日本のコンビニに思うこと

台湾・淡水

台湾・淡水

日本のコンビニだと、毎週のようになにか新しい商品が並んでいて、それが継続的に自分の家の近くのコンビニに行く、というちょっとした楽しみを作っている1つの要素だ。でも、韓国のコンビニはその「新商品更新頻度」が今ひとつ少ない。実は韓国だけじゃなく、台湾なんかもそういう感じ。コンビニに求められているものが、違う。

日本のコンビニにあるものはサンドイッチ一つとっても、またおにぎり一つでも、どんどん新しい商品が入れ替わる。だから、先週来たときには無い商品が今週はある。しかも質はけっこう高い。味もいろいろなバリエーションがあって楽しめるし、それが週替りくらいに変わるのだから、毎日でも通ってしまう。そういうきめ細かな努力を日本のコンビニはやはり失わない。

でも、韓国でも台湾でも、あるいは中国でも、そして米国でも、コンビニは「真夜中に必要なものを買いに行くところ」みたいな、「楽しみ」よりも「実用」に偏した考え方が根底にあるように思う。いや、それは逆で、世界の「コンビニ」はエンターティンメントを提供するレジャーランドなんかではなく「必要なものを必要なときに供給する便利なお店」なんですね。それが普通なので、日本のコンビニはむしろ「特異な例」なんだと思う。

深夜、お腹がすいたなあ、と思って行くコンビニ。日本だったら、そこでついつい、商品を買わないとしても、新しいなにかを発見したりする楽しみがある。少ない収入で生きていても、コンビニに行くと、自分のいる日本という社会が、こんな値段でこんなものが手に入り、そしていつも変化をし続けている、という、そんな場面に出会う。しかも、その「変化」は都市部だけじゃなく、田舎の津々浦々まである。

でも、韓国だけじゃなく、日本を離れると「コンビニ」のありようは、まさに「Convenience Store」以外の役目を負わされることはない、そんな存在だ。タバコがなくなった、といえば行くところ。それがコンビニであって、そこに「楽しみ」なんかは求められていない。毎週の商品の「更新」も非常に少ない。おにぎりなんか、たくさん置いてあるけれども、いつも同じものが置いてある。そして、ぼくはいつも同じものを買う。

日本の「消費文化」というものが、低所得の人から高所得の人に至るまで、いかに高度なものであるか、ということを、ぼくは異国で確認する。食べることは文化であり、それは空腹を満たすだけのものではない、ということ。それを実感できるのが日本の「コンビニ」だ。選択の豊富さは文化であり、それは豊かさを実感できる具体的な環境でもある。「豊かであること」と「貧しいこと」の差は、選択肢の多さ少なさにある。人生のあらゆる場面において、たとえばほんのすこしの空腹を満たすだけのための食べ物を得ることにおいてさえ、その選択肢が豊富であることが豊かさであり、その逆が貧困を示していることは、あまりに自明なことだろう。

韓国の人も、台湾の人も、中国の人も、みな、それに気がついている。ただ、その差を語る言葉を持たない人のほうが多いのは、仕方がない。でも、ぼくはあえて言うが、日本の社会は、やはり「豊か」なのだ。そしてこの日本という国の豊かさは、おそらく世界中のどこでも、いつまでたっても真似ができない。そんな気がする。

日本と同じような作りのコンビニがあっても、その中身の「文化」は日本のコンビニとは似ても似つかないものだ。

深夜のコンビニで思う

台北・MRT駅

台北・MRT駅

今、深夜のコンビニにお酒を買いに行くと、そこでは仕事帰りで遅くなっているご近所の人たちがいる。みな30歳代、40歳代だろうか。こんな遅くまでお仕事ご苦労様です、とは思うが、20年以上前の「ご苦労様」と今の「ご苦労様」はなんとなく意味が違う。

前はまだまだ日本の成長の余力があり、日本の国内でがんばれば、生活が豊かになるとか、将来はもっといい生活ができるとか、という夢があった。だから「ご苦労様」の意味は「一緒に明日のために頑張ろうな」という感じだった。今はどうだろう。日本の国内にいてはもはや成長は望めない。アベノミクスも空振りの雰囲気が色濃く漂い、先がさらに見えなくなった。「ご苦労様」は、本当に「ご苦労」「様」な感じだ。そしてそれ以上のことはなにもない。いくら働いたからといって、明日の希望が見えるかどうかもわからない。

やがて始まるのは日本の衰退の第二ステージだ。アベノミクスという「無理」は、結局、日本の衰退のスピードを早めただけだったのではないか。憲法の改正などによって軍国日本の復活があるかも知れない、とも言われている。もしも憲法が改正されれば日本国内でのドンパチがなくても、若い人間は徴兵されて、海外派兵されて外国で野垂れ死ぬかもしれない。日本を出ようにも、海外の情報は実際にお金を出して海外に出ないと、日本国内ではわからないくらい、「情報封鎖」がされている感じもある。

山田太一の「深夜にようこそ」で描かれるコンビニにはまだ「成長の匂い」があった。今の真夜中のコンビニには、明日どうなるかわからないけど、今日はなんとか終わった、という疲れた顔ばかりがある。それでもなんとか気を張って精一杯がんばろう、という、そんな顔を見る。

こんな日本なのだから、若い人間、実力のある人間、少々お金のある人間は、どんどん海外で働く、という選択をすることが良いことだと思う。もう、日本の政府には期待はできない、という雰囲気がそこここに漂っている。

少なくとも、日本人は日本という国にこれから大切にされることはないだろう、という予感がどうしても拭えない。個人としては、日本を捨てて他で働くことも視野に入れざるをえなくなってきた、という感じがする。特にこれからの世界を担っていく若く優秀な人間は日本にいてもいいことはないのではないか?

日本にいることは、子供の頃から親しんだ環境と言語で楽に暮らせる。日本にいい仕事があるなら、日本にとどまっていたい。しかし、日本がこれからどうなるかについての不安はどうしてもある。海外方がいい仕事があるよ、と言われれば、やはりそちらになびくのは、仕方がないことだと思う。

それが今だ。

 

ぼくらは「情報のメタボ」だ

このショートムービーを見て考えさせられた、という人もいるだろう。

同じようなことは、携帯電話が出てきて、そのメールとかがあたりまえになった時代でも言われたこと。古くはアマチュア無線にはまった高校時代も、こんな感じだった。今に始まったことではない。文化論として「こんなふうに時代は変わったのではないか」とか「これは人間として正常なことではない」とか、って昔から言われている。

人間にとって、コミュニケーションは麻薬だ。人間はどんな社会でも一人で生きていくことはできない。一人ではないことを確認する作業は、そのまま自分の寿命にかかわる。生物として必要な衣食住は、人との関係=それが複雑になると「社会」になる=から得られる。いや、それからしか得られない。それが人間だ。

食べ物は生きていくために最低限必要だ。しかしそれを過剰に食べすぎると「メタボ」になる。しかし歯止めがかからないことが多く、結局、メタボになる人は多い。飢餓が訪れるかもしれない、という危機感がぼくらの体の中にあって、それが過剰に食べる衝動を突き動かすからだ。そういう人間として根本的な「生きていくメカニズム」がそこに働いている。そして、それは「社会性」=「情報のやりとりに支えられる」にも同じメカニズムが働く。

人は社会的動物だから、社会を維持しその構成員として一人の人間が生きていくために「コミュニケーション」は必要だ。しかし、それが過剰な状態が今ではないだろうか?今はスマホなどのモバイル機器が「情報のメタボ」の状態を作って、ぼくらはその中にどっぷりと浸っているのだ。

人とのコミュニケーションを過剰に渇望するのは、食べ物の場合と全く同じメカニズムが働いているからだろう。

高度成長ボケ

台北・バスセンター

台北・バスセンター

現在60代後半とかから80代までの、日本の大企業や研究所でそうそうたる仕事を成し遂げてきた人で、今も大学などで教鞭を取っている、という方々に会ってきた。でも、日本の高度成長期の「モノ作り」の技術者とか研究者だった方々だから、成功体験そのものがハンパではない。「あそこの会社のXXは私が設計した」「あの仕事は私がXX省と共同でやったものだ」「あの国の政府が使っているXXは私が最初に手がけたものだ」等々。そのぶん、その成功体験を捨てることができない。そして、今日の話をいろいろ聞いていて思ったのは、その話に「数字」、特に「お金」の話がまるで出てこない、ということが共通している、ということだ。あるいは「お金」の話が希薄なのだ。

たしかに、高度成長期の日本の大企業から中小企業まで、技術さえ持っていれば食いっぱぐれがない、という時代がずいぶん続いただろう。そんな時代では、モノを作る技術者がお金のことに細かくかかわらなくても生きていけたし、それは経営者や経理がやることだった。でも、今は違う。

人工降雨の話があったが、そこでいろいろなアイデアは出るが、その経済効果について数字で実際にシミュレーションすることまでやっていない。自分の仕事はそういうアイデアを出すまで、と思っている。後は若い人間がやるのだ、とかね。これでは誰もその話に飛びつかない。意味が全く無い。なぜなら、そこまでだったら、世の中に影響をまるで与えることが無いからだ。

先日、メタンハイドレードのエネルギー資源化について、その最先端で仕事をしている人たちに話を聞いたときは違った。話すことにいちいち「コスト」という数字ですべてが語られていたから、情緒的な話やアイデアだけの話は一切なかった。たとえそれが出たとしても、「コストを考えると。。。」という話が必ずついて回った。いま、石油のコストがこのくらいで、それと同じ効果を出すには、メタンハイドレードはまだこのくらいのコスト。だから、まだ実用になるには時間がこれくらいかかる。技術障壁はこれこれで、それにはこのくらいの研究開発費用がかかる。日本だけで解決しないで、各国で協力して解決すべき。だいたい、日本には実用の油田がほとんどなく、それを運搬する技術が無いので、これは他国から持ってきたほうが安上がりでいい、など、非常に実用的な話だった。それだけに、「日本だけですべてができる」なんて期待していた、高度成長ボケしたおじいちゃんたちを失望させてもいたが。

当たり前だが、世の中の「事業」、そして人をつなぐことはそのまま「お金」だ。そしてお金は「数字」だ。その数字を出さないと、コミュニケーションが成立しないことに、高度成長期の大企業の社内で育ったおじいちゃんたちはまるで気が付かない。

ここに書いた老人だけではなく、また、ぼくだけではなく、誰にでも言えることだが、老いること、老人になることは、そのまま社会性を失うことだ。それは最後には孤独に至る。その孤独を受け入れざるを得ない、底知れぬ寂しさと怖れ。その日をぼくは思い描いて、1人で戦慄している。ましてや、日本の華やかな高度成長期という時代のまっただ中で、何事かを成し遂げたという実感をこの手にした研究者や技術者が「用なし」という烙印を押され、社会性を剥ぎ取られ、孤独の地獄に落ちるのは、命にも代え難い寂しさだろう。しかし、そのときは来るのだ。

老いてもその社会とのつながりを断ち切りたくないのであれば、数字=お金に、真正面から関わることだ。それがなければ、どんなに優れた技術者や研究者でも、また、元経営者でも、社会性を認められない孤独の地獄に落ちるだろう。なぜならば、老人は既に「性」で社会に関わる時を過ぎ、「体力や知力」といったものも限定的にしか使えなくなるからだ。そこで社会との関わりの意味を持つものは「数字=お金」でしかないからだ。

畳の上で死にたくない、戦場で死にたい、という人は多い。人間として最後の最後まで、社会とのかかわりを精一杯保って生きる姿がそこにあるからだ。しかし、多くの「老人」はそうはいかない。畳の上で死ぬしかないから、畳の上で死ぬのだ。

特に必要なことは、「高度成長期」は日本にとってラッキーな、むしろ「異常な時代」であった、という認識だ。あの時代はよほどの努力があっても戻ってこないくらいラッキーだった。なぜ高度成長期というラッキーな時代が日本に訪れたか、といえばそれは「冷戦」という世界の流れが日本の居場所を作ったからにほかならない。そのラッキーな時代に自分がいたこと、その幸せを噛み締めて、それを語るのは悪いことではないが、それを語るときに「あれは日本という地域にとってラッキーな時代であった」という一言がなければ、他の世代から白い目で見られるだけだ。自分のことを客観的に見ることができないから「ボケている」と言われて嫌われるだけだ。

老人はかっこよく死ねない。

 

「ブラック企業」という単語で終わる「日本の名経営者の時代」

台北・中正紀念堂

台北・中正紀念堂

前前から、どこかの省庁がダジャレで「経済残業省」などと言われていることは知っていた。松下幸之助の「Panasonic」だって、宗教がかった「PHP」なんてもので社員をこき使うことは有名だったし、今度はJALの再生なども手がけた「名経営者」として有名な京セラの稲盛和夫氏のその会社も「ブラック企業ではないか」という記事も公に出てきた。日本全体が「ブラック企業」であるわけで、日本企業の8割を占める名も無い中小企業だって同じようなものだった。

製造業だけではなく、もう亡くなってしまったし、本人の会社の名前もほとんど見ることはなくなったが、サービス業・ダイエーの中内功氏の経営も、同じようなものだった。面白いのは、中内は「マオイスト(毛沢東主義者)」と言われていて、靖国神社には生涯一度も行かなかった、トロツキー並みの「永久革命」を言う「共産主義者」だったが、経営は資本主義そのものの、今で言う「ブラック企業」そのものだったことだ。佐野眞氏の著書「カリスマ」によれば、同社の役員はほとんどが過労で亡くなっている、と言ってもいい、とのことだ。

ネットから広まった「ブラック企業」という単語は、日本の社会に計り知れない影響を、今後じわじわと「真綿で首を締め上げるように」与えていくことだろう。これまで戦前から戦後に至るまで「名前のなかった」その「過重労働」をする企業や団体に対しての「ラベル」が、出来上がったからだ。その証拠に、今回の「ブラック企業大賞」には、話題の「ワタミ」のみならず、東北大学などの教育機関までが名前を連ね、話題となった。もっとも、あれだけ騒がれた「ユニクロ」がランクに入っていないのは、不自然な感じを免れないだろう。多くの人に「裏でなにかがあった」と、あちこちで囁かれた。

とにもかくにも、日本では「ブラック企業」という単語は流行語になり、「うちはブラック企業だからしょうがないよね」と言いつつ、今日も働きに出る、残業する、なんてことが日本中に広まっている。おまけに、日本には資源がなく、多くのエネルギーをはじめとした資源を外国に頼り、日本の国が「加工貿易」で原料を製品にして。。。。という図式も崩れ、労働賃金は高止まりして生産性も上がらない。20年を超える「下り坂」はまだまだ続く。

おまけに「最後の無理」をした「アベノミクス」は最近その単語さえ聞かない。日本を覆う不況の波は、今後さらに深まり、それはよほどのことがなければ、あのバブルの時代に戻ることはないだろう。

「ブラック企業」という単語には厚生労働省も既に反応し、「ワーク・ライフ・バランス」という単語も既に定着した。日本人は既に製造を中国などで行い、日本国内での製造は衰退するばかりだから、かつてのような「加工貿易」立国だって、またそれを支える「技術立国」だって、不可能になった。モノを日本国内で作っても、ほとんどの種類のものが高給な労働に支えられるため価格競争力がなく、反対に、日本よりさらにブラック労働を強いることも多いと言われ労働賃金も日本よりもケタが違う低さの中国などでの生産品のほうが世界での競争力が強くなった。

日本は既に製造業そのものでは割の合わない地域となり、むしろ「製造業への投資」こそが本来の生き方として正しい。これが「先進国」というものだし、事実もそうなってきている。日本企業は製造のための資本を海外のより賃金の安い、製造コストの低い地域に移転し、日本からはその投資を行うことが、先進国の企業のすべきことだ。

こんな状況の中で、かつて製造業で栄え成功体験を持った日本企業の経営者に「もう日本ではモノを作るな」という叫びが浴びせられている。おそらくそれが「ブラック企業」というラベルなのじゃないかと思う。だから、「ブラック企業」という単語は、多くの日本で働く人に支持され、これだけ広まった。日本人はバカではないのだ。

松下幸之助や稲盛和夫の時代は終わった。まだ製造業全盛の頃の旧態依然とした経営を日本国内で続ける企業は「ブラック企業」と言われ、社会の指弾を受ける時代となった。やがてそういう時代のサラリーマンの処世を歴史小説で説いた司馬遼太郎などの作家も、輝きを失う時代になろうとしている。

「ブラック企業」という単語は、こういう日本の社会の変化の「相」の間にぽっかりと咲いた、ヤドリギの花のような存在だ。

【更新】Beagle Bone Blackのちょっとした日記

名刺ケースに入れたBeagle Bone Black

名刺ケースに入れたBeagle Bone Black

【ご注意】以下の記事中で使われているUbuntu/armhfのapt-getできるリポジトリが9月半ばくらいから使えないようです。一発でいろいろ入れてくれて便利だったのに。

【進展あり】こちらのサイトに、ARMHf関係は移ったようで、最新版がダウンロードできます。

【更に進展あり】2013/12/19:とりあえず、この記事にあるURLで再度インストールその他ができるようになっているみたいです。apt-getも問題なく、リポジトリが更新されています。

【無線LANの部分書き換え】2014/01/23:無線LANの部分、やっとまともに動き始め、現在BeagleBoneBlackと自宅LANのあいだは完全にワイヤレスになりました。つまり、電源がつながっているだけのBBBがネットに接続されています。

【以後の経過】この分野は数ヶ月ですべてがらっと変わってしまいます。以下の方法はすでに古くなっている可能性があり、ご自分でネット上の情報をリアルタイムにとってきて変更していく必要があります。一字一句同じ方法ではできない可能性があります。たとえば、binaryのイメージは日付が新しくなっている場合があります。

◆First Impression

8月18日 : 昨日Amazonで頼んだ、ARMの小型で安価なボードコンピュータ、「Beagle Bone Black(以下、長いのでBBBとする)、Rev.A5C」が到着。USBを接続すると、電源もUSBから供給され、勝手に立ち上がって、PCにUSBのTCP/IPを勝手にインストールしに来る。ボードではsshdまで勝手に動いてるので、そのまま、DHCPで振られた新しいIPアドレスにsshでアクセスすると、あっさりとログイン。

このBBBは、電源を入れたとたんに、開発環境もほぼ入っている。たしかに、2GBのフラッシュメモリ実装だから、最低限のものが入る。あれもこれも、というと、そんなに簡単にあれこれはできないが、とにかく必要最低限のものが入っている。しかもC言語の開発環境も入っていて、セルフコンパイル可能だ。ちょっとした実験にはこれで十分だろう。

フラッシュメモリのストレージはこの最初の状態で500MBほど空いている。正直言ってこれだけでも、小さなツールを動かすくらいなら、いろいろなことができる。省電力で5V/1A以下で動く。外部I/FもUSBが2つ、イーサネット、アナログやデジタルのポートI/O、などなど、これだけあれば十分。他にもHDMI、ストレージ用にmicroSDソケットがついている。

値段はこれで¥4,950-。Audrinoに比べても安い。しかも開発ソフトウエアは自分が使い慣れたLinuxのCUIだけではなく、IDEも元から入っている。外付けのHDD(もちろんバスパワーではなく別電源)もつなげてみたが、簡単につながった。

電気を食いまくっている自宅サーバ群も、Webだけのものであれば、これにHDD外付けにしたりして使えるかも知れない。

◆Ubuntuを入れてみる

リポジトリが充実していて、慣れているapt-getが使えるUbuntu13.04のARM版も「Beagle Born Black」に入れてみた。バージョンは他のWebで書かれているものが古かったので、新しい今年の7月22日版だ。Ubuntuは、

http://rcn-ee.net/deb/rootfs/raring/

にアクセスし、そこで一番新しいバージョンをダウンロードして来るのをお勧めする。これはプレビルドされたものなので、Ubuntuが動いている他のPC上で展開した後、BBBに挿すmicroSDにインストールして一発で動く。ダウンロード後、ファイルが壊れたり改ざんされていないかを以下のコマンドで調べる。なお、以下は同じUbuntuのLinuxのコンソールでのオペレーションである。

% md5sum (ダウンロードしてきたファイル名)

ファイル展開

% tar xJf (ダウンロードしてきたファイル名)

展開後にそのディレクトリに移動し、SDに書き込む。これもシェルスクリプトがあるので一発でOK。なお、「/dev/sdb」は、microSDが認識されているデバイスファイルだ。

% cd (展開されたディレクトリのトップ)
% sudo ./setup_sdcard.sh –mmc /dev/sdb –uboot bone

あとは待つこと数分でUbuntuの入ったBBB用のブートつきmicroSDが出来上がるので、これを電源が切れているBBBに差し込んで、LANケーブルを接続してから電源を入れると、Ubuntuが動き出す。

起動後はDHCPが動いているので、ローカル環境ではDHCPでIPアドレスが振られている。そこで、そのIPアドレスに向かってsshを叩くと、BBBでsshdが既に動いているので、「ubuntu:temppwd」でログインできる。

BogoMIPSで300くらい

BogoMIPSで300くらい

◆Ubuntuの軽量GUI環境を動かす

Raspberry Pieに比べて起動するまでの手軽さ、起動してから開発に入るまでの時間が非常に短い。加えて、デフォルトで入って動いているsshdなどがあるから、外部I/Fの他はネットワークケーブルと電源だけで動作する。外部I/Fもアナログ入力・出力から、デジタルの入力・出力まで、かなり揃っているだけでなく、ディスプレイを接続し、キーボードやマウスを接続すれば、そのままGUIも動く。正直、この値段ではほとんど期待していなかったが、かなり使える。GUI環境は(ダウンロードしたOSのバージョンによっても変わるが)、

/boot/uboot/tools/ubuntu/small-lxde-desktop.sh

を動かすと、必要なファイルを勝手にダウンロードしてインストールしてセットアップしてくれる。このシェルスクリプトが終わった後は、HDMIにディスプレイを接続し、USBにキーボードとマウスを接続(BBBにはUSBのホスト用ポートが1つだけなのでハブが必要かもしれない)し、rootになって、

# shutdown -r now

で再起動させると、GUI環境が使えるようになる。マウスのの認識までの時間が多少遅く、なかなかマウスカーソルが出てこないこともあるが、気長に待つ。

GUIもUbuntu上で動いた

GUIもUbuntu上で動いた

◆GUIではなくネット用サーバとして

BBBのUbuntuは、なんと最初からsshdだけではなくApache(Ver.2.2.2)も動いてる。ネット情報では、他のOSを入れるときには必ず、ttyのコンソールからしか入れない、とか書いてあるのが多いが、少なくともUbuntuの最新版は、ネットワークケーブルをつなげて、電源をつなげたら、そのままsshdが動いていて、簡単にログインできる。さらに、C言語の開発環境を入れるには、

$ sudo apt-get install build-essential

とする。さらにLAMPも入れたいときは(Apacheは既に入っているが)、

$ sudo apt-get install lamp-server

で終わりだ。終わったとたん、全部動いている。インストール途中でMySQLのrootのパスワード設定を聞かれる。他にも、bind9を入れたり、メールサーバにpostfixを入れたりしてみたが、ほぼバイナリでarm-v7のアーキテクチュアのものが揃っているようだ。ここまで入れて、32GBのmicroSDカードの使用は多く見て5%ほど。

ただし、インストールグループの「lamp-server」が設定されていないリポジトリもあり、その場合は、以下の順序で順に入れていくしかない。

$ sudo apt-get install mysql-server
この後、mysqlのrootのパスワード設定の画面が出るので設定する。また、/etc/mysql/my.cnfファイルの[mysqld]セクションに以下の二行を加える。

character-set-server=utf8
skip-character-set-client-handshake

次にApacheをインストールする。

$ sudo apt-get install apache2
(ただし、これは既に入っている場合が多い)

phpのインストール。

$ sudo apt-get install php5
$ sudo apt-get install php5-mysql
$ sudo apt-get install php5-curl
(あとは、お好きなライブラリを入れることになる)

この時点で、BBBに接続しているのは、ネットワークケーブルと電源のみ。つまり、サーバとかをインストールした直後の状態なんですね。USBにNTFSのHDDとかつなげてみると。。。普通に動く。当たり前ですが。

BBBを使うと、組み込みの開発とかの環境設定に時間がかかっていたものが、かなり楽になる。

◆結論1:BBBは「教育用」ではなく「仕事用」

BBBはこれまでのRaspberry Piとか、Arduinoなどが「教育」に重点を置いているのに比べて、明らかに「リアルな仕事用」に仕上がっている。非常に安定したLinuxが、AndroidやUbuntuなどの人気ディストリビューションも含めて動いているうえ、USB、HDMI、アナログ/デジタルのI/Oをはじめとしたインターフェイスも充実しており、そのデバイスファイルも最初からできていて、余計なものをインストールする必要がない。そのため、買ってきて、必要なディストリビューションを入れるだけで、開発環境+稼働環境が手に入り、デフォルトのAngstrom Linuxであれば、電源を入れるだけで、sshdも動いていて、いつでもログインして開発環境ができている。

Ubuntuなどのダウンロードして来て使うディストリビューションも、ブートローダつきのものをmicroSDメモリに書き込むだけで動く。ちょっとした制御のためのものだったら、Angstrom Linuxをそのまま使っても、C言語でも開発環境が整っているし、sshdに加えてWebサーバも動いている。なお、UbuntuにはC言語やPHPなどの言語はapt-getなどで後で入れる必要があるが、みな普通の「apt-get」でできるので、手間はない。

メインメモリ容量512KB、外部ストレージが2GBという基本容量だけでも、GUIを使わない制御関連のアプリケーションだったら、そのまま使える。

この中身で5千円を切る。外部電源は5V/1Aもあれば十分で、通常はmicroUSBからの電源供給で十分だから、ACアダプタは手持ちのありもの(スマホ用でも)でいい。CPUも省電力で十分使える。今どきのAndroid搭載のスマートフォンから、綺麗な外装とタッチパネルで動くGUIを取り去ったもの、という感じだ。CPUはシングルコアとはなるけれども、余計なものを動かさないのであれば、これで十分だ。

結論として「Beagle Bone Black」はこれまでの安価なシングルボードコンピュータのような教育用ではなく「仕事用」だ、と感じた。制御関連のコンピュータを使った「もの作り」の手間を大幅に軽減するメインプロセッサになる。この価格のI/Oインターフェイスつき・1GHzクロックARMプロセッサ使用の小容量ストレージつき・開発環境つきシングルボードコンピュータが5千円以下。ARMをCPUとした小規模制御用コンピュータの「ゴールが見える位置」に、来てしまった、という感じがする。

◆結論2:ARMの時代の入り口

最近は、データセンターで使われるハードウエアでも、省電力のためにIntel-CPUではなくて、ARMのものが出始めている。ARMのCPUのほうがはるかに消費電力が低いからだ。Intelでも低消費電力ではAtomがあるが、NetBookの時代の終わりとともに、fade-outした感じがあって、低消費電力といえばARM、という時代になりつつある。そのため、ARMアーキテクチュアでのOS、特にAndroidをはじめとしたLinux系、そして、その上で動く数々のアプリケーションも充実してきていて、こういったARM系の動作環境のみならず、開発環境もかなり整って来ている感じがある。

いま、ちょうどその時代の入り口にいる感じだ。その入口で、「Beagle Bone Black」は、これまでの教育用の安価なシングルボードコンピュータから一皮むけたものに仕上がっている感じがする。これまでの「教育用」のシングルボードよりスペックが一段上(というか、ほんのちょっと上)なので、大規模とは言わないまでも適当な規模のものが搭載できる。仮想環境に耐えられるほどではないにしても、あまりアクセスの多くないサーバ1つを乗せるのであれば、これで十分、という感じだ。

BBBを触っていると「ARMの時代」を感じさせる。ハードウエアだけではなく、周辺の環境も整ってきた。

あくまで自分の予想だが、MicrosoftのSurfaceなども出て来ているということは、今後、ARMでのMacBookなども出てくることだろう。面白い時代になってきた。

◆無線LAN

USBに接続した無線LAN経由でのネットワークへの接続は、ドライバがあって、ちゃんと動く。最初は動かなかったりしてちょっと手間取ったが、とりあえず動くようになった。/etc/network/interfaces を以下のように設定した。これは、無線LAN経由で固定IPアドレスにするときの設定だ。

auto lo
iface lo inet loopback

# WiFi

auto wlan0
iface wlan0 inet static
wpa-ssid “SSID”
wpa-ap-scan 1
wpa-key-mgmt WPA-PSK
wpa-psk “キー”
address IPアドレス
netmask ネットマスク
network ネットワークアドレス
broadcast ブロードキャストアドレス
gateway ゲートウェイアドレス
dns-nameservers DNSサーバアドレス

これができると、無線LANで接続するサーバができるので、外目には電源ケーブルだけでネットのサーバを作ることができる。

とりあえず、最大消費電力2.4Wくらいの、DNSサーバ、メールサーバ、proxyサーバはできた。GUIも動いたが、これは後でアンストールし、まだメモリも少々余裕があったので、LAMP環境も入れてみた。が、これはこれから試験してみる。BogoMIPSが300くらいなので、あまりスピードには期待できないが。

◆補足

「Beagle Bone Black」のGUIだが、日本語の表示はまだおかしい。日本語の文字フォントを拾ってきていないが、これは後で解決するとして、しかし、apt-getで持って来られるFireFoxまで動いている。この時点で、メインメモリ利用は512MBの半分くらい。GUIが軽いのが幸いしている。microSDメモリカードは全部で1GBくらいの利用だ。ということは、ここまでであれば、2GBのメモリカードでお釣りが来る。

しかし、気がついたのだが、GUIが動いているのに、runlevelが2のまま。普通GUIが動いていれば、6のはずだ。また、それまでにCUIでnamedなどをインストールし設定すると、GUIにしたときに勝手にbind9を殺してresolv.confを上書きする。GUIが入ったときはあくまでそういうことなんだろうな、と、妙に納得した。

◆補足のおまけ-ケースについて

Beagle Bone Blackはボードコンピュータなので、ケースがない。Amazonなどを見ると、2千円台であるようだが、名刺の樹脂製のケースに入れてみたらちょうどよかったので、入れてみた。特に、microSDカードはちょっと押しただけで外れてしまうので、運用中の安全のためにもケースを付けておいたほうがいい(冒頭写真)。熱はほとんど出ないので、特に通気を考えなくても大丈夫だ。ぼくはドリルでケースに穴を開けてBBBのPCBをスペーサで固定した。

◆その後

その後、このボードを3か月ほどmicroSDカードで動作させたところ、特に問題なく、落ちることもなかった。そこで、自宅のサーバ群のDNSサーバ、メールサーバに仕立て、現在稼働している。bind9、postfix、ntpなども動かしておいた。もちろんFirewallも設定してある。こういう軽いサーバにはBBBは良い選択肢かもしれない。

 


「モノ作り」は嫌いだ!

礁渓温泉街

礁渓温泉街

このまえ、石川さんとお話していて、「モノ作り」って言葉は大嫌い!ということで意見が一致した。「モノ作り」なんて言葉をありがたがるのは、日本企業の黄金時代を忘れられずにいる、頭のボケたご老人だけでよろしい。日本の少子高齢化も、日本のGDPの高さも、そういう「製造業の黄金時代」の賜物であることには、全く異論はない。しかし、今の日本の不況は、そういう「黄金時代」があったからこそ、である。なにか日本が不調になっておかしくなったのではなく、「うまくいった」からこそ、今の日本の不況があるのだ。

だから、今、どこぞの役所とかで言っている「モノ作り」のように「かつての日本の栄光をもう一度」的な内容では、日本の再興なんてのはできるわけもない。これまでと同じやり方でやろうとしていること、過去のやり方や過去の考え方でやろうとしていることが大きな間違いだ。成功者の語ることに耳を傾けるのは、愚の骨頂だ。その人たちとは違うやり方や考え方が必要な時代に、急速に変わってきているからだ。

人間と同じように、国も歳を取る。日本という地域も、がむしゃらになにかしていればいい、という若く元気な時代を終わって、そろそろ老後を考える時代に入った。栄枯盛衰は世の常、20歳代の頃と同じものの考え方で、50歳代を生きられることは人間だってありえない。若いころは輝いていたから、その頃と同じやり方でまたうまくいく、ということはまずありえない。年齢を経れば自分自身の体や、ためた知識や知見もあって考え方も変わるだろうし、周辺の環境も時代とともに変わっていく。その時代、そのときには、そのときの自分に合った生き方や、考え方を用意する必要があるのは、言うまでもない。

「日本は衰退した」と言うが、過去の栄光ばかりを繰り返す老人のなんと醜いことか。自分が老いたことを自覚しない「若作り」は、傍で見ていてバカバカしさしか見えない。それは若い頃の輝いていた時代を忘れられない道化でしかない。

日本はこんなアジアの端っこで、人口なんて1億2千万くらいしかいなくて、それでも「経済大国」と言われるようになった。上り坂が終われば、下り坂だ。しかし、楽しく有意義に下っていく下り坂を、日本人は頭を使って見つけることをしなかったがために、見失ってしまったようだ。なぜこんな「辺境の小国」が成功を収められたのか?ということについて、さらにまともな研究が必要だし、そこから学べることは学べば良いのであって、学ぶ必要の無いことはなんなのか、ということは知っておいたほうがいい。

かなり前、2000年に入った頃、ぼくは「製造」「モノ作り」というものがかなり虚しいものに見えたことがあって、2005年くらいには、「開発」という仕事そのものにあまり魅力を感じなくなっていた。がむしゃらにものを作る、というのはすごく幸せな体験だ。それはぼくにももちろんあったが、それは「今、作っているものが世の中にこういう影響を与える」ということが確信できたからに他ならない。しかし、その「確信」がいつのまにか萎みはじめた。時代の風向きの変化がぼくにはわかった。次にしなければならないのは「目の前のものを作ること」ではなく、「目の前に無いものを、なにを作ったら良いか、ということに結論を出すこと」だ、と言うことだ。テーマそのものの大幅な変更が必要だった。ぼくも成長したし、時代も変わった。そう感じたから、自分のやるべきことを「変更」した。しかし、多くのぼくの周辺にいる人には、ほとんどそれがわからなかったようだ。

「日本を取り戻す」ことは、できない。無理にそれをしようと思えば、大きな代償を違うところで払わなければならない。

結論は、要するにこういうことだ。

「バカは死ななきゃ治らない」