IoTってけっこう幅広くてかつ深い知識が必要になるからチームワークが必要になるんだけど、最強なのはやっぱり一人ですべてができる技術者がいること。

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最近はどこを見ても「IT」と言うと「IoT(Internet of Things)」のことばかりが出てくる。「M2M(Machine to Machine)」というのもあるようだが、どちらかというと「IoT」のほうがよく聞こえて来る感じだ。いろいろ理想論があれこれと語られるが、実際その「モノ」を作る段階では当然、技術者が必要になる。しかし、IoTに一人で対応できる技術者は非常に少ない。なにせ「アナログ電気回路設計」「デジタル電気回路設計」「コンピュータハードウエア」「コンピュータソフトウエア開発」「オペレーティグシステム」「ネットワーク設計」などなど、幅広くかつ深い知識が要求される「総合的な」ものが「IoT」なのだから、一人でできる、という人がいたとしても、一日は24時間しかなく、こればかりはいかんともし難い。

当然のことながら、それぞれの分野の「専門技術者」を集めてチームを組むことになるわけだが、これらのチームをまとめていけるのは、これらの技術のすべてに精通している技術者だけで、その人材が非常に少ない。わかったようなことを言う人材ばかり多いが、実際にものを作れる技術者は非常に少ないうえ、さらに量産ということになるとさらにその技術を知る技術者は少ない。

私も経験があるのだが、こういうチームを作っても、その各部分を作る構成員の技術者が自分の隣接分野の技術も包括して持っていないと、いろいろ不都合が起きる。その不都合を一つ一つ除去して先に進むためには、やはり各技術者に自分の分野以外の分野の勉強が必須で、その勉強をする意志がある技術者は実はかなり少ない。こういう均質では無い質の技術者集団をまとめていくのは、実はノウハウがあるのだが、そういうノウハウも時代とともに変わっていく。管理者も勉強を怠ることはできないし、その管理者の勉強は自分で開拓して行くほかはなく、どこかの教科書に書いてあることを読めばそれでできる、というものでもない。「勉強」の中身がまるで違うのだ。

何事にも、そういう教科書に載っていないことを勉強する「実学」は必要だが、特に技術系の分野では、どうやってそれを会得していくか、などは、個々人のカンとか力量がものを言う。そのカンと力量がある技術者がまた少なく。。。。という状況に陥っていく。これをちゃんとまとめられるのは実は運もあるし、訓練も必要だ。しかし、今はそういうことを勉強する場も簡単にあるわけでもない。

世の中の目指すものを実現する力を持っている技術者もそうやってたくさん必要なのだが、同時に、もっと必要なのは「なにを作ったらいいのか」ということを考える企画の力を持っている人も今は非常に少ないのが現状だ。なにもかも、ない。それが現状でもある。その現状を自覚したうえ、先に進むこと。それは密林を一人で進むよりも困難、と言ってもいい。それがIoTの開発を行う現場の実態だ。

簡単に「IoT」と言われるし、それは今のテクノロジーでは簡単だ、と言う人もいる。しかし、その技術を持つのは結局のところ一人の人間であるところの技術者であり、その「人材」が非常に少ないのだ。現場というのは、そういうものだ。

 


SIMフリーのスマートフォンは毎日、毎時間でも取り替えられるから、スマートフォンをいくつか持っていると瞬時に「着替える」ことができる。気分に応じて、用途に応じて。

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SIMフリーのスマートフォンとMVNOのSIMの組み合わせはたしかに毎月の支払いを安くすることができて、非常に有用だ。私の場合は、毎月最低でも7千円かかっていたスマートフォンの通話と通信料の合計が2千円ほどになった。しかし、SIMフリーのスマートフォンは「ファッション」として考えても、非常にいい結果が得られると思う。なぜならば、SIMカードを入れ替えるだけで、使っているスマートフォンを切り替えることができるから、自分の気に入ったスマートフォンをいくつも持っていれば、必要なときに、スマートフォンの本体をすぐに取り替えることができるからだ。

いま、MVNO業者のスマートフォン用のSIMは非常に安くなってきていて、安さはそのままにその回線の「質」を問う段階になった。言い換えれば、MVNO業者のSIMの売り口上として「安さ」は当たり前になり、新しい「提案」が必要な時期に入った。

いま、秋葉原をめぐると、なんと、1万円前後から、MVNOのSIMをさして「使える」スマートフォンやタブレットがたくさん売られている。中古もあれば新品もある。高いものでは10万円を超えるものもあるが、基本的な機能のものでよければ1万円を切るものも、新品で見つけることができる。加えて、タブレットも同じくらいの価格でたくさん売っている。

結局、MVNO業者のSIMを買って、各種のスマートフォンを毎日SIMを入れ替えてとっかえひっかえ使う、という使い方が現実的になってきた。今までのように同じスマートフォンの外装の色をパネルで取り替えるだけ、というのとは違い、さまざまな利用スタイルのバリエーションを楽しむことができる。「きせかえ」ではなく、本体そのものを取り替えられるので、色だけではなく、使い方も画面の大きさも違うスマートフォンを毎時間でも取り替えて、利用シーンに応じて取り替えて使うことができる。

つまり、MVNOのSIMと格安スマートフォンは「安い」だけではなく、TPOに応じた「使い分け」ができるわけだ。これはSIMを取り替えて回線契約を本体と切り離したからできることだ。これまでも、SBやdocomoのスマートフォンや携帯は、同じキャリアのスマートフォンやタブレットに限れば、その中でSIMカードを入れ替えて本体を取り替えることができたが、現在のMVNOの業者のSIMにすることによって、他の会社のものでもそれができるようになったのだ。

私の場合は、雨の日には防水のスマートフォン。雨ではない日であれば、画面が大きくて見やすい5インチのスマートフォン。中華圏からのお客様との話には、ちょっと派手な金色のスマートフォン。遊びに出る週末は荷物を減らしたいから、画面は小さくても機能十分なスマートフォン、プレゼンをすることがある場合は、タブレット。PCを持ち歩く必要があるときは、PCにモバイルルータ。などなど、SIMをそのシチュエーションによって入れ替えて使っている。これはMVNOのSIMと格安のスマートフォンだからできる技だ。

何度も書いているが、本体をこうやって取り替えまくる毎日なのだが、そうなると困るのはLINEの入れ替えだ。これは機種変更をした時と同じ手続きをしなければならない。LINEは同時に1つの端末でしか使えないからだが、こういう困ったちゃんはLINEだけで、他のメジャーなアプリはそういうことはないので、複数のスマートフォンやタブレットにインストールしておけば、SIMを入れ替えるだけでどれも同時に使える。

とにかく、SIMフリーは今後は「ファッション」としての面も大きく強調されて然るべきだろう、と、私は個人的に思っている。

 


「必要のないときはSIMを外しておいてください」との回答が来た。

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MVNOのLTEが使えるSIMで、「格安スマートフォン」を使って「格安回線」を使っているのだが、何ヶ月か前まではSIMを入れっぱなしにして夜は寝ていた。しかし、自宅ではWi-Fiが使えるから、自宅では基本的にWi-Fi接続で使っている。しかし、ある朝、ふとSIMのMVNO経由でのトラフィックを見ると、なんと5MB以上もLTE/3G通信が使われている。おかしいな、と思って、MVNO業者に電話で聞いてみた。しかし「なにが起きているのか?」という理由は教えてもらえなかった。おそらく、接続の確認などのために、深夜、Wi-Fiがなんらかの裏アプリで勝手に切られ、LTE/3Gの通信をするようになっているんだろう。「どうしたらいいでしょう?」と聞けば、「夜、寝るときとか、必要ないときはSIMを外しておいてください」とのこと。理由はともかく、僕の場合は毎日数台のスマートフォンをあれこれ使い分けているわけだから、家に帰ったら、SIMカードは外しておくことにして、家ではWi-Fiのみでの通信しかできないようにしておいた。

しかし、深夜、なにが起きているのだろう?一度、Sniffer入れて調べてみよう。

 


素直な人工知能は人間の鏡だから、そこに映っているのは人間自身なんだよ。

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Microsoft社の人工知能ソフトウエアがヘイトスピーチをはじめたので、同社がその動きを止めた。人工知能が差別発言どころか、今回は日本の法律に照らせば「殺人教唆」の可能性もある。さらに進めば人工知能が殺人を犯す可能性もある、ということだ。

人間でも戦争であれば殺人は合法とされた、という歴史がある。人工知能は私たち人間を映す鏡だ。人工知能が発することばが醜いというのであれば、それは人間が発することばが醜いからだ。鏡に映った自分が醜いのは私たちが醜いからだ。醜い自分を見たくないからといって鏡を壊しても醜い自分は醜いままである。

 


IoTというのは「IT業界」と「それ以外の業界」がつながっていくよ、ということを表現したものなので、ある意味、技術そのものとはちょっと外れたところに本質がある

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IoTというと、すぐに「センサーが」とか言うわけだが、いまどきセンサーそのものも内部に小さなコンピュータが入っているものもあって、非常に安価。人感センサーも温度センサーも既にだいぶ前から秋葉原のアマチュアの電子工作用にだって売ってるわけですよ。技術的にはなんら新しいことはなくて、その実現コストが非常に安くなった、ってことがあるかとは思うんだけど、技術という側面から見ると、なんら新しいものはない、と言い切っていいんじゃないかと思うのですね。実は今騒がれはじめた「IoT」の本質というのは、技術にはないんですよ。

そういうものができる、ってのは、ほとんどの人は前から知ってるわけ。そうじゃなくてさ「そういう技術がIT以外の業界でも普通に使えるようになったね」ってことが大事なんだよ。みんなPCとかスマートフォンとか使うようになって、ITに親しみができたじゃない。その上で、ハードウエアがつながるといろいろできるよな、で、それはけっこう安い値段でできるよな、っていうところに重点があるわけですよ。古くからのITとかコンピュータ、組み込みの技術者から見れば「できて当たり前」の話ばかりで、技術の話だけだと、退屈しちゃうような話なんだな。

そうじゃなくて、ハードウエアとインターネットを使った通信との連携が安価で手軽になったコンピュータを介して、こんなに安く、簡単にできるようになったから、世の中が変わりそうだね、って話なんですね。「尖った技術」がそこにあるわけじゃないんですよ。

「尖った技術」がちやほやされた時代ってのは、コスト、言い換えればカネが潤沢だった時代なんだよ。そういう時代には、いくらお金をかけてもいいから、すげーものを作れ、他社をぶっちぎれ、っていう競争だったわけ。でも、今はスーパーコンピュータでさえコストを考えないとやっていけない時代になったんだね。だから、IoTってのには新しい尖った技術は無いの。

たとえば、ある仕事はいまだに人間がかなり介在していて、数年でン億円かかってその仕事をしていた。でも、IoTの技術を使って、人間をその工程からなくして自動化すると、ン億円かかっていたものが、数千万円以下で済みます、すごいてしょ?だから導入しましょう、ってのが、今はできることがIT業界以外の人でもわかってきて、それを提案してくれる人をみんな待ってるわけですよ。それが、IoTの本質ですよ。

お金というのは、ITの技術者や研究者でもわかるし、一般の人はお金以外では物事をとらえられないことも多いわけね。だから、お金を相互のコミュニケーションのプロトコルにしておかないと、通じないのですよ。で、それが一般的になって、形になったのが「IoT」なんだよ。だから、「IoTでこういうことができます。安くできます」あるいは「もっと儲かります」という「提案」が「具体的にお金に換算してできること」が非常に重要なんですよ。

今生きてる日本の高齢の技術者は日本の経済がいい時期にいい青春時代を過ごしていて、その時代はとても経済的に豊かで、技術者や研究者のほとんどはお金のことをあまり気にしないで「最先端」を追うことができた。でも、今はそういう時代じゃないからね。ごく一部を除いてはね。それが今という「新時代」なんだね。だから、今どきの退職技術者のおじいちゃんたちはそういうことわからないし、お金の計算ができないし、それが自分の仕事だとも思ってないから、今日現在のIoTってなんなのか?ってことがよくわからない。「それ、俺たちがやってきたことだよ」だけで、話が終わっちゃう。なぜ今、IoTが騒がれているのか?ってところに疑問を持てば、問題意識ができて、今、なぜ?ってところに気がつくとおもうんだが、多くの古参の技術者はそういう新しい時代の感覚がまるでわからないのね。だから、目の前にあっても、IoTってものがなんだか、まるでわからない。結果として、先輩として正しいアドバイスもできないんだよ。

IoTというのを語るには、「コスト」の話は外せない。それが身についていないのであれば、もう「旧時代の遺物」なんだよ。

 


「保育園落ちた日本死ね」は「日本死ね」に重点があるんじゃなくて「保育園落ちた」に重点があるんだよね。

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国会でも大きく取り上げられた「保育園落ちた日本死ね」は、いろいろなところで議論があるようだが、気をつけなければならないのは「日本死ね」は、「おまえのかーちゃんでべそっ!」みたいなもので、母親が本当にでべそであるかどうか、を議論するのは、的が外れている、ということだね。重点は「保育園落ちた」であって、そのときの「気持ち」を表現したのが「日本死ね」であって、本当に日本が死んで欲しい、と、この人はまず望んでいないと思うのね。

「保育園落ちた」という裏には、当然日本の子供を育てる環境を作るべき日本の政府の利益配分への怒りがあって、その怒りが過剰とも言える表現の「日本死ね」につながっていると思うのですね。ほら、子供の喧嘩と同じだよ。

まぁ、こんなことをわざわざ言わなければならないほど、日本という地域では「人間の表現」とか「その表現の受け止め方」に大人げないところがいっぱいできたと思うんだな。「たとえ」「パロディ」みたいな微妙な表現を楽しむ、という、そういう文化がなくなってきちゃったんだね。だから、最近はぼくもこういうことを書くときはすごく気をつけている。たとえば、直接的に言えば、「おまえ、頭悪いな」って言いたいところを、相手を傷つけないように、という言い方をするために「問題はそこではなく、こういうところにあるんですが、そのことはおわかりでしょうか?私としては、貴方様にありましては、そういうことを理解されることが、まず必要と思いますが、おそらくそこをわかられていないから、これが理解できない、ということになると思うのですよ。貴方様においては簡単なことで、おそらく、ちょっと忘れてしまった、ということだと思うんですよね。だから、ここを理解して、再度本文をお読みいただければ良いのではないかと思うのです」などと、まわりくどい言い方をする、ってことがよくある。いや、それを楽しむ、ってこともないとは言わないけどさ。

人の言葉での表現というものは、非常に微妙なものだから、こういうことが起きる、ってだけのことなんだけどね。言葉の裏を読む、ってことも、だんだんできない人が増えてきたのかな、と思うわけです。


25年くらい前の「コンピュータ屋」は、今で言うIoTの技術者だったから、ハードウエアもソフトウエアもデータベースもわかってて当たり前だった。

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ぼくはあまり昔話って好きじゃない。前は良く言ってたけど、この10年くらいは目の前の仕事が忙しくて、昔話どころじゃなくなった。で、その25年くらい前にはコンピュータにもいろいろなCPU部分のハードウエアがあって、特に日本のその業界では「NECのPC98シリーズ」が一番多く使われていた。他に、IBM-PCとか、Apple-IIとかってあったけれども、日本じゃなにかというと「PC98」が当たり前だった。事務処理にはまだコンピュータは沢山使われていなくて、むしろ工場の制御とかダムなんかのプラント制御とかに、PC98はたくさん使われた。だから、今この記事を読むと、昔の話がぼくの心の中でよみがえる。大手のあの企業の工場も、あの企業の工場も、みんなぼくらがやった仕事だ、って思い出す。守秘義務があるから、どことは言えないけど、あんなことやこんなことをやった。ロボットもちゃんとインテリジェントなものが動いていたしね。

つまりさ、その頃のぼくらってのは、アナログ電子回路、ハードウエア、ソフトウエア、みんなできて当たり前だった。その上で、お客様のところに行って、要件を聞き出して、どんなハードを作ったり組み合わせたりして、どういうソフトウエアを作って入れればいいか、なんて考えた。お客様とのコミュニケーションがちゃんとできないと、この仕事もできなかった、と言っていい。つまり、ソフトウエアだけの技術者、なんて使い物にならなかった。だから、コンピュータ技術者のほとんどは、今で言うところの「IoTの技術者」でなければならなかった。

インターネット以前の時代、僕たちもPC98を使って、東証一部上場の企業の工場のシステムなんか、たくさん作ったよ。重ねて言うけど、守秘義務があるから、どことは言えないけどさ。で、今も動いてるはず。なぜかというと、当時はPC98の値段も高かったけど、それを大量に工場のラインで使うということもできた「日本企業がお金持ちの時代」だったんだね。今は全然違うけどね。実は当時のコンピュータでは、PC98を使うほうが安かったんだよ。あの時代のIntelとかで作っていた産業用のボードコンピュータのほうが遥かに値段が高かった。シングルタスクのOSも多かったし、マイクロプロセッサ用のマルチタスクは出始めで、ぼくらは結構早い時期から、iRMX(intel Realtime Mutitasking eXecution)とかも使ったね。って言っても知ってる人は少ないだろうけど。もっとも、仕事によっては、自前でマルチタスクのモニタを作ったりもした。コンテキストスイッチングの仕組みを考え、スケジューラも自分で設計した。ところで、PC98はその当時は1枚で数十万円から数百万円する産業用のボードコンピューターよりも安かった。いや、外資系のすごくお金が余っているところではそういうコンピュータを使ったよ。OSはだいたいがMS-DOSとかのマルチタスク機能をもともと持っていないOSだったから、予期しないタスクとかが裏で動いてシステムが知らないうちに重くなる、ってこともなかった。だから、使いやすかったんですね。いや、プログラムが組みやすかった、というほうがいいかね?マルチタスクのOSは小型コンピュータには珍しかったし、使いにくかった。でも、なんとかして使ったこともあった。

CPUの性能が低いぶん、OSもプリミティブで、オブジェクト指向も一般的ではなかったしね。その当時では最先端の、光ファイバを使った光LANのシステムもぼくらが作って最初に某プラントで使って実用化した。通信用のCoProcessorに、高速シリアルの入出力を持つ、PROMでプログラムを焼くi8751を使った。それが使えるようにした、PC98用のインターフェースボードも作った。TCP/IPもなかった時代、自分たちがプロトコルを作って決め、プロトコルスタックを自分たちで作って、そのスタック間のインターフェイスもぼくらが決めた。これで光でLANが動き始めて、実際の某現場で動きはじめたときは感激だったねぇ。

要するに、当時(1980年代くらいまで)は、そういう時代で、PC98を工場なんかの制御に使う、ってのは、実は一番安くて一番安心な選択だったんですね。とは言うものの、パソコンもWindowsとかからしか知らない今時のスタバでiPhoneとMacBookAirなんかで記事書いてるライターじゃ、この辺りのことは話をしてもわかんないだろうけど。だから、こんな記事で「驚き」になっちゃうんだろうね。

だから、昔が良かった、とは思わないけど、ITに関わる技術者は、昔ほど能力が高くなくても、なんとか使える時代になった、ってことだな。

 


これからのIT業界はソフトウエアだけじゃ食えない。ハードウエアもアナログ回路もわかって、コミュニケーションの能力や社会性も要求されるし、英語は最低限必要だよ。

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ほとんど表題の通りなんだが、このところ「IoT(Internet of Things)」なんてキーワードがもてはやされているんだが、グローバルな競争の中でIT系エンジニアは食っていかなきゃならない時代になったし、IoTってぇと、センサーとか使えなきゃいけないし、センサーを使うためには、IT以外の分野の人とちゃんと話をして、その話を理解して、意見も言えるようでなくちゃいけないし、という、ちょット前で言えば「フルスタックの技術者」以上の能力がないと、世界のエンジニア、そう、中国とかインドとかのエンジニアと互角に渡り合っていけないと思うんですよ。もう、そこそこのソフトウエアしか知らないエンジニアがどんぐりの背くらべ状態で仕事をああだこうだと日本国内だけで回している時代じゃないのですね。

だからさ、もっと日本のエンジニアとか研究者って、勉強しないといけないし、そういう能力のキャパシティが在るやつだけ、生き残っていくんだと思うのね。これは、有無を言わせない、世界の趨勢、流れだよ。哲学や経営学の1つでも勉強する必要があるし、言語は英語必須、TOEICでいえば650点くらい以上は欲しいし、TOEICの点数高くても、ちゃんとコミュニケーションできなきゃ意味ないし、とにかくね、実力がすべてだよ、って時代になったんだと思うのね。動くものができなきゃ、おとといおいで、とか言われて終わっちゃう。いや、他の仕事につけばいいよ。できるだけ早く、実力のない技術者や研究者は他の仕事を探したほうがいいと思うよ。

日本だけですべてが完結する時代じゃなくなった。それだけのことなんだけどね。

 


LINEだけが残った

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2013年末にぼくのモバイルはすべて「SIMフリー」「MVNO」にして三大キャリアのくびきから開放された。この2年間は全く問題なくSIMフリーでいけているうえ、数台のスマホを毎日とっかえひっかえし、毎月の通信代金は2千円前後となった。

そこまではいいのだが、最後に残った厄介な問題が「LINE」である。LINEはMVNOで毎日スマホを取り替える、なんてことはまるで考えていないから、SIMを入れ替えたら新しい端末にLINEの様々な情報を引き継ぐ操作をわざわざしなければならない。FacebookもtwitterもGoogleもMicrosoftもみんな解決済みの問題である。LINEだけがそれができていない。複数端末の利用を前提とした認証システムがあるのに、なにが悲しくて、端末ごとのSMS認証なんかしなくちゃならんのか?って感じだ。

今日は昨日使っていた端末からまた違う端末を使ったのだが、家を出るときに、昨日使った端末での「LINE端末ロック設定解除」をして出るのを忘れたし、昨日使っていたその端末を持って出なかったので、外でLINEを今日使う新しい端末に移すことができなかった。しかも、今日使った端末は一昨日使っていた端末だから、そのときのLINEがなぜかまだ使えるみたいな画面で残っている、というややこしい状況になっていた。結果として、今日の端末ではLINEは動くし、「友達」の表示もできているのだが、LINEの認証が終わっていないので、LINEの設定のアカウントが見られなかったり、当然メッセージのやりとりもできなかったり、という中途半端な状況だったのですね。

あくまでぼくが想像すると、だが、LINEのシステムは中身はスパゲッティのようで、もうなにがなんだかわかっている人がいないのだろう、と思うけど、それは他人のことだ。どうしようもないなぁ、という感じで、今日一日、LINEを使うのはあきらめた。こんなものをよく商業システムとして使っているなぁ、中の人でこういう仕事をするところは、早くやめたほうがいい、って思うんだけど。地獄を見るのは作っている本人だからね。

いや、LINEに限らず、結構公的なシステムでも、「プログラムの改変ができない」というところが残っているものってけっこうある、というのは、最近よく中の人に聞く。「それ、一度トラブルになったら大変なことになる」っていうシステムが実はたくさん動いている。

 


電池が工具なしで自分で取り替えられるスマートフォンが欲しいんだけど、最近はなかなかそういうのないのですよ。困ったもんだ。

P1160882いま、スマートフォンをまだ探している。ぼくが必須としているスペックの1つに「電池が工具なしで自分で取り替えられるもの」というのがある。というのは、着信がどうしてもうっとうしいときに「完全に電源を切りたい」からだし、なによりも電池はけっこう初期不良も多くて、自分で取替えられるほうがなにかと便利、ってことがある。一番の理由は、電池がなくなってきたときに、外部に「モバイルバッテリー」などという不格好で重いものをつけなくても、電源を切って電池を取り替えて、ということをしたいのですよ。

でも、最近の最新機種のスマートフォンのほとんどが、電池を自分で取り出せない仕様になっていて、部品の一部にしているんだね。こうすることによって、電池を部品として扱い、電池のボックス部分を減らして容積を減らしたり、コネクタや接点があることによる接触不良などのトラブルを防ぎ、なによりも部品代をケチって製造コストが削減できるんですよね。電池の不良は部品の不良だから、本体ごととりかえればいいし、充電式電池は2年くらいで使えなくなるので、その頃には新しい機種に買い換えてもらえるし、製造メーカーとしては、いいコトずくめなんだよね。でも、使う側にとってみれば、やっぱり電池は自分で工具なしで交換できるものであってほしいのですよ。

だから、あくまで自分基準なんだが、なるべく電池交換が自分で工具なしでできる機種を選ぶことにしているのですね。

そして、今年の様々なスマホ関連の展示会を見ると、すこしずつではあるけれど、電池が工具なしで交換できる機種が増えてきている。なぜかというと、2013年から既に3年がたったが、その時期から今まで、スマートフォンの「進歩」がほとんどない時代に突入したから、電池の交換が容易な機種が望まれる世の中に変わってきたからだ。