最近のスマホとかPCとかは「電池を自分で取り替えられない」。

最近のスマホやPCは、良く見ると電池を、自分で、工具なしで、取り外しができるモデルが非常に少なくなった。PCやスマホの出来を昔から眺めて来ているのだが、これは主に以下の理由による。

  1. 薄く軽いモデルが好まれているので、電池の取り外しの機構などは薄型化の邪魔になる。
  2. できるだけ製造原価を抑えるため、電池の取り外しのための機構を省略する。
  3. 電池を利用者が取り替えられる「消耗品」ではなく、利用者が取り替えられない「部品」と位置付けることによって、保守代金をメーカーが公然と取ることができる。

要するに「電池の部品化」が始まっているのだ。主に、最初の理由が大きいのだろうとは思うが、「電池の部品化」は、利用者にとって以下の問題を起こす。

  1. 電池の寿命が来ただけで「修理」に出さなければならない。
    「修理」となれば、高額な修理費用が必要になる。
  2. 複数の電池を持って歩き、交換しつつ、運用することができない。
    →一日外に出ている営業マンなどは途中で電池がなくなったら、あらかじめ充電しておいたもう1つの電池と交換したい、ということができなくなった。

さらに、この裏には以下の事情がある。

  1. 電池の耐久性や単位体積あたりの容量が大きくなったので、電池がなくなったので取り替える、という需要が減った。
  2. なによりもコストダウンに貢献する。

私としては、例えばスマホなら、自分で工具なしで取り替えられるほうが良いので、未だに古いモデルのPCやスマホを使っている。最近はそういうスマホが減ってきたので、所有している一部のスマホは電池内蔵のものになってしまったのは、非常に残念だ。

 


 

インターネットの病巣「誹謗中傷」

このところ、というか、かなり前からなんだが、大きな問題になっているのが「ネット上の匿名での誹謗中傷」である。先日もマスコミで名前が売れた大渕愛子弁護士の第三子出産をめぐって、誹謗中傷があったらしく、大淵弁護士は訴訟も考えている、と報道されている

私は日本にインターネットを持ってきた、その一部を担った。「インターネットってなに?」なんて、多くの人に言われていた時代、ITという言葉が出てくる前からこの世界に関わってきたが、インターネット以前の「パソコン通信」と言っていた時代から、この手の「誹謗中傷」は非常に多かった。日本だけでなく、多くの国で「ネット上での匿名の誹謗中傷」は実は多く、ちょっとだけでも、ある世界で名前が世の中に知られると、その発言の一言半句が過大に取り上げられるなどの手法で、誹謗中傷が行われるのは、もはや日常になった、と言っていい。

このバッシングの手法は比較的簡単だ。「鉛筆を芯の側から正面に見ると、黒くて丸い。CDやレコードも黒くて丸い。だからこの2つは同じものだ」というやり方である。そして「鉛筆も尖らせれば凶器になる。だから、包丁と同じだ」という「(他人を傷つける、という)禍々しいイメージ」をこれに乗せて、誹謗中傷の道具にする。ほとんどがこのやり方だ。もちろん、こういう手法だけではなく「ウソ」をこれに混ぜる、ということも、誹謗中傷を行う犯人はやる。匿名なので、やり放題、ということもある。善意の第三者を装ってこれをやるわけだ。

人は多く心に闇を抱えている、と、インターネットの時代のはるか以前のフロイトも言う。その闇、はどこかで「開放」されることによって、その人の心の安定を得る。おそらく、これはあなたも私もみんな、大なり小なり同じである。ちょっとかそれ以上に名前が出る、自分のいる位置から遠い人間を「叩く」のは、そのリアクションを受けにくい、という事情もある。加えて、名前の売れている芸人や有名人を叩くのは、その「効果」によって、その周辺の多くの人も影響を受けやすく、「叩く側」の満足をより大きく誘うからだ。どこのものとも名前も出自も知れない人間を叩くのでは、面白くない、という事情もあるだろう。

インターネット以前の時代では、これは口から口へのローカルな口伝えで終わるため、地域ローカル、あるいは組織ローカルな「噂話」として広められるに過ぎなかった。今でも大学などの組織内では「怪文書」はあるそうだが、今はこれがインターネットで広域に広められるようになった。

そういう意味で、ネット上の誹謗中傷をまともに受け取る人は少なくなってきたものの、「有名でなければ、誹謗中傷を受けることはない」のだから、「誹謗中傷を受ける」のは、「有名になった」という証拠のようなものだ。そして、有名になればなるほど、匿名の誹謗中傷は増えていく。全くバッシングの無い有名人はいない。

「あいつだけいい思いをしやがって」という、嫉妬も、どの社会にもある。そして、嫉妬がきっかけの、こういう誹謗中傷は、ネットがあることによって、増えてきている。ネットも良いことばかりではないのは、普通の社会と同じだ。

ただ、自分がその「犯人」と同じにならないよう、気をつけたほうがいいだろう。ネットでの「匿名」は最初だけであって、実は訴訟などが起きれば、誹謗中傷の犯人の特定は十分に可能な仕組みを、各プロバイダーも整えている。というか、インターネットの仕組みが完全な匿名をできないようにしているからだ。ちょっとした嫉妬や不用意な感情に任せた発言があなたの人生を狂わせることも、これから増えていくだろう。組織の発言にしろ、個人の発言にしろ、ネット上での発言には十分に気をつけよう。


 

人のいない街

※本記事はフィクションであり、実在の団体、組織、人間とは一切の関わりはありません。

茶色いお洒落な少し天井の広い空間。ソファも座りやすい。気がつくと疲れもあって10分ほど寝込んでしまった。ここは喫茶店でもないし、居酒屋でもない。コンビニのイートイン空間。隣のコンビニで食べものや飲み物を買ってきて、ここで飲み食いができる。見れば、いつもは見かけない老夫婦が楽しそうに食事をしている。

家の中の老夫婦。夫は退職している。妻は専業主婦だ。

「あなた。暑いし、なにか食べたいから、あそこのコンビニに行きましょう。家の冷房の電気代も、もったいないわ」
「あそこ、冷房はあるけど、レストランじゃないからな。食べる場所は無いと思うよ」
「この前、改装で大きなイートインができたのよ。店員さんもいない、セルフレジ、っていうのになったのね」
「しかし、外は40度の猛暑だ、って天気予報も言ってた。暑くて外には出たくない。宅配してもらえばいいんじゃないか?」
「そうね。宅配って手もあったわね。でも私たち、まだ身体が大丈夫だし、行くのに不便はないでしょ?気晴らしに行きましょうよ」
「気晴らしか。そうだね。行ってみるか」

老夫婦が向かったのは、マンションから数分のコンビニだ。そこはセルフレジ導入済み。

「このところ、野菜が少ないから、サラダが欲しいわ。あ、この春雨のサラダにしましょう。それと飲み物は。。。。」
「なんだか、パッ、パッ、と買っていくねぇ」
「もうすぐお昼だから、並んじゃうでしょ。急がないと」
「なるほど。。。お、ビールもあるのか。ビールも頼もう。安いな。100円。居酒屋だったら350円とか言う値段だ」

老夫婦は、昼ごはんに買ったものをレジに持っていき、カウンターに置くと、レジに金額の表示がされた。その金額をカードで払うと、商品は勝手にロボットに袋に入れられ、夫婦の前に出てきた。

「簡単だなぁ」

今度は、「お父さん」が声をあげた。

「じゃ、隣のイートインスペースに行きましょう」
「ここか。すごく落ち着いていてきれいだ。まるでレストランみたいな作りだね。人も誰もいない」
「ここに座りましょう」

老夫婦が向かい合って座ったソファの席の間には、もちろんテーブルがある。夫婦はそこに今買ったものが入っている白いポリ袋を置いた。


気がつけば「人生100年時代」と言われる。日本は豊かな国でもなくなった。

老夫婦は、食事を食べ終わると、コンビニを出て、自宅に向かった。


「いつものクリーニング屋も雰囲気が変わったね。あ、あそこも人がいない。セルフレジになったのか」
「そうよ。一昨日行ったら、レジに洗濯ものを並べると、ロボットの手がにゅーっと伸びてきて、目の前であっという間に選別するの。シミ抜きが必要なものも、その場で広げてスキャナーが調べるんですよ。そして、料金が表示されて、カードで払って終わりなの。便利な世の中になったわ」
「俺がよく飲みに行く近所の居酒屋もみんなロボットになったんだ。夕方行くと、どこからともなく、いらっしゃいませ、だよ。そして、注文すると、数分で調理されたものが出てくる。最後に支払い。人の特定も、顔認識でするらしい」

二人とも、身振り手振りで、それぞれが経験した様子を楽しそうに語り合う。話は尽きない。イートインのスペースは「あまり長居しないように」という注意書きがあるが、この老夫婦を含め、多くの人たちが2時間以上そこにいた。


気がつけば、夕日がこの都心の小さな町を赤く染めていた。その夕日を見つめる老夫婦の顔も、夕日が赤く染めた。夕日の手前に東京タワーが見える。そして、なにかにハッと気がついて、夫が言った。

「なぁ、一緒にいて、もう何年になるかな。40年くらいかな。もっとかもしれないな。気がつけば、この住んでいる街は俺達と同じ老人ばかりだ。幸い、うちは介護の必要は今のところないが、必要になれば、ケアセンターに頼んで、部屋にロボットを設置してロボットケアをしてもらうことになる。お隣さんみたいにね。そして、スーパー、コンビニ、クリーニング、居酒屋。どこにも人間はいない。ぼくら老人だけがこの街で生きている人間だ。夫婦水入らず、ってのは、このことかな?しかし、若い人も子供も、若い夫婦も、この街には誰もいない。この先、この国はどうなるんだろう?」
「いくら考えてもわかりません。私達はそうするしかなかった、としか言えないわ。あぁ、でも今週の週末は介護ロボット製造会社で仕事をしている息子の夫婦が子どもたちを連れて来るって。久しぶりに休みが取れたから、って。誰もいない、ってわけじゃありませんよ」

老夫婦の顔が、夕日の中で、一瞬、緩んだ。

そんな会話をする老夫婦の前を、葬儀の自動運転車がやってきた。介護ロボットが、隣の家の老人の死を感知して呼んだのだ。介護ロボットを取り外す係員が数人、やってきて、介護ロボットを部屋の定位置から取り外し、どこかに運んで行くために、トラックに載せた。亡くなったお隣さんには、身寄りがない、と聞いている。ロボット以外、見送る者はない。そのロボットも、電源を切られ、いつもの定位置から外され、業者のトラックの上でじっとしている。悲しんでいるようにも見える。そうでないようにも見える。動かない。

「お隣の介護をされていたおじいちゃんね。亡くなったのね」

ポツリと、妻が言う。

「そのようだな。。。。明日はご近所に葬儀のお知らせが来るだろう。俺の喪服を用意しておいておくれ。ちょっとコンビニに戻って、香典袋を買ってこなきゃ。明日の葬儀には君も一緒に来るかい?」
「私は留守番をしているわ。だって。。。」
「だって、なんだい?」
「誰もいなくなる、って、寂しいことじゃない?」

その時、その街で生きている人間は、この老夫婦だけだった。

 

「巨大災害」にはLPWAが活躍する

大阪をはじめとした関西では、なんと6月18日に発生した震度5の地震の記憶も鮮やかな7月6日からの豪雨で、多くの地域の河の堤防が決壊するなど、多大な被害を出している。私は東京に住んでいるから、2011年の東日本大震災の記憶がある。これらの「大災害被災地」の地域一帯では、「交通の遮断や遅滞(公共交通機関は使えなくなる)」「インターネットなどの通信回線の切断等」「電源の喪失」は明らかに起こる。そのため、これらの地域と外部とのコミュニケーション手段は限られる。

しかしながら、時代はITの時代であり、メッセージングなどの手段がインフラともに生きていることが前提ですべてが動いているのが現代である。しかしながらその「通信手段」が断たれるのが「巨大災害」である。

こんなとき、「数kmの距離のデータ通信ができる」「消費電力が低く電池で駆動する」などの特徴を持った「LPWA(Low Power Wide Area)」は、非常に有効な通信手段となる

しかしながら、現状では日本ではLPWA網の構築は遅れており、全国レベルでの防災網はまだできていない。既に韓国ではSKテレコム社などが中心となって、韓国全土をカバーするLPWA網ができているのだが。。。。ということで、自分にもできることはないか?と考え、LPWAのハードウエアでプログラムを書く本を上梓したのだが。。。

 


 

 

「無敵の人」の増殖は避けられないのか?

最近、駅やコーヒーショップのトイレに入ると「トイレットペーパーを持っていかないでください」とか「トイレットペーパーをまるごと便器に入れて流さないでください」などの「いたずら」についての張り紙を見ることが多くなった。日本の世の中が荒んでいる感じがするし、見ていて気持ちが良いものではない。

一方で「仕事がない」「仕事に着くのが大変」という現代のアラフォー世代「ロスジェネ」は、景気の良いときは「働き盛り」と言われた年代だが、今日の日本では、いまだに仕事がない、という人が多い。中年、そして近い将来には老年になるこの世代だけでなく、日本の社会ではさらに景気の悪化とともにリストラが進み、そこに、テロをも辞さない、と言われている「無敵の人」ができる、という警告がされている。「もう自分の人生に失うものはない」と思うと、法律、世間体、自分の命までかなぐり捨てて、自分を虐げてきた社会への「復讐」を目指す集団さえできてくる可能性がある。いや、その可能性は非常に高い。

公共の場のトイレのトイレットペーパーのスペアまで全部を便器につっこみ、水を流す、というような「匿名となる迷惑行為」をすることで、今はそういう人は「無敵の人」の一歩手前ではあるものの、無敵の人、にはまだなっていない。しかし、そこから、「無敵の人・匿名ではないテロ集団」へはほんの一歩であるように見える。

新幹線の中で「誰でも良かった」と凶行を行った男がいる。そして、ITがなければ動かないこの現代の都市部では、間違いなく、匿名性が高い「サイバー犯罪」が増えて来るだろう。現在のところ日本では「無敵の人」のサイバー犯罪はあまり見えていない。むしろ、仮想通貨の横取りなどの「利益を得るための犯罪」がまだ多い。しかし、そういったサイバー犯罪でも利益が得られなくなった場合、明らかに「全く無目的・社会への復讐だけを目的にしたサイバー犯罪」もまた、これから出てくることだろう。なぜならば、IT技術者でも、それが始まる可能性が高いからだ。いま、その萌芽をあちこちに見る。

「社会福祉」「社会保障」とはそういう「無敵の人」を作らないためのものであって、それは社会全体の安定のためでもある。決して「施し」ではないのだ。昔の人は良く言ったものだ。

「情けは人のためならず」

それは、自分が利益を得られるからするのではなく、自分の経験に照らして、それを必要としている人に、それを必要としているものを持っている人が、当然のように行う必要がある、ということを言っているだけだ。それは「社会的動物」と言われる「人」の当然の義務であって、責務であって、そして、人が人として生きていくために、必要な基本であり、心の底から沸き上がってくる感情であって、それ以上でも以下でもない。

ただ、私達は人間である。だから、それを知性によって「自覚」できる。そこに、人間の人間たる基本がある。人が人としての基本を忘れ、自覚もなくなったとき、人の社会は根底から崩壊していくだろう。