「人生百年時代」の「シニアの生き方」

日本という国にここ20年間で起きた変化は、非常に大きな変化だ。

まず、高齢化社会になったこと。少子化が進んだこと。少子化は「少子化という現象」であって、「原因」ではない。つまり「原因」をきちんと議論する必要があるのに、その議論がなかなかされていない。

日本という地域の高度経済成長期は、第二次大戦後の各先進国の高度経済成長期と同じ時期に起こり「大量消費社会」ができた。エネルギーからモノまで、同じものを大量に作り、1つだけのオーダーよりも、より安い価格で同じ品質のものを手に入れ、それを豊かさであると私達は思った。例えば、某巨大自動車メーカーの作っている100万円前後の「大衆車」も、オーダーで1台だけ作れば数億円する。多くの消費者は数億円のクルマを買えない。しかし、100万円前後であれば買える。大量消費には大量生産が必要だ。現代の「産業」というのは、基本的に同じ構造を持っている。

その「大量消費」「大量生産」が限界に来た。大量生産したモノがかつてより売れない世界になった。第二次大戦後の「高度経済成長期」は終わった。

そのころ、企業戦士として特化した訓練を受け、大量生産関係の技能を持つ人間が多くできたが、そういう人が余り始めた。そして高齢化した。加えて、インターネットと物流と人流が揃って国境を非常に低いコストと時間で超えていく時代が訪れた。人間の歴史の大きな屈折点ができたのだ。時代、人の世が変化している。大きく、だ。

そんな時代には、頭の中を改造しないと生きていけない。今まで大切なものが大切なものではなくなり、今までゴミのように扱われたものが非常に重要な意味を持つように、世の中が変わった。

「シニアが元気」なのは、そういう「製造業が元気で豊かだった時代」に若い時代を過ごしたからに過ぎない。この先もシニアが元気になるには、シニア自身の頭の中を、製造業に特化した頭から、何にでも対応できる柔軟なものに変更していかなければならない。いつの時代でも、頭が柔軟でないと生き残れないのだ。