現実となった「セキュリティ最期の日」

港区の紫陽花

今の世の中はインターネットの接続、銀行オンライン、すべてに「暗号」が取り入れられている。しかもほとんど同じ形式の暗号である。ネットで銀行オンラインをやると、かなり複雑な暗号を解かなければ生のデータにはアクセスできない。その解読には近年使われている普通のコンピュータでは100年、という途方もない時間がかかる。計算速度が世界で一番速い、と言われている「スーパーコンピュータ」でさえ、数百時間は解読にかかる、と言われている。別の言い方をすると、今使われているデータ通信用の暗号は、必ず解くことができるが、それには途方も無い時間がかかるため、暗号を解く、という行為を実際にコンピュータにやらせても、解読によって得られるコストがペイすることはまずない、ということになる。計算そのものに膨大な時間がかかるので、「解読」という作業のコストが見合わない、ということになる。よく防犯の教室とかに行くと、泥棒は泥棒をするために部屋に入るとき、数分以上の時間がかかるとなると、入るのを諦める、ということを聞く。長い時間をかけて部屋に入っても、捕まる確率が非常に高くなるからだ。現在世界でデータ通信に使われている暗号も、同じことだ。

しかし、先日、インテル社から、72コアを擁する「Xeon Phi」を市場に投入する準備ができた、というニュースが入った。また、試作ながら「U.C.Davis」では、1000コア・低消費電力のCPUを作った、というニュースも入ってきている。当然のことながら、今年から来年にかけて、128コアとか256コアのCPUも当たり前にアナウンスされるだろう。

こういう世の中になってくると、机上のPCに数百コアのCPUを持つスーパーコンピューターの役割をさせることは屁でもない、という世の中になる。3Dのゲームはいっそう手の込んだものになって、リアルタイムで途方も無い多くの事象を動かせるなど、画像がよりリアルになる。「机上スーパーコンピュータ」は、良いことに使えばもちろんそれなりの結果を私達に見せてくれることは間違いない。ついでに、「量子コンピュータ」が実用化されそうな気配もある。これができれば、演算速度は現在のシリコンの半導体の桁を超えて、飛躍的にあがる。

しかし、インターネットもここまで広がる前は、悪いことに使われる、なんてことはほとんど思わなかったが、実際におとずれたネット社会は、誹謗中傷の嵐とか、ウィルスを仕込んだメールが蔓延する、なんだか住みにくい世の中になってしまった、などということになった。良い面があればあるだけ、またダークサイドも大きくなるのは、世の習いである。であれば、スーパーコンピュータを手にした犯罪者はこの途方も無いCPUパワーをなにに使うのか、を考えておくことは無駄ではあるまい。よく切れる包丁は使い方によって凶器にもなるし、よく走るクルマは銀行強盗が追手の追求を逃れるにも役に立ってしまう。

一番恐れなければいけないのは、「机上スーパーコンピュータ」は、数千コアとか数万コアを擁する、そのCPUパワーで、暗号を無意味なものにすることだろう、ということだ。これまでは数百年かかってやっと解ける暗号が数秒で解ける。そのスーパーコンピュータが個人が手が届くものになる、ということは、そういうことだ。

銀行のオンラインで使われている暗号はもう暗号ではなくなる。犯罪者に狙われたあなたの預金は一瞬でなくなることもある。

いま、私達の目の前には「今までのデータ通信セキュリティが全く用をなさない時代」が開けている。そうなったとき、あなたと私はどうしたらいいだろうか?今から考えて置く必要がある。

「セキュリティ最期の日」は、もうすぐやってくる。数年以内に。

ちなみに、マイナンバーで使われている暗号は2048ビット符号化されたもので、現状ではかなり強固な部類に入る。また、日本国内で話題になることが多い「京」は数万CPUコア、現在のところ世界一の速度を誇る大陸中国の「神威」はその10倍のコア数を持つ。

STAP細胞騒ぎがなかなか収まらないわけ

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現在のネットを含めたメディアの問題はメディアの人間が「この世の中のことはなんでも自分たちで短期間にわかる。それをわかりやすく解説できる」という「奢り」があり、かつそれに「自覚がない」ことだね。もしも短期間にそういうことが、専門外の人間にわかるとしたら、「専門家は必要ない」ということになる。しかし、専門家がいなければ人間の社会は動かない。

STAP細胞騒動なんかはその典型だが、にわか知識を仕入れて小保方会見に臨んだ「にわか専門家」の記者は当然現場にいないから、ロクな質問もできない。ぼくが見ていると、その類の某社の某記者が「小保方攻撃」をしようとして失敗、退場、って場面も見た。結局のところ、現場を知らない「にわか専門家」にわかる内容でもなく、そのにわか専門家の記事なんかはさらにわからないものになって、読者は混乱するだけだ。しかし、残念なことに、ネット情報があれこれ行き渡る社会では、こういう「自覚なき、にわか専門家」の需要はそれなりにあり、読者もそれなりにいる。しかし、それが真実であるかどうかは全く保証がない。そういう報道が100%である。特に生命科学の分野では、その分野の専門家の社会の構造などもわかっていないと理解できないことが多々あるのに、長期の潜入取材などはしたことがない、という記者がほとんどだ。僕に言わせれば「その程度の理解で、よく記事書くよな」としか思えないんだけどね。

だから、最近は「シロウト考えだが」なんてマクラを用意してから書く、読者には大変失礼な記者がいっぱい出てくるわけですよ。「俺はこの件にシロウトだが、解説するからありがたく思え」だよ。そんなの普通、読む気はしないよね。井戸端会議以上の話はないよ、って宣言しているんだから。

つまり、現代社会は自分を取り巻くものがあまりに複雑でかつ不可視であるために「不安」が大きい。しかし、自分の周辺を「理解する」力もなかなか備わらない。膨大な勉強や経験が必要だからだ。しかし、それは「普通の人」には能力不足などでできない。だから、「やさしく解説する」人が必要、という構造になっている。しかし、いまどき「やさしく解説できるもの」はない。理解する側にも能力がない。だから、「解説」がみんな「ウソ」になるか、事実の断片の組み合わせが破綻するので「陰謀論」に走るしかなくなる。

「普通の人」は「理解できない」。しかし「理解した(つもり)にならないと不安でしょうがない。だから、「理解したつもりになって、不安を解消する」役目の人が必要になる。それが専門家から見て荒唐無稽なものだったり、必要のない陰謀論が含まれているとしても、また完全なウソであるにしても「不安」を取り除くことができれば、それで良いのだ。

言い換えれば、現代の、ネットメディアを含めた「報道」は、そういう構造で成り立っている。しかし、やがて事実がこの「報道」を破綻させる。STAP細胞騒ぎは、専門分野の研究にマスコミというどシロウトが面白がって介入し、大勢の観客を動員してその観客の「わからないことへの不安」を解消しようとして、マスコミ人の能力不足でその需要を満たすことができず、右往左往している、という感じではないだろうか?