Android使いのぼくが1か月間「iPhone7 plus(黒)」を使ってみたあくまで個人的な感想

P1150586ぼくはAppleのパブ記事書いてお金もらってるわけじゃなくて、かつiPhone7 plusが最初のiPhoneだったから、特に感慨もない。値段が高すぎる、というのは個人的にはあったねぇ。ぼくはお金持ちじゃないからさ。今はiPhone含めてSIMフリーの端末3台と使いまわしているんだが、機能から言うと、Androidのほうが良い感じがする。原因不明のリブートも、iPhoneよりもAndroidのほうが少ない気がする。あくまで「気がする」というぼくの個人的感想なので、その程度の話である、とわかって読んでもらえるとありがたいんだが。

iPhoneに比べてAndroidの決定的に良いところは、端末の値段が安いものがいっぱいあって、SIMフリーでも、2万円も出せばまともなものが手に入る、ってことだね。iPhoneはAppleがすべて価格も統制しているから、なかなか安くならない。中古は別として。これからの世界は世界的不況の時期に入るから、先進国でも「安い価格」は大きな武器になっていくだろうね。

僕の場合を言えば、だが、iPhoneにしなきゃ楽だったのに、ということがっけっこう多かったことになるが、その「楽」の元は要するにこれまでAndroidを沢山使ってきたから慣れている、と言うに過ぎない。慣れの問題とか同じクラウドのリソースを使うからなんだね。こういう問題であるからして、もしもぼくがこれまでAppleものを使っていたら、iPhone7 plusは素晴らしい、と言うだろうしね。人間なんてそんなものですよ。

まぁ、防水も指紋認証も、ちょっと古くはおさいふケータイも、富士通はじめ日本のAndroidのものがAppleより早かったわけでね。それでぼくはAndroid使いになった、ってわけじゃないんだけれども。しかし、バカ高いiPhone7 plusからSIMを取り出して、AndroidのSIMフリー端末に入れて使うことがやっぱり多くなってきたよ。ぼくの場合はね。

あ、ついでに言うと、ぼくはSuicaのカードは使うけれども、iPhone7 plusにSuicaアプリ入れて使うことはないんですよ。お金がないから、クレジットカード引き落としなんて怖くてできないから、リアルな現金をその都度入れるのね。だから、駅の乗車券発売機とかチャージ機を使うので、入金するときに、カードでないとできないものが多いからね。これはぼくのプリペイドカード管理上の問題なんだな。かっこ良く言えば、ね。

それに、ぼくはiPhoneだけ使ってるわけじゃなくて、2013年以来、SIMフリーの機種をいっぱい使っていて、SIMも何種類も持っている。数種類の業者のSIMを毎日、あっちの端末に入れたりこちの端末に入れたりして変更しょっちゅうで使っているから、本体にプリペイドカード情報を載せられると不便なんですよ。だから、iPhoneが悪いわけじゃないんですけどね。これはぼくだけの問題なんだな。

こういうことははLINEにも言えて、SIMカードや端末の入れ替えで余計な操作が発生するのは、基本的にやめてほしいな、と思うわけですよ。FacebookとかGoogleアカウントを使うものは、端末の制限ないわけでね。これがいいよ。数台の端を毎日とっかえひっかえ使っているからね。

ということで、ぼくがiPhone7 plusを一ヶ月使って自分なりの結論を言えば、「やっぱAndroidにしときゃよかった」です。これはぼくの特殊事情があるから、Appleが悪い、ってわけじゃないですけど。

で、アドバイスとしては、iPhoneをいままで使っていた人は慣れの問題もあるしクラウドリソースの問題もあるから、次もiPhoneにしておいたほうがいいよ、ってことだね。逆に、これまでAndroidを使っていた人は、全く同じ理由で、次に買うのもAndroidにしておいたほうがいい、ってことですね。

 


「保育園落ちた・日本死ね」騒動の結果はこうなるかもしれない

pc043075今年の流行語大賞で「保育園落ちた日本死ね」という、いち女性の自らのブログでのつぶやきが一瞬にして日本中で話題になった。実際、待機児童問題は日本では深刻な問題となっており、それをかなりきつい言葉で表現したもののように見受けられた。それを民進党の議員が国会で取り上げ、社会福祉の充実を訴えたので、さらに話題となった。

この言葉の中の怨嗟に近い状況を表現するのに、日本の政府に対する激越で攻撃的ともとれる「日本死ね」という言葉が問題にされたが、実際のところ大きな問題はこの言葉そのものではなく、この言葉をいち女性に言わせるものがなんなのか、ということだ。

日本国民のこの言葉への答えは、おそらくかんたんなものになるだろう。「子供を産むのはあきらめよう」である。

既に過去のようにBirth Controlが自由にできない時代ではなくなった。人が人を産む。そのメカニズムも多く公になっていて、無知も大きく減った。いま、私達は過去とは違う、そういう時代にいるのだから、この時代にこの言葉が大きく騒がれれば騒がれるほど、この流れは当然主流になっていくことだろう。

日本の政府のみならず日本の国民のかなりの部分は、減っていく日本の人口に危機感を持っており「子供は増やす必要がある」というたけではなく「女性も(男)社会で活躍すべきだ」という方策が多くのところで取られている中、この「騒動」は、日本国民の多くの部分には「女性は自ら働くのみならず、子供を作って日本の国に貢献したいが、実際に子供を作ると困難が多く、少しでも文句を言えばバッシングも受けることになる」となれば、「子供は作らないほうがよい」ということにどうしてもならざるを得ない。悩みや困難の種は最初から作らないにこしたことはないからだ。

この騒動の行き着く先。それは本当の少子化にならざるを得ないのではないか?。

実際のところ「少子化で景気が悪くなる」のではなく「景気が悪くなると子供が減る」という因果の関係は逆転することはない。最初に必要なのは景気対策であって、その副作用として「人口増」が始まるのだ。しかし、この世界的不況の中、日本だけが勝つ、というシナリオは考えにくい。これからの日本はどうやって穏やかに下り坂を生きていくか、ということに、専念せざるを得ないのではないか?

「根性論」は表向きだが、それでなにかが動くかというと、社会の大きな流れは変えられないのではないか、と私は思っている。苦しい時期をいかに身を寄せ合って生きていくか。そこにこそ、日本という国のこれからがかかっている、というように、私は思うのだが。

 


WELQ問題は日本のネット企業の終わりの始まりか?

img_1169ネット企業・DeNAの「Welq/薬事法違反かもしれない記事の公表一時停止と洗い直し」事件は歴史の流れで言うと現在のネット企業群の「終わりの始まり」に起きた事件なのかもしれない、と私は思っている。

もともと、DeNAなどのネット企業群、古株としてはYahoo!などもあるわけだが、これらの企業の多くは「ビジネスモデル」という、いわば「売り方」のバリエーションとして、そういうサービスを展開する場としてネットを捉えているものが多く、テクノロジーはその脇役と考えているのではないか?

結果として、日本のネット企業は、テクノロジー社会を動かす場ではなく、アダルトや物販などの「即カネになる」ものの「草刈り場」と化しているのが実態、と私は思うからだ。じっさい、そこにいる方々とお話をしたことがあるが、テクノロジーよりもお金に興味が在る人が多すぎて(それが多いのは悪いことではないが、多すぎるのではないか、と私は思う)、なりふり構わないそのやりかたは危ないのではないか?と疑問を持たざるを得ない商売のしかたをしている人も見かけたことがある。

実際、これらの企業群のやっていることや実際に利益を上げている事業は、どれも泥臭く、手垢のついたものばかりで、これが日本経済全体に大きな影響を今後も長いあいだに与え続けられるとは、私は思えない。

そういうことだから、DeNAの今回の「事件」は、「日本のネット企業の終わりの始まり」を象徴する事件になる可能性があるのじゃないか?と私は考えている。