへの接続の敷居を一気に下げ、Fedexなどの物流も世界的に庶民のものになった。航空運賃も下がり、海外渡航なども気軽なものになってきた。簡単に言えば「グローバル化」の舞台装置が整えられた。それが1990年台という時代だった。

◆「眠れる獅子」の覚醒

冷戦が終わると、冷戦の最前線で生産活動に制限があった地域が経済発展を始めた。戦後60年間「眠れる獅子」と呼ばれた中国が経済発展に舵を切って、「眠れる獅子」が覚醒した。いまはその獅子の力が蓄えられつつある時期だ。それぞれの国が、それぞれのやり方で「経済発展」を目指す。しかし、その行き詰まりが20年もたたないうちにやってきた。

◆「ブロック経済」の時代の始まり

2010年の横浜APECでの結論。「世界はブロック経済に向かう」。「ブロック経済」とは国という小さな単位ではなく、より広い地域での経済活動を当たり前にしなければ経済の源泉たる企業活動の将来は無い、ということ。国境をなくすためのTPPやFTA、さらにそこに国よりも経済の力を増す多国籍企業を優先する条項が含まれる。「国家専制」は「企業専制」へと変わった。国益ではなく「企業益」が優先される時代となった。日本の政府でも「TPPやFTAの推進」「大企業向け大幅減税」は、この流れの中にある。国が小さくなる以上、いくら軍を強化しても「限り」ができてしまう。なぜなら、これらは「小さな政府」を志向しているからだ。戦争は「お金」で行われる。その勝利者はどこかの地域ではなく、多国籍企業である。「国」の存在感が薄れている。

◆国を頼りにできない時代

いま、日本人が直面しているのは戦後70年、世界中の人がどっぷりと浸かってきた世界の主権者の交代だ。簡単に言えば「国を頼りにできない時代」の到来だ。社会福祉も、国境を守る、という軍も、国に頼ることは既にできない。国家は絶対ではなく、やがて企業の下僕となる。これから日本人がしなければならないのは、まずこのパラダイムの転換を受け入れることだ。その上で、個人としてそういう世の中でどう生きていくか、ということを模索することだろう。

ぼくらをも守るはずの「国」は、形だけのものになってくる。そんな時代にどう生きるか。それだけが現代日本人の関心事でなければならないだろう。