「格安通信料スマホ」元年だった2013年

使わなくなったauのISW11Mを韓国の激安SIMで使う

使わなくなったauのISW11Mを韓国の激安SIMで使う

2013年もあと今日と明日。この1年で一番のスマートフォンのトピックを私が上げるとしたら、「格安SIM」で始まった「格安スマートフォンの時代」ということになる。これまでも既存のスマートフォンに正規以外のSIMを入れて、格安で運用する、ということは行われていたが、2013年はその「格安SIM」が非常に多く出現し、一般のユーザーもこれを使う時代になった。

この格安SIMを使うと、通信の制限は少々されるものの、音声も含めて毎月2千円以下の通信料でスマートフォンを使うことができるようになる。しかも、これらの格安スマートフォンの回線はDoCoMoなどの回線を使っているうえ、音声の電話の部分もNTTの子会社がやっているなど、品質には問題がない。加えて、電話の場合など、国をまたいだ電話も国内の電話のように安くできる。

現在の普通の携帯電話会社では、なにもせずに7千円くらいかかることがあるので、これは大きな進歩だ。詳細はこの記事に書いてあるが、これは消費税増税、公共料金値上げなども続々と始まる2014年には大きなスマートフォン運用のトレンドになる可能性がある。

2014年。消費そのものの落ち込みが懸念されているから、DoCoMo、au、SoftBankといったトップ3社の売上が頭打ちになった現状では、ユーザーが雪崩を打ってこの「格安スマートフォン」に向かう可能性もあるだろう。既にこの将来を見込んで、少々知識が必要な最初の「格安スマートフォン」のセットアップを請け負ってくれる会社も出現している。

「スマートフォンはここまで安くなる!」という記事がマニアだけではなく、一般にも浸透する可能性がある。おそらく、それが2014年のトレンドになるだろう。

どこそこの新機種にはこんな機能がある、とか、カメラがきれいだ、とか、こんなアプリを入れるとこんなことができる、とか。そういう記事はもう飽きただろう。2014年は「格安スマートフォンの時代」になる。

靖国神社問題に個人的に思うこと

私個人としては、「国」という単位が、これからあまりたいしたものではない、という時代になると思っている。そういう事情があるから、安倍首相の靖国神社参拝などの、この類のことが未来永劫続くものではない、と思う。既に水面下でソウルに本部を置いた日中韓FTAがあり、ぎくしゃくしているものの、なんとかなりそうではあるTPPがある。やがて国境は溶けていくし、ぼくは国境を溶かす役割の一部として、インターネットを推進してきた、と思う。もちろん、そうとは意識せずに、だ。

実際、今、国という人を囲い込んで不自由にしてきた単位は崩れつつあり、力を失いつつある。世界の歴史がその過程にあるのは、誰の目にも明らかだ。

かつて数百年、人間の世界を不自由ならしめた「国」という単位の根強さは今でもとても大きい。しかし、この安倍首相の靖国参拝のニュースでさえ、数分後には世界に配信され、ネットでは世界の人、この問題に興味ある人が数十分後にはそれについて議論をはじめ、1時間もたてばその議論が公開され、賛否両論だろうがなんだろうが、一切の規制なくみんなにその議論が見える。今はそういう時代であって、言論を統制することさえできようもない。それは世界に散らばるからだ。しかも、靖国問題なんぞは、世界で問題になっているリアルな戦争や難民の問題に比べれば、はるかに深刻度が低い。

インターネット、安価で早い物流、数ミリセコンドで世界を駆け巡るお金。安くて快適な飛行機という高速で大量な移動手段。みな、コストダウンとともに世界の庶民の手にそれが降りてきた。このどれもが、やがて国という単位を過去のものにする、という同じ未来を目指している。ぼくらは飛行機に乗り、インターネットやスマートフォンを使えば使うほど、そういう「国のない世界」を、いやでも志向させられているのだ。

国という単位は「人の地域での固定化」「国境という地域の固定化」「物流などの国を単位とした固定化」が要件である以上、その要件を壊す、情報、物流、人のグローバルで早い動きが、国境を従来のものとは違うものにしていくのはどうしても避けがたい。私がそういう意志を持っているとかいないとかではなく、これらの国境をやすやすと超える道具を、私たち一人ひとりが手にできる時代になった、という認識を持つべきだ、ということだ。

過去を懐かしむのは人間の持つ当たり前な感情だが、未来を志向してより住みやすい世の中を作るのも、人間の当たり前な志向である。「国」はかつてはリアルな権力そのものだったが、今は幻想であるのかもしれない。そして、ぼくらはまだ、その幻想の中で生きている、幽霊のようなものかも知れない。

歴史には「揺り戻し」が必ずあるから、前に進むだけではないとは思うが、それも一時的なものになるだろう。

「国」を単位として人間が生きていた時代が過ぎ去ったあと、「靖国神社」もまた、フォロ・ロマーノの遺跡のような観光地になるのだろうか?

かつては「国」というものが大切だった時代がありました。ここには靖国神社という、その「国」というものを守るために死んだ人たちを祀る施設がありました、と、はとバスのガイドさんは解説するのかもしれない。

時代は変わっていく。人はその時代によちよちと、後からついていくだけなのだ。

「マクドナルドには行かない」理由とは

イケダハヤト氏がBLOGにそう書いている。そういえば、ぼくもこのところ行ったことがない。同じ価格かそれ以下で、コンビニでもどこでもマクドナルドの食事より美味しいものが食べられる、というのがその理由だ。で、この「いたって単純な理由」以外の理由はない。とは言うものの、ぼくはイケダハヤトさんみたいに「早く出て行け」みたいな対応はされたことはない。まず値段と内容を見て「行かない」となるわけなので、近くにドトールやスタバなどがないときにコーヒーを飲みにいく、という程度にしか使わない。

ファーストフードそのものが嫌い、というわけではなく、値段と内容がそれなりであれば、行くこともけっこうある。バーガーキングは少々高いが、あの「大きさ」「内容」は値頃感があるし、昨晩の食事はサイゼリヤだった。そういえば、マクドナルドとサイゼリヤはついつい比べてしまうが、マクドナルドに行くくらいだったら、サイゼリヤのほうが安くて美味しくて楽しい、とぼくは思う。

日本では特に都市部ではファーストフードといえど選択肢が非常に多く、各チェーン店がしのぎを削っている。カレーのチェーンもあれば牛丼からなにから、よりどりみどり、と言ってもいい。東京そのものがファーストフードの激戦区だ。ここで勝てないファーストフードはどこに行っても勝てないだろう。

前にも書いたが、日本のコンビニのレベルは他の国に比べて異常に高い。毎週なにか新しい商品が投入され、行けば楽しい感じがあり、店員もアルバイトとはいえ、笑顔も作って迎えてくれるだけではなく、そこに長くいてなにかを買いたい、という気持ちにさせる。他の国のコンビニもいくつも行ったが、そこは一年中同じ商品が並び、わくわく感はなく、あくまで「コンビニエンス」であることが第一のところばかりだ。日本のコンビニ文化はきめ細かく洗練され、値段も安い。

弁当やおにぎり一つとっても、日本のコンビニの「食」のレベルはかなり高い。

マクドナルドは売上が大幅減とのことだが、日本の市場では当然だろうな、と思う。今後どうすべきか、という話も多くネットで聞かれるが、損が大きくならないうちに、マクドナルドは日本の市場から撤退したほうが良いかもしれない。欧米流の「人間にエサを与える」みたいな「合理主義」を、日本の客は受け入れない。それがちょっとでも見えると、その店から客が引くのが、日本の「食」の市場だ。

日本がさらに貧しくなり、誰も努力をしなくなった、という完全な後進国になると、やっとマクドナルドみたいな今どきの「豚のエサ」の出番にはなるとは思うが、たとえそうなるにしても、おそらくそこまで行くのにかなりの時間がこれからかかるだろう。

日本人と日本人の食はファーストフードで変わった、と言われている。しかし、日本ではファーストフードそのものも、常に研究開発が重ねられて進化をする。それは人間が人間であることを確かめるための作業でもある。その作業を怠る業者は、日本人にはすぐにわかるし、敬遠されるのだ。コストの問題ではなく、「日本の文化を認めるかどうか」を激安のファーストフードといえど日本では競わざるを得ない。日本とはそういう環境を持つ社会なのだ。日本人はどんなに貧しくても、自分が人間であることを忘れない。あきらめないのだ。

スマホはブリックパックで

日本の携帯電話業界は遅れている。販売店が「茹でガエル」であったとしても、この記事にある「スマホは高級品であり端末価格は本来高いこと、そしてスマホが安く見えるのには理由があるということを改めて認識すべきだ。」という時代では、急速になくなってきている。

事実、韓国のサムソン電子の一番の商売は1万円前後の中国で売れているAndroid端末だ。これは1万円以下のコストで製造できますよ、ということ。しかし、ぼくもHUAWEIのE-MOBILEのGL07Sを手に取って、初めてそれが実感としてわかってきた。たしかに、この作りではどんなCPUを使おうと「1万円以下」の製品は可能だ。ちなみに、GL07Sはクアッドコア、16GPUというスペック。そして、メモリはRAMが1GB、ROMは内蔵だけで32MB。基板に直付けだから、部品として安い。使うユーザーはこれで十分。足りなければUSBからメモリ増設できちゃう。グラフィックを多用してサクサク動くゲームもこれで十分だ。高性能だからといって、高級とは限らない。

端末というハードウエアはもはや「ウォルマートでブリックパックの乾電池と一緒に売っているもの」だ、と言っていい。本当に大切なのは、「サービスですよ」という時代に急速になっている。GoogleはPCの世界でそれに気がつき、それを推進してきた。

もう、ハードウエアは問題ではない。それがいかに安く作れるか、という問題でしかない。だから、この携帯ショップの記事も、もう過去の話だ。

携帯端末の最先端は「ハードウエアは限りなく高性能で限りなく価値が低いもの」となり、「サービス」をいかに充実させるか、で勝負が決まる時代に、急速になりつつある。

日本の「ウヨク」「サヨク」はどちらもアホの集まりである

今の日本の政治的「主張」って大変に面白い。それぞれ「サヨク」「ウヨク」と色分けがされているのだが、例えばこんな感じ。

◆原発
ウヨク:賛成
サヨク:反対

◆TPP
ウヨク:反対だが基本的に沈黙
サヨク:反対

◆安倍政権そのものについて
ウヨク:賛成
サヨク:反対

◆「小さな政府」について
ウヨク:反対
サヨク:反対だがあまり大きな声で言わない

◆「国際金融資本」について
ウヨク:反対だが大声で言わない
サヨク:反対

◆中国と韓国
ウヨク:嫌い
サヨク:どちらかというと好き

◆台湾
ウヨク:好き
サヨク:嫌い

◆日本の戦争責任
ウヨク:そんなものは無い
サヨク:ある

◆自衛隊
ウヨク:必要
サヨク:不要

◆戦争
ウヨク:必要
サヨク:不要

◆オスプレイ
ウヨク:必要
サヨク:不要

ま、なんだ。こういうキーワードでの色分けをぼくは勝手にしているが、細部は違うブレが有る人はいるだろうけど、だいたいこんなところかな。でも、そのどちらも政治主張の根底にあるのは、それが自国の政府であれ他国の政府であれ「国」というものを絶対の強者だと思っている、という幻想なんじゃないだろうか?と、ぼくは最近思っている。

いま、国はそんなに強い立場でもなくなってきて、世界的不況で税金も減った。とくに日本はそうなってきていて、加えて爆発して壊れた原発とその周辺の莫大な復興などの費用もあるし、軍事費なんかに本当はお金を使っている場合ではない。軍事費は海外派兵と武器輸出を日本の産業にしたい、という財界の意向だから国はその言うことを聞いているだけなんですね。だって、武器輸出額は日本は韓国の半分以下。

天下国家に期待することそのものが、世界的にあまり意味が無いことになっているんじゃないかな?と思うのだ。どこも、民間のちからのほうが国よりも強く、国の政府の官僚は民間のごきげんとりをしている感じ。天下り先でもあるし、なにより税収は民間からしか来るわけがないからね。

「反日だ!」とウヨクが叫ぶその国に実際に行ってみると、全然そんな雰囲気はない。釜山の地下鉄には日本語のアナウンスがあるしね。別件だが、在韓米軍の撤退はすごい勢いで、ここ数ヶ月は韓国から日本に向かう飛行機の中は明らかに米国軍人とわかる人たちが山のように乗っていた。

APECなんかの取材に行くと、各国の国家元首が来ることが話題になるが、実際のところAPECで実際に実務として話されている目標は、「財界はこうしたいから、国はこちらを向いて歩け」みたいな、そういう感じだ。国家元首なんて主張もなにもなく、それに従っているだけだ。だから、衝突もなく、和気あいあいと議事は進むのですね。国がAPECの唱える方向に異議を唱えることは、絶対に無いといっていい。そしてそれは「国」が主導でもない。

財界だって、原発が儲からないことくらい知っている。ただ、今までの仕組みで食っている業界がけっこう大きいから、しばらくは存続の方向で行くかね、でも、本当に儲からないことがわかれば、やめるかね、という感じだ。すべては国や国民の意向ではなく「カネの流れ」で決まるに過ぎない。

TPPの年内決着はできなくても、日中韓FTAはああだこうだと言われる裏側で着々と進行中。日中韓で関税がなくなるってことは、お金が国境を破壊する=国の存在意義を低下させる、ってことです。日本の農業なんてTPPよりも日中韓FTAの影響のほうがはるかに大きいはずだが、そういう話は表に出ないようにしている。ここでTPPみたいに騒がれてダメになったら、財界が困るからね。

ニュースとかで話題になることってのは、要するにこういうことのめくらましになっていて、国をお金の奴隷にするための方策はちゃんと進んでいるのですね。だから、極端な国家主義なんてのは、今は生きていけない。それだけじゃなく「政府の政策がー」と、それに反対しても、それって、結局は「国」という前提のもとの話。その「国」が静かに「縮小」の方向に向かっているんですね。

やがて50年もたてば「国ってこの程度のものだったのか」と、目が覚める人が増えるのかもしれない。いや、かつては強かったけど、って時代が来るだろう。

安価で迅速な物流、人の流れ、情報の流れを、ITが作ってきた。

ぼくは韓国の大学の自分の研究室で、台湾の人と米国の人とChatしながら東京の電話を受け、部屋に来る学生と話をする。コミュニケーションは既に国境を楽々と超えられる。やがてお金も人も、国を超えて巨大な奔流となって、国境を消し去り、国をなくす。日本のネトウヨもサヨクも、みんなこの流れが見えていないか、小さなことだと思っている。今はそうだが、これからは変わっていく、という想像力が働かない。別の言い方をすれば、目の前しか見えていない「近視眼」なのだ。

ITの現場で、あちこちの国の現場に行けば、そういうことは自然と見えてくるものだ。しかし、そういうことができない人や、する必要がない、と思っている人のほうが、世の中は数が多い、ってことでもある。

変化をつかんで、未来の答えを出そう。

都バスの無料Wi-Fiを使ってみた

東京の自宅のある場所ってのは、山手線の内側ではあるんだが、だいたい駅まで歩いて10分かかる。簡単に言えば都内でありながら僻地みたいなものである。そこで、停留所が近い都バスを使うことが多い。で、一昨日日本に戻ってきて都バスに乗ったら、なんと都バスに無料Wi-Fiがついている。アクセスポイントが見えた。都営交通の発表は特定の系統のみで20日から、と書いてあったが、実際には18日でも使えていた。当然、これを使うとけっこうパケット代節約になる。

Wi-FiのアクセスポイントのSSIDは「Toei_Bus_Free_Wi-Fi」。都営交通からのアナウンスは都01系統のみとなっているが、けっこう他の系統でも使えるようだ。この前は都06系統、田87系統でも使えていた。

つないでみると、NTT-BPのもので、成田空港なんかのものとほぼ同じだ。ところが、接続ができた!と思ってそこでインターネットにつながるわけではない。その後、まずはブラウザを立ちあげなければならない。そこでメールアドレスを入力する。すると、そこから180分、使えるようになるのだが、逆に言えば、無線LAN接続の直後にFacebookのアプリやGmailのアプリ、キャリア提供のアプリなどをつなげても、全然つながらない。最初に、ブラウザを立ち上げて、「接続設定」する必要があるのですね。

でも、都バスって数十分も乗るってことは稀なので、接続設定のメールアドレスが長いと、設定中に、あ、降りるバス停だ、ってことになってしまうことがけっこうある。ましてやスマホが旧機種でトロいと(←自分です)、いらいらしてくる。メールアドレスのスペル間違い、なんてこともある。せっかくの無料Wi-Fiはありがたいのだが、設定していられるほど長い時間乗るわけじゃない、って人は設定だけでバスを降りることになる。

バスを降りて、バス通り沿いのカフェに入ったときは、そこで都バスのWi-Fiに勝手に接続されるので、目の前をバス通るだけで、これまでつながっていた公衆Wi-Fiなどが勝手に切断され、バスのWi-Fiに接続される。当然、バスは動くので、そこでまた切断される。と思ったら、後続のバスがまた来て。。。。

人の仕事を邪魔する気か!と、腹がたったりするのですね。精神衛生上、まことによろしくない。

◆都営バスの発表:

とは言うものの、私が毎日どこかに行くにはほとんど都バスを使うので、大変に重宝していることは確かだ。

ところで、韓国の都市部では既にだいぶ前から地下鉄内、地域の路線バス内でWi-Fiが使えているが、無料のものではなく、現地の業者のものだった。その代わり、街なかで無料のWi-Fiスポットにつながることはけっこうあって、重宝していたのだが、バスの中で無料のWi-Fiはけっこううれしい。