「明日、スポンサーもいない」

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なんというか、ですな、日テレの「明日、ママがいない」という、たかだかテレビドラマのネットなどの反響で、スポンサーがみんな降りてしまった、という。で、番組継続ができるのかどうか、という。「明日、ママがいない」ではなく「明日、スポンサーがない」という状況になったばかりでなく、「明日、番組がない」という状況になりかねない、大変に面白いことが、進行しております。ただ、ぼくはこの番組を最初から見ていないし、テレビそのものの視聴時間が、年間で数時間程度なので、なにも申し上げられることはこの番組に対しては全くございませんので、要するにニュースになった「スポンサーいなくなった事件」とか「今後はどうするのか?」という、あくまで野次馬的なネットニュースを見て「へぇ、そんなことってあるんだねぇ」と言っているだけなんですね。視聴率にかかわれなくて本当にすみません。「明日、視聴者がいない」になるかと思えば、こういう話題になった番組の視聴者はきっといると思うのですが。

まぁ、ぼくは外野だから「面白い」で済むわけですが、当事者にとっては「面白い」というだけではないとは思いますが、でも、ぼくは面白い。別に日テレにお友達がいるわけでもないので、この程度のもんです。

日本って平和だよな、と思うだけですな。

 

東京都老人人気投票の行方

どこもかしこも、某小樽の食堂のいくら丼のイクラみたいに、都知事選の話題でいっぱいですが、このままであれば、あの山本いちろう氏でさえ、確実に舛添氏が当選するでしょうね、という予想が簡単に立てられるほど、あまり変化の無い都知事選になるんじゃないかと思います。私の周辺にはFacebook友達も含めて「舛添さん嫌い」な人はけっこう多く、私も好きではありませんが、またあまのじゃくで来た自分はたとえ当選の確率が限りなく薄くても彼に投票もしませんが、そうなるんじゃないかな?とは思うわけです。ここでどんでん返しがあったとしても、それはそれで楽しい、とも思います。

ところで、石原さんが都庁にいた頃とかを思い出すと、いろいろと細かい政策はあったと思いますが、結局のところあまり大きな都政の方向転換というものはなかったと思うのですね。かつての「革新都政」の最初だった「美濃部亮吉」さんもいろいろ言われますが、結局のところ東京都の名もない職員の偉いのに振り回されただけだったし、鈴木さんとかも含めて、石原、猪瀬に至るまで、「東京都のトップ」にふさわしい大胆な方向転換 – 例えば東京都は日本国から独立する – なんてレベルのことは、やってこなかったし、できなかった、という感じがするのですね。

その東京都の役人の組織だって、大きな変化は望まないわけで、東京都民も東京都民であると同時に日本国民であるわけで、振り返ってみれば、日本の政治の「革新」とか「保守」の対立なんて、国内で内戦が起きて武装蜂起があって、多数の死傷者が出る、というほどのものでもなかった。大陸中国なんか、中国国民「党」と、中国共産「党」が、ドンパチやったんですから、それに比べれば日本は平和なところだな、と思うわけです。

そう思えば、舛添さんが都知事になっても、誰が都知事になっても、「都民は多すぎるから都民大虐殺」とかいう政策を取るわけでもないでしょうから、舛添さんに投票しなくても、死にはせんわな、と思うわけです。また、舛添さん(か、誰かかはわかりませんが)の政策なんてのも、ご自分が考えたものはほとんど無いでしょうから、役人の作ったシナリオの通りにするでしょう。であれば、変化はまずありません。たとえ舛添さん以外の方が都知事になっても、かつての青島幸男みたいに、丸め込まれるのがオチじゃないかな、とも思います。

それでも、舛添さんに自分は投票しないな、と思う理由は、ハゲが嫌いだからにほかなりません。

 


激安スマートフォンを使ってみたらどうなったか

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激安のスマートフォンを使い始めてほぼ1か月以上が経過した。

激安のスマートフォンとは、この記事で詳細を書いたものだが、要するに

(1)「SIMフリーのスマートフォン」
(2)「OCNモバイルONE」
(3)「050plus」

の三点セットを組み合わせて、機器代も含めた初期費用1万5千円、毎月の支払い2千円、しかも必要のない付加サービスなどへの強制加入などは一切なし、というもの。iPhoneの「SIMフリー版」も使える。だが、そのときは端末代金は高くなるから、初期費用は上がる。しかし毎月の支払いは同じ2千円でできる。また、最近は(2)と(3)をセットで売っている。下のAmazonの広告はそのセットだ。

使ってみた感想はどうか、と言われれば、「快適」の一言に尽きる。この組み合わせの前はauを使っていたのだが、auのときと使い勝手は変わったことはなにもない。

面倒なのは、最初の設定のときのみ。細かい設定を自分でしなければならないが、それは最初の一回だけ。その後の使用はauを使っていたときとまるで変わらない。

これを見ていると、やはり昨年から今年は「激安SIMフリースマホ元年」という感じがする。なにせ、auのLTEを使っていたときは、毎月なにも通信・通話をしなくても最低で7千円かかっていたのだから、auの場合と比べて年にすると、ほぼ6万円の節約になる。また、時間がある方は「激安SIM」については「OCNモバイルONE」以外にも多くサービスがあり、いろいろ調べて購入することもできるし、「電話サービス」も「050plus」以外にもいくつかサービスがあるので、それを使ってもいい。

また、海外に頻繁に行くことがこれから日本人には増えてくるだろう。そんなとき、SIMフリーのスマートフォンは国にかぎらず、空港などでその土地のキャリアで使える「SIM」があるので、それを使う生活ができる。なににせよ、1台はSIMフリーの機種を持っていたほうがいい。

私の場合は、という限定つきだけれども、SIMフリーの機種はできるだけ安いものを選ぶことにしている。というのは、移動が多いのでこの種のものは不慮の事故で壊すこともあると思うと、あまり高価なものを買う気になれない、ということがあるからだ。また、私はAppleをどうしても使いたい、というApple大好き人間でもない。落としても壊しても、「代わりのものを買えば良い」という価格が、自分にとっては結構大事だ、ということだ。たとえ後生大事に使ってなんの事故もなかったとしても、2年もすれば古くなって新しい機種にせざるを得ないわけなので、やはり安い機種を選ぶ。

以下のAmazonの広告は、今回使った「最安」でかつスペック的にも現在のところ「最高」の組み合わせだ。

 

また、どうしてもAppleがいい、という方はハードウエアをAppleのSIMフリーのものにすると良いが、もちろん本体の価格は高い。以下の組み合わせでいける。

醜悪なじいさんたちの顔は見飽きた

かく言う自分もそんなに若いわけじゃないが、今度の都知事選のまずほとんどの候補、特に「有力」と言われている候補は高齢者ばかり。政治の世界を知り尽くしている、官僚に顔がきく、なんてことは、そろそろやめたい、と、誰もが思っている。なんで本当に若い人間が出てこないのか?と思ったら、やっと一人出てきた。聞けば言っていることはまともだし、庶民感覚もあるようだ。

高齢者だからなにかを変えられない、と決めつけるつもりはないし、自分もなにかを変えることが大切だと思っている一人ではあると思う。しかし、今回の都知事選にかぎらず、日本の政治は若い人間が活躍できる場を用意していないし、なによりも若い人間を老人はコントロールしようとする。そして、なによりも自分の言うことを聞く人間しか、若い人間を認めない、ということをしている。老人にも余裕がないから、若い人間で「あいつ、やるな。面白い。やらせてみよう」と、言うような視点が持てず、若い人間を自分の敵だとしか見ていない。ここまで偏狭な老人がはびこるのは、これまで日本を作ってきた高齢者には「俺たちが作ってきたんだ」という自信があるからなのかもしれないが、その後の衰退も自分たちが作ってきた、というのは見たくない、といことなんだろう。いいところだけ自分のもの。悪いことは他人がしたこと。こんな老人がまともなわけがない。

つまり、あくまでぼくの予感だが、簡単に言えば、今度の都知事選あたりから、日本の選挙というのは「世代間のたたかい」になってくるだろう、と思うのだ。

なにせ、脱原発が争点と言っても、老人たちの政策を見れば、誰がどういう違いを持っているかと言えるほどの違いもない。根本のところで慣れ合っているし、だいたい、これまでの選挙で政治家はうそつきだ、ということがはっきりと誰の目にもバレてしまった。「もうこいつらじゃだめだな」感がハンパないのである。このまえの参議院選挙でも「お祭り」でかなり得票をとれている。東京のような都会はおそらくさらに、お祭りで得票が取れるようになる気配がある。

これから日本で始まるのは、「世代間の闘争」だ。この都知事選はその最初に位置するものになるだろう。

 


「国」単位で考えることの愚かさ

「従属と謝罪について」という、コラムがあって、じっくり読ませてもらって、正直なところぶっ飛んだ。

「戦後」を生きてきた日本人の一人として、こういう「屁理屈のこねまわし」が実態と合っているかと言われれば、ちっともあってない、という感じが、少なくとも私は、する。

「二つのうちせめて一つに絞って欲しいと(口には出さなかったが)願ってきた。」って、それ、妄想だよね。実態と違うよね。その証拠はどこにもないよ。勝手に書いてる人が「そう思ってるんですが」というだけの話。だいたい、日本という国は多数の「日本国民」」から成り立っているのであって、一人の人がその主張の両方を持っているわけでもない。人格と国の考えが1つだ、ということ自身が「妄想」ではないか、と、私は思う。

実際、この文章の中には「そういう二分法はあまり一般化していないが、私はそうだと思う。」というくだりがすぐその後にあるから、これは「私はそう思っている」というだけのことで、私はその「思う」が要するにあったはずのない「妄想」である、と断じる。だから「その結果、戦後の日本外交は「対米従属」に針が振れるとアジア諸国との関係が悪化し、アジア隣国と接近すると「対米自立」機運が高まるという「ゼロサムゲーム」の様相を呈してきた」。という、その言い方が現実とあまりに乖離している、と私は断ぜざるを得ない。

この文章では「アジア」とひとくくりにしているが、台湾を忘れているし、その台湾にも、この人はあまり造詣は深くないだろう、ということがよくわかる。しかし、台湾を考えずに、日本をとりまく戦後のアジアは語ることができない。そこを見ていないのは、アジアの様相が実態としてちゃんとつかめていない証拠だ、とわたしは思う。

ついでに言うなら「村山談話」の時代と「鳩山首相」の時代をいっしょくたにしている、とか、時代的にこりゃ違うだろう、というものがごっちゃになっている。まるで「白人と黒人を足したら黄色人種になった」みたいな言い方である。時代の状況をこの人も見てきただろうに、あまりに乱暴な接着をしてしまう。アロンアルファでも、こういった全く違う時代状況の事象の接着は不可能ではないか。セメダインとかに聞くと「いや、できますよ」とか、あっけらかんと言うかもしれないが。さすが日本の技術である。

「アメリカ」とか「日本」とか「韓国」とか「中国」なんて「国」単位の話ばかりしているから、頭がおかしくなる、というのの典型だと思うのですね。頭の中でそれぞれの「国」がゲームのようにくるくる回ってるんじゃないでしょうか?でも、国とか地域とかって、そんなに単純なものじゃない。「信長の野望」みたいな古いゲームなんかを長くしてると、こういう頭になりがちだ。歴史的にも、また地理的にも、社会的にも。簡単に言えば、国の政府・官僚と国民は一体じゃない。そして国民も一体じゃない。そこのところが、現実のこととしてわかっていない。この人は「観念」で考えていて、現実のその場にいないで、実態を目の前に見ていないからすごく変なあたまでっかちの妄想だけが独り歩きする。「日本は」というとき、この人の頭の中には、みな同じ考え方をしている「国民」がいて、それが政府で総意としてまとめられているはず、とか、政府の考えていることがすべて国民に支持されている、とか、そういう前提しか、考えられていない。

ぼくはもちろん日本人だけど、しばらく台湾を実体験して、仕事にして、勉強してきたから、そういう「実態」「現場」を無視してきた人たちがいかに変な妄想に陥るか、ということがすごくよくわかる。歴史を勉強し、その歴史に立ち会った人たちと話をし、その歴史の表と裏の両方で、いかに多くの人が苦労し、いかに多くの人が命を落とし、いかに多くの人が喜怒哀楽を紡いできたか。その現場を知らずして、こういうことを語ると、こういう変な妄想になる。

今の日本でこういう「妄想ブロガー」が支持されているとしたら、それこそ大変な話だ、と思わざるを得ない。混沌の歴史を肌で感じたことのない人たちの「妄想」が、いかに危険で意味の無いものであるか。それがこの文章によく表れている、と言える。国も国民も一つではなく、そのばらばらになる傾向はもっと進んでいる。それが今のアジアであり、日本だ。

自分の妄想によるロジックを正当化するためには、実態など目の中にない。そういう人は、ひょっとしたら増えているのかもしれないが。

 



「靖国」と「従軍慰安婦」と韓国と国境と

いま、韓国にいて韓国のテレビを見ているが、このBLOGを書いている時点で一番大きなニュースといえば、なんといっても「鳥インフルエンザ」の件だ。既に慶尚北道も慶尚南道もかなり敏感になっており、非常事態宣言もされいる、と報道は伝えている。

そして、その次に何度も流されるのが、日本の安倍晋三首相の靖国神社参拝問題。そして、新たな銅像が作られた、という従軍慰安婦の話だ。しかし、これを日本の報道やネットで見ると、「日本叩き」みたいな文脈で一緒くたに語られるが、それはこの2つの問題については当たっていることもあり、当たっていないこともある、と私は思っている。

実は、韓国でこのニュースを見ると、これらのニュースもエキセントリックに報道されることはまずない。大変に公平な報道であり、「韓国の政府はこう言っている」と「日本の政府はこう言っている」が並行して語られている。報道機関として当然の立場と言える。

加えて、ソウルでの反日デモでも、年々参加者が減少しており、人を集めるのが大変、という状況に変わりはない、とのことだ。そして、気を付けなければならないのは、従軍慰安婦の問題に関しては日本の過去の戦時の問題を当面の問題としながら、これは告発を行っている韓国や中国の政府だけではなく、多くの国で行われた行為の一部である、ということだ。つまり、日本の過去はサンプルの1つで、本当に問われているのは、戦争という状況の中で女性を蹂躙する、という行為のことであり、ひいては戦争そのものへの批判である、ということだ。だから、過去のサンプルを出して、将来はこういうことが無いようにしよう、ということが、日本の過去を糾弾する、その延長上になければならない。従軍慰安婦問題は女性の人権の問題であり、その先には、それがどこの政府であるにせよ、戦争を仕掛ける国の政府が批判されるべき、という問題につながっている、ということだ。

「日本だけが悪者になっている」のは、両国の政府の思惑もあるのだろう。しかし、韓国の庶民は非常に冷静だ。ニュースで煽るような報道はしていないし、今日も日本との間には多くの旅客機と船が行き来している。減ったとは言うものの、韓国から日本への訪問客は昨年の10、11月で毎月16万人もいる。在日の韓国人も多いが、在韓の日本人も非常に多く、しょっちゅう行き来している人も多い。

釜山の地下鉄には日本語表示もあり、ターミナル駅では日本語のアナウンスもあるので、日本人が釜山市内の移動に迷うこともほとんどない。地上に出てみれば、釜山市内の市バスでも、行先表示に日本語が出てくる。さらに、日本の大企業が韓国に巨大な工場を作った、という話は最近よく聞くようになってきた。DENSOなどが来たときは「大歓迎」で、町中に「DENSO歓迎」の旗が立っていたくらいだ。

また、靖国神社に関してはかつて日本国内からの批判も多かった。単なる国を守った英霊の眠る神社というところではなく、戦後、太平洋戦争での「A級戦犯」を「まとめて祀った」というところにポイントがある。日本軍の「蛮行」はそれ以前からされていた戦争の蛮行の一部だ。日本だけが、と言われるがベトナム戦争での韓国軍も多くの殺戮を行った、ということで韓国では批判されている。中国軍も太平洋戦争当時はその前後での「白色テロ」をはじめ、多くの殺戮をした。これもまた、日本だけの問題ではないが、日本の戦争行為だけが問題とされているわけでもない、ということは考える必要があるだろう。

いずれも「戦争」への批判である。「戦争」を庶民に強いる「為政者」への批判である。

これを単に「国どうしの対立」とすることは、おそらくできない。すべてが戦争そのものへの批判とならざるを得ないからだ。

加えて、昨今では核兵器あり、細菌兵器あり、テロあり、サイバー攻撃あり、グローバルマーケットへの経済的な攻撃あり、で、戦争や戦闘の定義そのものがはっきりしていない。しかし、はっきりしているのは、「戦争」は国の為政者どうしが始めるものであって、必ず「国」とか「地域」という単位どうしで行われる、ということだ。しかし、昨今はグローバル経済の進展で、こういう「地域どうしの戦闘・戦争」は、どの国や地域にも利を生まなくなっている、という現実がある。そのため「戦争」そのものが国どうしで、それが「戦争」であるがゆえに忌避されている、ということだ。

物流、情報流通、お金。そういう現実の前に「国」はどうしようもないだろう。だから、国境は溶けていく。国を頼りに生きることができなくなっている、というのが現実だ。やがて、「靖国」も「慰安婦」も、「戦争」も「国」も、しぶとく一部には残りつつ、世界という単位で見ればたいした影響もないものに成り果てていく未来が、すぐそこにある。世界は「カネ」という価値で統一される、と言ってもいいかもしれない。「カネ」の秩序を壊すものには、大きな制裁が加えられるだろう。

 


今年はChromebookの年になる?

現在のところ日本ではあまり騒がれないが、GoogleのChromeBookは間違いなく今年のエポックになるだろう。すでに米国ではChromeBookがノート型のMacの売れ行きを大幅に上回り、Windows7/8/8.1搭載のPCの牙城をも崩しにかかっている。Chromebookの価格はだいたい2万円台~3万円台のものが多い。余計なものを省いたぶん、非常に安価だ。

Chromebookは売れているだけではなく、盛んに活用されている、という記事もあった。

日本では官民あげたWindowsXPのサポート終了のアナウンスで「新しいPCに買い替えましょう」というキャンペーンが大々的に張られている。それ以外の選択肢はまるで無いような宣伝だ。しかし、そんなことはありえない。「第2、第3の選択」がどんどん世界を席巻し始めている。

家電量販店に行くまでもなく、Amazonなどの価格を見ても、半年前に比べてノートPCの値段はほぼ1.5倍になっている。「XPはだめですよ」という業界あげての脅迫が続いている。結果として、家電量販店に並ぶPCのほとんどは10万円前後以上の高価で高スペックのものか、CPUのグレードを数段落としたCeleronの数万円の機種などが増えている。数万円台の機種なら、かつてはCore-i3、i5が主流だったが、今は同じものが10万円近い(あるいはそれを超える)価格になっている。私が半年前に買ったCore-i5の機種は4万円を切っていたが、同じ機種が今は6万円弱だ。中古でも半年前の価格より高い。

ところが、一方で、PCの主要部品のCPUやメモリ、HDDなどの価格は昨年とそんなに変わらない。日本の消費者は「騙された高価格PC」を買わされている可能性が高い、と見えなくもない。メモリの価格は倍になっているが、それがPCの価格全体に影響を及ぼしているとは考えにくい。

そうは言うものの、多くのユーザはそれでも、これからもWindowsXPを使い続けるだろうし、この流れはメーカーやMicrosoftにも変えられないだろう。経済的に大量のPCの買い替えを突然行える会社も個人も限られる。加えてスマートフォンやタブレットは安価になり高性能化しており、Webとメール、Office程度でも十分に使えるスペックになりつつある。多少PCがこの時期に売れたとしても、その後が続かないことは火を見るよりも明らかだ。

その狭間に突然現れたのが、低価格の「Google Chromebook」だ。もともと、Googleは世界の人にあまねくITを行き渡らせることを目標としているから、タブレットやスマートフォンのNexusシリーズも非常に安価な価格を設定して世に登場した。ChromebookとGoogleAppsなどのGoogleのクラウドツールでOfficeの役目も一応果たすし、大学生がレポートを書く、という程度のものであれば、まず問題なく使える。しかも、価格がWindowsのPCよりもはるかに安い。また、それでいてチープ感も少なく、デザインも簡素だがスマートで、抵抗なく使える。

問題はクラウドツールを使うために常にオンラインでいなければならないことだが、これは早晩解決される問題であるうえ、オフラインでの使用も考慮されている。

安価なキーボードつきのPCで、Office環境のすべてを含む機能が使え、それはクラウドで実現される。このChromebookはおそらく、今年のエポックになる可能性が高い。

加えて、ChromeBookはクラウドで動かすことが前提なので、アプリケーションソフトウエアのアップデートもあまり気にする必要がなく、Windowsでは苦労した会社内でのソフトウエアのバージョン管理なども簡単に行える。しかも最近の社内システムはほとんどブラウザ上で動くクラウドのシステムになりつつあるので、ブラウザさえまともな物が動いていれば、あとはなんとでもなる、という環境が揃ってきたことも、Chrome Bookの普及を後押しするだろう。しかも、なんといってもこの価格。これが一番インパクトが大きいのは言うまでもない。既に、HP、acerといった大所がChrome Bookを発売しており、米国でのシェアはAppleのMac Bookを追い越いている。

以下、Amazonからのアフィリの貼付けで申し訳ないが、日本で買える安価なChromeBookを少々紹介する。この時点では、まだ並行輸入品も多く日本では安価、とは言えるような言えないような、微妙な価格だが、今年、日本でもこれは流行るのではないか、と、個人的に思っている。