Intel “Edison”

Edison

Edison

10月25日、日本でIntelのIoTの本命と言われる「Edison」が発売され、早速手に入れたが、まだ動かしていない。なかなか忙しくて、動かす時間が取れないのだ。しかし、箱は開けてみた。この大きさにAtomのCPUと周辺、メモリ、4GBのストレージ、そして無線LANまでが入っている。一昔前ならWindowsXPが動くスペックだ。これはすごい、と思うが、問題は既にARMなどでIoT市場が固められようとしている現在、これが流行するかどうか、ということだ。しかし、一方で無線LANを最初から載せたことにより、これからのIoTは無線LANなしではやっていけなくなる、ということもわかってきた。しかし、よくできた内容ではある。

 

カカオトークの記者会見の世界への波紋

広安里ビーチ

広安里ビーチ

韓国が揺れている。カカオトークが揺れている。BANDが揺れている。韓国発のIT産業が揺れている。

サイバー空間での名誉毀損事件が増えているため、韓国では検察が特に韓国人にユーザーの多いカカオトーク(事業者はダウムカカオ)などを監視している、という発表を行い、そのため、監視を懸念され、カカオトークのユーザーが激減。10月13日に、カカオトーク側は(1)「これまで検察にはカカオトークでやりとりされるメッセージを提供してきたこと」、(2)「今後は検察から要求があっても、カカオトークでやりとりされるメッセージは提供しないこと」を、発表し、それに対して、特に(2)については、韓国の国内法の違反の疑いがある、ということで、韓国ではこちらが大きな問題になっている。カカオトークとしては、ユーザーの激減は自社の存在に関わる重要な問題であり、この発表はぎりぎりのところでされたもの、と見るのが妥当ではあろう。しかし、カカオトークがサービスとして潰れてしまったとしても、その運営主体の会社がなくなったとしても、韓国の国民に(1)の発表、というか「暴露」による疑念は消えないことだろう。

韓国の検察の当局としては「メッセージを提供されてもリアルタイムの検索の能力はない」など、その実効を否定するコメントを流さざるをえなかったようだが、時はすでに遅し。韓国民がテレビのニュースなどで、自分のメッセージが検閲されていた、という事実がわかってしまった以上、これから新たに作られるサービスも、また過去からずっとあるサービスも、韓国でサーバーを管理しているサービスはみんな信用できない、ということを、韓国の多くの人だけでなく、外国にいる韓国人、そして外国人も考えざるを得なくなってしまった。つまり、韓国企業であるNAVERが日本を中心に展開して多くのユーザーを持つLINEなどにも影響を与える恐れがある、ということでもある。カカオトークなどのサービスを退会しないとしても、メッセージが常に監視されている、ということを意識したメッセージのやりとりがされるようになる、ということは、検察の当局にとっては大問題である。なにせ「こっそり見ていた」ものが公になってしまったのだから、今後は検閲にひっかかることがありそうなメッセージそのものをやりとりしない、という対策も取られてしまうだろうからだ。つまり、今回のカカオトークの暴露記者会見では、(2)よりも(1)のほうが、今後の影響が大きいことだろう、ということだ。

当然だが、これからカカオトークが韓国以外の外国に市場を広げようとしていた矢先の出来事だけに、世界がこのニュースに注目している。多くのユーザーがカカオトーク離れを始めるのみならず、外国でもカカオトークの展開が非常に困難になってしまった。それだけではなく、韓国発の他のサービスももちろん外国でも影響を受けることだろう。しかも、それだけではなく、韓国発のネットビジネス全般が疑いの目で見られるようになり、世界展開への大きな足かせができてしまった、というのは、産業構造でハードウエアからソフトウエア・サービスへの転換を行う、という大きな転換を目指すと宣言した韓国産業界にとっても、今後懸念すべき大きな問題ができてしまった、ということでもある。

「その一言」が大きな問題となる。いや、なっている、というのが現状だろう。これから、この「暴露」の影響はさらにおおきくなるだろう。

私はいま、日本人として仕事で韓国にいるが、韓国のIT産業の今後を、同じ業界の人間として憂えている。

【再掲】天才の人生

 

深町純は2010年の11月22日に亡くなった。でも、深町さんが亡くなった直後、深町さんの奥様とお話をしたら、奥様も「なんだか、死んだっていう感じがいまひとつしない」と言っていた。

深町純さんは音楽が好きだったのではなく、音楽そのものだった。彼には音楽の道があり、音楽の神が宿っていた。彼がショパンを弾いたとき、ショパンが彼にピアノを弾かせたのだという。彼がショパンを弾いた鎌倉の教会で、彼はある曲を弾いたあとに、深々と頭を下げた。普段、彼はそんなことをしない。でも、そのときは珍しく頭を下げた。それは、観客に対してではなく、神として彼に宿り、彼に曲を弾かせたショパンその人に対して、だった。と、彼を知る誰もが思った。おそらく、それは間違いなかろう。

他のプロの演奏家がショパンを弾くと、「ひいひい言いながらショパンの後をよちよちとついていっている」という感じがどうしてもする。でも深町さんの場合は「ショパンと一体になって、ショパンが彼にピアノを弾かせている」と思う。

最初の話に戻る。ショパンが死んでもなお、今の私たち、あるいは演奏家たちの中に生きているのと同じように、深町純はその肉体が滅んでも、なぜかいま目の前にいて、音楽という大きな人間の文化の歴史の流れの一部として、彼がその真ん中を、この時代の文化のリレーの「選手」の一人として、大きな役目を背負って、生まれて、そして死んだのだ、と思える。だから、彼自身にとっても、自分の肉体はどうでもよかった。

深町純は、「音楽」が人間の姿をして、現代に現れた、という「現象」だったのかも知れない。だから、彼が死んでも、なぜかそこに生身の人間の匂いがしないし、それが彼の「生」であり「死」であったのだろうと思う。そしてそれはおそらく、人間としてこの世に生まれ、ごくごく限られた、連綿と続く人間と音楽の歴史に選ばれた人だけが辿ることができる人生だったのだろう。

彼が死んで、悲しい、と思う。大きななにかがなくなった、と思う。でも、それは悲しいことでは、なぜか無い、という面もどうしてもある。

「天才」とは、そういうものなのだろう。

天才を友人に持ち、天才とともに生きられた時間を持ったというだけで、ぼくもなぜか自分をちょっとだけ誇らしく思っている。

The man has a dream , that walking with the giant. — from the Movie : ‘Mary Poppins’ . by Walt Disney.

※お断り: ビデオでは深町さんの命日を彼の本当の命日の翌日23日としています。これは、深町さんの友人であった僕たちが訃報を受け取った日です。この日まで、僕達の中には彼は生きていたのです。明日、またどこかであって、深町純と音楽談義ができる、と思っていた気持ちが打ち砕かれた日です。そして、これをそのままにしているのは何故かというと、できるだけながいあいだ、彼にこの世にいて欲しかったから、という気持ちを込めたから、そのままにしています。そう、1日でも。

※ 来月は深町さんが亡くなって4年めになります。
おまけ: