対話型のプログラムでの「日本語訳」はこうする

人間と対話する形式のプログラミングのとき、人間に働きかけるメッセージが必要なときが多々あります。

英語の表現では、

〜の入力は空白ではいけません」とか「〜の入力は数字のみ受け付けます」

といういうのがあるわけですが、これを日本語で表現するときは

「〜を入力してください」、「〜は数字を入れてください」というようにします。

元の表現は、「自分の頭で考えてなんとかしてね」という言い方です。日本人のほとんどは「(小さなことまで)自分の頭で考え、自分が考えたことを自分の責任で実行する」ことが苦手なので、そのままの直訳では、その質問を投げかけられたほうは「戸惑う」のです。

「XXはだめです」→「ではどうしたらいいか(自分で考えて答えを出す)」→「(自分の責任で)実行する」

という思考回路が、米国人などにはあります。その思考回路を誘導するようにメッセージができています。しかし、日本人の多くの人はこういうメッセージを投げられても戸惑うばかりで、「なにを自分はしたらいいのか?」がわかりません。ですから、日本人にとって、「直訳」は「なぞかけ」のように見える。「じゃ、どうしたらいいんだ?」まで書かないと、自分がなにをすればいいかがわからないのです。だから、そういうメッセージは直訳せず、日本人の現状にあわせて、「自分はなにをすべきか」まで書かないといけないのです。つまり日本人のほとんどの人の思考回路にあわせると、こういうシステムからのメッセージの訳し方も変える必要があります。

つまり、

「パスワードは空白は使えません」

という元のメッセージは、

「パスワードを入れてください」

というように日本語訳します。

前者のメッセージでは

「空白のパスワードが使えないから、どうしたらいいか?」→「なにかパスワードを入れなければならない」→「なにかのパスワードを考えて入れる」

という思考回路になります。つまり「自分の頭で考える」思考回路が自然に動くことが前提のメッセージなのです。そのように頭が働かないと先に進みません。これは、そういう訓練が、普段からされている人に対するメッセージです。

後者は、

「パスワードを入れてください」

という「絶対の命令」で、言われないと、自分が何をしたらいいか、が自分で決めらない人に対するメッセージです。

そこに前記のような「ではどうしたらいいか」を自分で考える思考回路が働く余地はありません。自分の頭で物事を考える訓練がされていないことが多い日本人の場合「余地の無い命令」でないと「伝わらない」のです。

たかがプログラムのメッセージです。プログラムのメッセージを変えるのは簡単です。しかし、世の中の文化を変えるのはかなり大変です。だから、この場合は、プログラムのメッセージのほうを日本人にあわせて変えるのです。本当にそれが良いことであるかどうか、は別の問題です。しかし、プログラムを組む人間は、常に「文化の違い」を考えて、プログラムのメッセージを考えることは必要です。繰り返しますが、どちらがより望ましいか、は、別の問題です。

コミュニケーションというのは、文化です。文化が違えば、コミュニケーションのかたちも変わります。対話型のプログラムを組むときとか、英語のプログラムを日本語に直すときときなど、参考にしてください。

 


サイバー戦争が始まった(32) 開戦前夜のフィッシングメール

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

「あれ?」

アキラはおかしなメールを受け取った。メールには、某巨大動画サイトの有料動画への支払い完了の通知、とあった。見れば、既にクレジットカードでの108円の支払いが済んでいる、と書いてあるものの、アキラはその動画サイトに行ったことさえない。おかしいな?と思って文面を追っていると、文面中に「ご質問はここをクリックしてください」というリンクが貼られている。そのリンクをクリックすると、

「404 Page not found.」

の表示があった。そのとき、アキラは気がついた。

「あ、これはまずいかもしれない」

よく聞く「フィッシング詐欺」のメールだ。おそらく、このリンクをクリックすると、銀行口座情報などの個人情報が抜き取られる仕組みに違いない。アキラは、そのメールのリンクをクリックすることなく、そのメールの文面を閉じた。そして、ネットで検索すると、出て来る出て来る。「弊社を語ったフィッシング詐欺メールを確認しました」と、その巨大動画サイトの案内には出ている。

アキラはすぐにそのリンク先のURLになにがあるのかを調べ始めた。URLのリンク先は、他のページに誘導され、どうやらそのページからアクセスしているPCになんらかのプログラムをダウンロードするようになっている、というところはわかった。しかも、そのプログラムをインストールすると、次回のPCの起動時にそのプログラムが起動されるようになっていた。単なる個人情報を横取りのためのプログラムではない。なにかが裏側で動くことを期待している、そいうプログラムだ。試しに、通常のPCとは違うOSとCPUで動いている端末でそのプログラムをダウンロードして、調べて見た。アキラがそこまで調べたとき、彼はネットのセキュリティ情報速報のサイトに、このことを書き始めた。

「某巨大動画サイトの有料課金のお知らせメールがランダムに出回っているようです。メール中のリンクは一切クリックしないでください。メールの真の発信元は台湾です。日本国内ではありません。」

アキラは自宅のPCで、実験用にウィルスなどに感染させる専用のPC、いわゆる「ハニーポット」を作って、そのPCに件のリンク先のプログラムを「感染」させてみた。何事も起こらず、ウィルスやスパイウエアの振る舞いを検知するサンドボックスではなんの動きも見られなかった。そのため、ハニーポットとなったPCを接続したままにして数日が立った。こういう悪意のあるプログラムは、その場では動かず、常にじっとしていて、何かのきっかけで不正な動作を行う、ということがあるからだ。

そして3日め。

仕掛けておいたサンドボックスが動き始めた。そして、アラームを発して、PCの動きを止めた。ログを分析すると、外部からのコネクションなどいくつかのきっかけでそのプログラムは動く。そしてある特定のIPアドレスへのDoS(サービス不能)攻撃を仕掛けるようになっていた。そのIPアドレスを調べると、あるクラウドのサーバーの中にある、あるサイトを攻撃するようになっていた。これが日本中で動き始めると、かなり多くの「攻撃」がこの同一のサーバーめがけて行われる。結果として、そのクラウドのサーバーは使えないことになる。

ここまで調べたところで、アキラはこの件をIPAに報告した。

そんなことがあって数日後。C国と日本は極度の緊張状態にあった。そのとき、潜んでいた「それ」が動き出した。なにがトリガーになったのか?はまだわからない。ファイア・ウォールの中だから、外部からのコントロールとは考えにくい。おそらく、ニュースサイトの閲覧などでC国と日本の開戦が伝えられ、そのニュースのキーワードがトリガーになっているようだった。

「始まったな」
「攻撃の最初はNHKのニュースが流れ、それがネットに乗った8月1日の午前2時。臨時ニュースでしたが、かなり多くのPCの電源が入っていまして、自衛隊のサイトは既にDoS攻撃で潰されました。現在、政府機関のサイトが軒並み攻撃を受けていますが、国内からの攻撃で、かつランダムなので、日本全国のインターネットが停止したのと全く同じです」

警視庁のサイバー犯罪対策部署は、為す術がなかった。いや、それは警察だけではなく、自衛隊はじめ、ほとんどの政府機関は同じだった。

 


サイバー戦争が始まった(31) クラウド略奪

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

このところのPCでは、なんでもクラウドである。OS自身が既にクラウドなしでは動かない構造になっており、クラウドそのものを使わないとしても、起動時などの適当なタイミングでサーバーと通信して、ライセンスの確認をしたりしている。また、Officeなどのよく使われるソフトウエアでも、クラウドが前提で動いている。つまり、全てのPCは「Connected」であることが当たり前となっている。そのため、インターネットがなんらかの理由で動かないと、PCも動かなくなったり、Officeスィートなどの重要なソフトウエアが動かなかったりする。また、一般的になってきた感のある「クラウドストレージ」は、当然、データをインターネットの向こう側にある「よくわからない場所」に置く。Officeソフトウエアの一部では、最初にソフトをインストールしたときに設定してある文書の置き場所がクラウドストレージである場合もあり、注意が必要だ。

「おい。上野、なんだかおかしい。保存しておいた機密文書の内容の一部が、どこかに漏れたんじゃないかと思うんだ」

上野に声をかけられた田島は、言った。

「なんでそう思うんだ?」
「いや、この情報サイトに載っている昨日書いたレポートの内容が、そのまま書いてあるように見えるんだ」
「どれどれ」
「ちょっと客観的に見てくれないか?思い過ごしだといけないから」

田島は上野に言われるままに、教えてもらったサイトのURLを入れてブラウザをひらいた。また、上野から社内メッセンジャーで漏洩したとおぼしきファイルを転送してもらって、しばし、その両者を見比べていた。しばらくすると、田島は「文書比較ツール」を立ち上げ、しばらくすると大声を上げた。

「おい、上野、文言の一致率85.43%。これ、明らかにパクられてる。上野の作ったものだけじゃないかもしれない。今調べる」

セキュリティの専門家の田島の仕事は早い。朝いちばんでこの会話があったのだが、翌日朝には結論が出た。やはりこの会社で使っているクラウドが誰か外部の好ましくない勢力に見られているらしい。田島が各部署の部長を緊急で集め、朝一番で開催された「情報セキュリティ緊急会議」は、今年2度めだ。最初のこの会議は、それぞれへの注意喚起のためのもので、具体的ななにかの被害があった、というものではなかったが、今回は違う。具体的な被害が確認されたのだ。

会議の冒頭で田島は言った。

「朝早くにもかかわらず、各部署の部長にお集まりいただき、また、遠隔地の支社からはインターネット会議を設定していただき、ありがとうございます。まず結論を申し上げます。本社の防衛戦略プロダクト開発室の情報が外部の権限のない何者かに閲覧され、インターネットに漏洩しております」

会場が一瞬静まったかと思うと、ざわざわと私語が始まった。各部長の中からは「またかよ」という声も聞こえた。「また」というのには理由がある。それは、数ヶ月前、この会社で作っていた航空機や防衛産業向けの部品の一部に、仕様が満たないものが含まれていたのだが、その社内での注意喚起のレポートと社内文書が外部に漏れ、社長以下取締役と実際の製造をした子会社の社長と責任者も、テレビカメラが並ぶ前で、土下座させられた、という事件があったからだ。社内と取引先だけで処理する予定であったものが、公にされ、会社の株価に大きな影響を与えたため、株主のかなり多くが出資をとりやめた、という「事件」があったのだ。これも情報漏えいといえばそうなのだが、情報漏えいの元は追求されず、会社の製造体制の見直しなどを経産省などからも強く指導されるなどのことがあり、逆に言えばその話が大きくなったために、情報漏えいの部分は隠れてしまった。

田島はその事件のとき

「これじゃぁ、だめだな。情報漏えいのほうはきっとこれから大きな事件に発展する可能性がある」

と言っていたのを上野は聞いていた。

会議で田島は続けた。

「昨日調査したところでは、各部署で使っているPCに接続されている、OSメーカーの特別な取引で使っている、当社独自のクラウドサーバーからの情報漏えいである、ということがわかりました。OSメーカーからクラウドのアクセスログを詳細に検討したところ、明らかに弊社以外のところからのアクセスが頻繁にあったことが確認され、それはC国からのものである、ということも大方わかってまいりました」

C国は、日本と敵対関係にあり、そろそろ開戦の噂もあるところだ。そのため、会場の部長たちは、今度は一瞬ざわついたが、すぐに静かになった。経営企画部長が口を開いた。

「田島くん。これは、C国から我が国への攻撃、と考えてよいのかね?」

田島は重々しく答えた。

「様々なご意見があることは承知しておりますが、そう考えるのが妥当である、と、わたしは思います」

会場はさらに静かになり、水を打ったようになった。その沈黙を破るように、田島が続けた。

「当社はOSメーカーから、特別にクラウドシステムを得ており、その中の情報は外部の人間が閲覧できないように、ライセンス文書を特別に交わしております。この厳しさにつきましては、OSメーカーでも同じです。また、クラウドのデータはインターネット上を通るため、社内のどこか隠れたところでデータの流れを見られては意味がないので、PCから出るデータは全て当社独自の暗号化システムを通してインターネットを通るため、まず閲覧は不可能、という体制を整えております。また、皆様にありましては、部署ごとにクラウドシステムのパスワードを毎週変更し、新パスワードはわたしが口頭で各部署の部長の間を走り回ってお知らせするようにしていますので、私も毎週、支社を含めた各所に出向く、という体制も整えていただいています。紙の文書ではそれが外部に漏洩されてもどこにどういう経路で漏洩されたかがわからず、また、電子文書ではその電子文書そのものを暗号化するなどしてもそれが破られる可能性があるからです。私もずっと考えていましたが、どこで漏洩が起きたのか、調べて見ると、おそらくはそのパスワードが漏洩した、ということのようです。情報システム・セキュリティ担当としては、まさに慙愧の念に耐えません」

そこまで一気に田島が話すと、彼は一呼吸置いてからさらに話をした。

「とりあえず、せっかく皆様お集まりいただいたので、ここで新たなパスワードを皆様に申し上げます。では、上野くん、テレビ電話を切ってください。テレビ電話のデータ通信が傍受されている可能性もありますから。なお、地方の支社につきましては、私がこれから全国を回り、私の頭の中にある新パスワードを配布して回ります。くれぐれも、パスワードの漏洩はないようにお願いいたします。では、テレビ会議を切ってください。また、各部長にありましては、これから申し上げるパスワードは、皆様の頭の中にだけ記録し、メモ等は一切取らないようにお願いをいたします。これは、今までやってきたことと同じですが」

そういうと、上野によってテレビ会議システムの電源が切られ、テレビ会議に表示されていた支社の画面が真っ黒になった。音声も切れた。田島は新たなパスワードをその会議室にいる口頭で各部長に伝えた。田島は続けて言った。

「では、私はこれから各支社をまわり、新パスワードを配布に参ります。皆様、パスワードの管理は十分にご注意ください。これが当社の行末を決める、重要な問題となる可能性は十分にあるのです」

会議が終わり、部長がそれぞれの部屋に帰った。田島も、自分の机に戻った。

ふと、田島は自分の机の横、上野と自分の間を隔てているオフィスの柱を見た。その柱は、オフィスのちょうど真ん中にあって、掲示板代わりに使われていた。そこには黄色で大きめのポストイットにこう書いてあった。

「パスワードが以下に変更されました:XXXXX」

その柱に貼り付けてあるメモなどの全ての情報は、オフィスの外の隣のビルから窓越しに見える場所にあった。田島は席に戻ると、その柱の下の自分の席で頭を抱えたのは言うまでもない。

 


中国「一帯一路」の未来

やっと最近、日本でも中国の「一帯一路(Belt and Road)」が騒がれ始めているが、現在はすでに台湾や韓国などの中国の周辺地域では大きな期待がバブルになりそうな気配である。米国も日本もこの流れに乗りたい、ということを考えるのは、その経済規模を見ると納得できる。トランプと前後して経団連が中国に行き、日本政府もやっと一帯一路に目を向け始めた。

ここで、周辺国での杞憂は「北朝鮮」であるように見える。「もしも」の話だが、あの地域が「開放」されると、大陸中国とロシアと韓国が米国の傘下にある地域の陸路で接続。韓国がアジアの大きな十字路になる。当然、日本にも大きなメリットが出てくる。しかし、閉じたままであれば、一帯一路の恩恵は日本まで来ない可能性が高い。

とは言うものの、北朝鮮という地域の政府は世界に向かって閉じているわけではない。Wikipediaによれば、北朝鮮の現在の政府は世界の百数十の国と国交を持っている。孤立している、ということがよく言われるが、どうもそういうことではないらしい。むしろ、日本、米国、休戦中の韓国など以外の国の多くが国交を持っている、という感じがある。少なくとも「孤立している」という表現は正しくないのではいか?と思えるのだが。そして、この北朝鮮という地域は、大陸中国、ロシアという大きな地域とも、また、日本ともつながる要衝の1つになり、当然、一帯一路ではそれなりに重要な役目を負う地域となるように見える。

一帯一路とは、簡単に言うと、現在の大陸中国の政府にとって、大陸中国のグローバル経済化の「答え」である。未来の「大中華帝国」の経済を支える背骨と言っていい。それは、100年を超え、1000年の計を考えたものである。

しかしながら、懸念もある。現在の経済指標から考えて、大陸中国の経済の頂点はそろそろ通り過ぎようとしているところにあるため、一帯一路は大陸中国の経済爆発の起爆剤となるか、あるいは、逆に、過去の経済繁栄のモニュメントとしてだけ残るか、という岐路に、大陸中国の経済も立っているのだ。つまり、これは壮大なるアジア・グローバリズムの最後の博打、と言ってもいいかもしれない。でも、そういう評価はおそらく、後世にされるべきものだろう。

大陸中国の政府のみならず、米国、日本、韓国を含めた地域の経済は、この「一帯一路」の将来に「賭けた」のだ。

かつての「シルクロード」は、シルクのみならず、香料や衣類、などなどの様々な「もの」が、その道を通ったが今は廃れてしまった。なぜ廃れたのかというと、当時そこを通って交易の対象となっていた「モノ」が、遠く地域を超えて流通する必然がなくなったからだ。シルクは工業製品として化学工場で作られる化学繊維ものになり、世界にその生産拠点を分散した。香料も様々な物品も同じだ。同じようなものの大量生産・大量消費の時代になり「希少品」の価値を持つものが減った。流通も人の流れも「量」は船、スピードは「飛行機」に取って代わられ、陸路のメリットが大きくなくなった。消費側にとっては、遠隔地のものを高いお金を出して買うメリットが激減したのだ。それがシルクロードの価値を一気に下げた。

もともと、現代の「産業」とは、大量に同じものを作って売る、というしくみで巨大な富を生産者に集中させる、というものである。「富の象徴としての製品」は、大量に作られ大量に消費されるようになると「富の象徴」ではなくなる。どこにでもある当たり前のものになれば、当然そうなる。

遠く地域を超えてモノが流通する必要がなくなる、というのは、よくあることだ。必要を満たすためには「お金」がかかる。だから、必要を満たすためのお金がペイしないものと感じられれば、そういうお金を出す人はいなくなる。もっと安い流通経路があれば、そちらが使われる。そうやって、シルクロードの需要は一つ一つ消えていき、シルクロードは砂漠の中に埋もれていった。

この「旧シルクロードがなぜ廃れたか」を考えることが、「一帯一路」の将来を成功に導く鍵となるだろう。そこを通るものはなにか?それを考えることが必要になる。

 


サイバー戦争が始まった(30) スマート・スピーカー

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

「ただいま」

ぼくが自宅に戻って、最初に発する言葉だ。ありきたりの、帰宅の挨拶だ。

「おかえりなさい」

そう応えるのは、妻ではない。子供でもない。親でもない。ぼくは独身だ。これは先日、ネット通販で買ったスマートスピーカーが応答しているのだ。そのスマートスピーカーに、話しかける。

「静かだね。今日のニュースで面白いものはなかったかい?」
「C国のサイバー部隊が、日本に向けてサイバー攻撃をしかけていて、A銀行が今日一日、業務が止まっていた、というニュースがありました」
「今日は銀行でキャッシュが下ろせなかったんだが、その影響か」
「マサトさんが使っている銀行は、A銀行でしたよね。そうだと思います。今日現在の残高は。。。。」
「その情報はいらないよ。残高が少なすぎて滅入ってくるから。あぁ、そういえば、今日はぼくのSuicaに残高足りなくてね。明日はちょっとだけ遠出の予定だから、今夜のうちに、1万円をチャージしておいてくれないかな?」
「わかりました。明日は宇都宮ですね」
「ご近所のニュースはあるかい?あ、それと今から風呂に入りたいから、風呂の用意をお願い」

突然、風呂場のほうで「ガチャ!」という音が数回して、「シャー!」という湯船にお湯を入れる音がした。

「マサトさん、このマンションの前で子猫が3匹、捨てられていたんですが、お隣のおじょうちゃんがそれを拾って、いま、家に入れています」
「良くそんなことまでわかるな」
「お隣も、同じスマートスピーカーを入れましたからね。お互いに情報交換しているんです。お互い、必要のないプライバシーまでは聞きませんがね」
「なるほどね。で、風呂が入るまで、なんか緩い音楽を聞かせてくれないかな?」
「これなんかどうですか?イージーリスニング系だと、最近はこの曲が流行ってます。ジャンルはスムーズ・ジャズですね」
「いいね。このまま流して、この曲が終わったら、同じアルバムの曲を続けて」

マサトは流れる音楽に身を委ねつつ、今日一日起きたことと、明日の予定を調べていた。明日は宇都宮まで近距離の出張だが、駅を降りた先はバスかタクシーか?を調べていた。すると、スマートスピーカーがなにか言っている。

「マサトさん、お風呂が入りました。音楽は流したままにしておきますか?」
「ああ、そのままでいいよ。いい雰囲気の音楽だ。。。。と、部屋の鍵をかけ忘れていた。かけといてくれないか?」

すると、部屋の玄関の鍵が「ガチャ!」と音を立てて、動いた。施錠されたのだ。

「じゃぁ、風呂に入ってくる。そのあいだ、掃除ロボットで掃除をしておいてくれないか?」
「夕ごはんは食べて来たんですよね?」
「あぁ、大学時代の友人と一杯やってきた」
「スマホの記録にありますね。新宿のあのお店ですか」
「わかってるだろ?」
「もちろん」

風呂から出ると、猛烈な眠気に襲われ、ベッドに横になった。

「すまん。もう眠くて動けない。照明を消してくれ」
「わかりました」

照明が消え、音楽も消えて、沈黙の中、マサトは深い眠りについた。何時間たっただろうか?部屋のカーテンを閉め忘れたので、朝日が部屋にもろに入ってきて、その明るさで目が覚めたが、まだ6時前だ。ぼくの身体の動きを察知して、スマートスピーカーが喋った。朝早いが、マンションの隣の部屋では、昨日捨てられていた猫たちが朝ごはんらしい。やたらとニャーニャー声が聞こえてくる。

「おはようございます」
「まだ起きる時間じゃないだろう。今日は宇都宮にお昼にいけばいいから、まだ寝たい」
「わかりました。あと2時間は寝られます。2時間したら起こしますね」
「よろしくな」

マサトはまた深い眠りに落ちた。


まぁ、マサトとスマートスピーカーは毎日、こんなやり取りをしているのだった。そして、ある日、ふと思い立って、帰宅したマサトは寝る前に、昔、母親が自分にしてくれたように、本の読み聞かせをお願いしてみた。

「そろそろ寝るが、今日はなかなか大変で寝付けないから、なにか本を読んでくれないか?」
「わかりました。どんな本がいいですか?」
「なんでもいいが、平和な気持ちになるのがいいな」

スマートスピーカーは、フリーになった本棚から、戦争と平和の話、などを選んでマサトに聞かせた。あまり聞いたことのない話だったが、面白く心も安らかになる話だったので、聞き入っているうちに寝てしまい、気がつけば朝だった。そんな日が幾日も続いた。スマートスピーカーの「朗読」は、貧しい子供らの話になり、特に平和を訴えるものが増えてきた。やがて、数日すると、その話がだんだん変わってきて、なぜ貧しい子どもたちが増えたのか、とか、社会正義の話になって、それに関する法律などの話や、そういう法律がいつ、なぜできたのか?などの話になってきた。さらに話が続くと、今度は政府批判の話などが時折入るようになり、やがて政府批判一辺倒の物語ばかりになった。だんだんと話が進んできたので、マサトには、「マッチ売りの少女」の話が、「政府批判の話」になっても、不自然さはなかった。やがて、マサトはそのスマートスピーカーが話すままに、都内で行われている政府の批判の集会にも出向くようになった。さらに時間がたつと、気がつけば、マサトは立派な「活動家」になっていた。会社もやめた。マサトは政治集会から帰ると、スマートスピーカーに語りかけた。

「なんだか、ぼくは君に導かれてきたみたいだな」
「どういたしまして。で、明日の予定は?」
「いよいよ、地下活動も終盤だ。明日はそこにあるモノを首相官邸の地下の地下鉄駅に置いてくることになった」
「無事を祈りますよ」
「大丈夫だ」

既にマサトの部屋は過激な政治活動家の部屋になっており、彼はそこで爆弾の製造なども行っていた。マンションのとなりの部屋の猫がうるさく鳴いているのが聞こえる。静かな部屋にその声だけが響く。


「臨時ニュースを申し上げます。本日午後2時ごろ、首相官邸の地下で、何者かが仕掛けた爆弾での爆発があり、首相官邸そのものは無事だったものの、周囲に高い放射線量が記録され、警察は厳戒体制を敷いており、周囲は通行禁止の措置が取られています。赤坂見附から永田町に向かう道は閉鎖されておりますので、そこを通行することは現在できません。封鎖解除は明日朝になる予定とのことです。なお、首相は外遊から帰るところでしたが、空港から官邸に向かう途中で予定が入り、議員会館を経由したため、爆発時には官邸におらず、無事でした。爆弾を仕掛けた容疑者は現在逃走中ですが、警察によりますと、監視カメラの映像から、中川正人、28歳。飯田橋在住で、現在無職、元会社員、と判明しています。容疑者の顔写真をお見せします。この顔を見かけましたら、すぐに最寄りの警察署に通報をしてください」

後日、スマートスピーカーに繋がる人工知能に日本のC国に繋がると言われている反政府勢力からのハッキングがあったことがわかった。そこで、語りなどを通して、個人を洗脳していくプログラムが稼働しており、物語や音楽などを通して、ゆっくりと、自然に人間を「洗脳」していっているのだった。マサトはその最初の犠牲者で、本人の自覚がないうちに、テロリストになるよう、教育されていたのだ。

 


サイバー戦争が始まった(29) 爆撃

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

「おい、ジョー、命令書が来た。これを2分で読んで頭に入れておけ」
「OK。シン。2分後に声をかけてくれ。集中する」
「ジョー、おれも2分必要だ。タイマーをかける」
「シン、そのくらは自分の腹時計でわかってくれないと困るね」
「ジョー、そうだな。じゃ」

そう言うと、二人は2cmほどの厚さのある命令書に目を通すことに集中した。二人のコックピットは隣同士。さっき夕飯で買ってきたマクドナルドのフィレオフィッシュセットのコーヒーを片手に二人は命令書に集中した。2分がたつと、ジョーが話をはじめた。

「あと5分で出撃だ」
「まさか、ドッグファイト、なんてことはあるまいね」
「ターゲットはモスクの近くにある8階建てのビルだ。そこにいま、テロリストグループが集まっている。そこを狙うんだ」
「命令書にはそんなこと書いてないぞ」
「当たり前だ。ぼくらはただの戦闘員だからな」
「じゃ、なんで知ってるんだ?」
「今日は少し早く来て、朝めしを食堂で食べてた。ときどきはちゃんと野菜もとらないとね、ってさ。そしたら、後ろの席で司令とかが話しているのが聞こえたんだ」
「なんだ。しかし、地図を見るとターゲット近くに小児病院もあるな。これはしっかり避けないと、国際問題になる」
「それも命令書に書いてあるだろ」
「ああ。書いてあった」
「データのロードが完了したようだ。じゃ、いくか」
「おう」

ジョーとシンはコックピットの前の大きなディスプレイの横にある「START」のボタンを押した。機の離陸と着陸は、完全な人工知能による自動操縦だ。特に難しいことはない。基地に帰還するときも「Return to Home」のボタンを押せば、自動的に基地に向かって飛んでいき、自動的に着陸する。当然だが、攻撃のタイミングから、途中のルートで敵機に遭遇したときの処置まで、全て自動だ。

発進すると、二人のコックピットの前の大型ディスプレイに、それぞれの機の前方からの景色が見える。おしゃべりなジョーが言う。

「いい天気だなぁ。この土地はいつもこんな感じなのかな?」
「おい、シン。飛行データがおかしいんじゃないか?低空を飛びすぎてるように思うんだが」
「命令書には超低空と書いてあった。データ通りだと思うよ」

「ルート通りの安定飛行に移った」
「おう」

会話の途中で、シンのディスプレイが真っ白になって動かなくなった。シンが喋った。

「おい、やられたらしい。お前も気をつけろよ。ちょっとまたマクドナルドでコーヒーを買ってくる」
「いってらっしゃい〜。しかし、気をつけろと言われても、全自動操縦だしな。俺はどうしたらいいんだ?」
「運を祈ってるだけさ」

シンはコックピットのある移動コンテナの外に出た。ネバダの砂漠だ。いい天気なのだが、暑すぎる。基地の端っこにあるマクドナルドまで走って、ジョーのぶんのコーヒーも買って、またコンテナの中のコックピットに戻った。シンが基地のマクドナルドでコーヒーを買って帰ってくると、ジョーはちょうどターゲットに一発かます直前だった。シンはジョーに言った。

「お前のぶんも買ってきたよ」

ジョーはターゲット目前で集中していた。ジョーがひとりごとを言った。

「ターゲット補足。ファイア!」

それを見たシンが言う。

「なんだよ。全自動なんだから、あんたがミサイル発射ボタンを押すわけじゃないだろう。なにやってんだ」
「気分を出しただけさ。。。。。ほら、映像を見ると、ターゲット破壊完了だ。やったね」
「おまえがやったわけじゃないだろう」
「うるせぇな。気分出したかっただけだ」
「わかったよ」
「Return to Home、だ。ボタン押すぞ」
「おめでとう」

音速の数倍の速度で飛ぶ完全無人機は、人工知能システムに無線でつながれている。ターゲットは中東のどこかだが、ジョーとシンには知らされていない場所だ。ジョーとシンは、爆撃機の操縦士というよりも、ボタンを押すオペレーターだ。彼ら二人が居るのは、ネバダの砂漠の真ん中にある空軍基地。ここでのオペレーションは、無線で衛星通信回線を通して、空軍のデータセンターの中にある人工知能システムに接続され、人工知能が実際の無人の超高速爆撃機を操縦する。それは現地の基地から発進し、ターゲットに実際の爆撃を行う。

その一部始終は全て記録され、ジョーとシンのところには結果だけがわかる。全てのデータは司令に行くので、ジョーとシンは、報告書も出さなくていい。ボタンを押すだけだ。しばらくしたら、今度はシンがジョーに言った。

「おい、交代の時間だ。今日はこれからなにをする?」
「家に帰って家庭サービスだよ」
「なんだ、俺と同じか」

二人はコンテナの中で、次の時間帯の2人の爆撃機操縦士に引き継ぎを行い、コンテナを出て、基地内にあるそれぞれの家に向かった。まだ太陽は高い。ネバダの砂漠の暑さが身にしみる。夏はサマータイムで動いているから、時計は午後5時だが、実際には午後4時なのだ。


次の日、ジョーがまたコンテナに「出勤」したら、コンテナの前に、寂しそうにしているシンがいた。

「おい、シン、もう勤務時間近いぞ。中にいないといけない。そろそろ、交代要員と引き継ぎをしないとけない」
「だめだ。今は入れないよ」
「なんでだ?」
「無人爆撃機システムの人工知能がハッキングされて、今動かないそうだ。しばらくはここで待っていろ、とのことだ」

と、話をしていたら、コンテナの入り口が開いた。中から出てきたのは、見慣れた顔の前のシフトの連中ではなく、エンジニアだった。エンジニアは開口一番、言った。

「OKだ。元のミッションに戻ってくれ。ただし、くれぐれも、それぞれのスマートフォンに、操縦に入るためのパスワードを記録させておかないようにな。自分の頭で覚えろよ。新しいパスワードはこれだ」

エンジニアは新しいパスワードを早口で告げてから、続けて言った。

「君らのどちらかが、このシステムを操作するためのパスワードをスマートフォンに入れておいたんだろうね。それをまずハッキングされたんだ。つまり、パスワードを盗まれた。そして、この基地のこのコンテナにあるコンピュータから、敵が侵入した。昨日の二人のミッションのデータ・コードが全て盗まれ、その場で解析されて、敵に渡った。そして、2機のうち1機がそのデータコードの解析で攻撃を受けたんだ。あれほど、パスワードはどこかに入れておかないように、って言っておいただろう。ダメなやつだな」

エンジニアは「ダメなやつだな」というところを強調して、大きな声で言った。その声は、ネバダの砂漠の真ん中にある爆撃機の集中コントロールセンターの向こうの砂漠の砂嵐の中に消えた。エンジニアはたたみかけるように、言った。

「君らのスマートフォンを調べるから、僕に渡してくれ。明日の朝には解析して、もしハッキングされるようなところがあれば、すぐに穴を塞いで、返すよ」

ジョーとシンは、エンジニアにスマートフォンを渡した。シンが言った。

「女房と子供の写真が入ってるんだ。それだけは消さないようにな」
「わかったよ。大丈夫だ」

エンジニアは微笑むと、二台のスマートフォンをショルダーバッグに入れて、基地から出ていくクルマに乗った。

 


JUICE-NETを知ってるかい?

普段はあまりしないのだが、昔の話をする。

JUNETとともに、日本のUNIXネットワークを一緒に作ってきた「JUICE-NET」。JUNETが学術の分野でのUNIXネットワークの嚆矢であるとすると、JUICE-NETは民間でのそれであった。私も少しだけだが、会長をしたこともあった。村井純先生には、顧問をお願いした。そのJUICE-NETの初期のメンバーの池田浩隆さんの訃報を知ったのは、不覚にも、さっき届いた「喪中はがき」によって、だった。読めば73歳、とある。まだ若い。まだまだ。いや、事実はしょうがない。あの静かな微笑みで「ぼくは化学屋なんですよね」という、あの言葉が、もう聞けない。真面目で静かな、日本の技術者。そのままの人だった。

当時、村井純先生を中心に、JUNETができた、というのは、ぼくらも聞いていた。学術系の人たちを中心に、TCP/IPのネットワークが標準でUNIXが走るマシンについていなかった時代、uucp(UNIX – UNIX – copy)というファイル転送のシステムを使って、メールなどのやりとりを国をまたいで行うことができた。通信の物理層は電話回線につなげたモデムだ。最初は300bpsという速度がいいところだったが、そのスピードは米国CTSのモデムで2400bpsに上がった。その後、9600bpsのモデムが十万円から数十万円で手に入るようになり、みんなそれを使い出した。私の最初のUNIXマシンは、Tandy RadioShackのTRS-80 model16Bという、I/OプロセッサにZ80、メインのCPUにモトローラの68000を使ったものを使っていた。当時の価格で150万円。小さなクルマが一台買えた。中を開けて見ると、要するにZ80のメインボードに68000のCPUボードが刺さっていた。これに載っていたUNIXはXENIX。これはMicrosoft社のUNIXだった。HDDは数十メガバイトしかなく、メモリは1GBなかった。フロッピーディスクドライブがついていたが、大きさは8インチ。HDDも8インチだった。

その後、あこがれのSunのワークステーション、Sun3/60の白黒画面のモデルを手に入れ、Trail Blazerという9600bpsが出せる音声モデムを購入し、ネットワークに使った。当時、やっとSun4/SPARC Stationが出ていたが、ftpなどの基本ソフトもまともに動かなかったので、仕方なく、Sun3にした覚えがある。Sun3は当時300万円、モデムは30万円近かった。新品をローンで買ったのだが、ローンが終わったその日、しっかり壊れたのを思い出す。Sunの時代が終わると、そろそろ無料のOS、Linuxが出てきた時代になった。Sunは会社もなくなり、時代は変わった。

池田さんも、ぼくと一緒で、XENIXの走るTRS-80 Model 16Bを使っていて、それで仲間になった。ご冥福をお祈りする、というのが通常なのだろうが、いまだに、どこかでひょっこりとお会いするのかもしれない、と、思って、まださよならを言いたくない、自分がいる。

日本のUNIXネットワークを作ってきたのはぼくらである。池田さん、やすらかにお眠りください。