現代のITの姿

たとえば、一般に家庭でも使われている無線ルーターなどでも、その機器単独で動いているわけではないのは、このニュースを見ればわかるだろう。
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/1163527.html

このニュースを見ればわかるが「製品」は、ネット経由でどこかのサーバーに(それが日本にあるものであるとは限らない)接続され、動作確認をして本動作に入る。逆に言えば、この仕組みを通して、世界中のルーターを意図的に止めることだってできるかもしれないし、止めはしないが、そこを流れるデータが横取りされている可能性もあるし、悪意は誰にもなくても、通信先のサーバーがこのように事故で止まった場合は、その機器そのものが動かなくなる、ということもある。実際、先日のソフトバンクの大規模回線停止騒ぎは、それで起きた。

これが現代の「インターネット」であり「IT」である。相互に世界中が国境を超えてつながっている。このどこが切れても、トラブルになる。

ではインターネットに接続された、どこの機器(サーバーなど)にどういう情報が流れているのか?。実はそれはSniffer(プロトコル・アナライザー)という機器でけっこう簡単に調べることができる。あらゆる通信を、全部丸裸にして調べる機器、ソフトウエアである。現在、それは、無料で、誰でも手に入れることができる。

現代の社会はITで進歩した。お金もその中を通るし、重要な情報もその中を通る。だからこそ、サイバーセキュリティは重要になったのだ。



新年ではあるけれども

新年ではあるんだが、個人的に「喪中」なので、お祝いの言葉は控えているんだが、ここ20年以上の世界を見ると、やはり「時代の変わり」を感じるんだね。たとえば、SNSで「あけまして。。。」を言うじゃないですか。そうすると、それは誰が言っても、世間一般のけっこう多くの人が見るわけで、また、見られるわけでね。今年は特に自分が喪中であるんだが、そこにも「新年のお祝い」のメッセージは来ちゃうわけですよ。こちらとしては「コノヤロー」って思う人もいると思うんだね。ぼくは「まだ新しい仕組みと古い仕組みが齟齬をきたしているから、しょうがないかねぇ」と、思うだけなんだが。

SNSで年賀のお祝いを言うのと、個別に年賀はがきを出す、というのとは全く違うわけですね。自分の発した言葉が、誰が見ているとも限らず、わからない。だから、気軽にSNSで年始の挨拶をするのと、はがきでするのは違うってことなんだが、なかなか旧社会の感覚が抜けないから、ついついやっちゃうわけですね。

つまりさ、このところいろいろな問題が出てきているネット社会のことなんだが、こういう「旧社会のしくみ」と「新社会のしくみ」が、いま、火花をちらしているんだろうな、と思うわけですよ。そういう時代なんだね。

自動運転車が実用になったら、いや実際には実用化しそうだけれども、もう「運転手」という職業はなくなりはしないけれども、まぁ、絶滅危惧種になるわけですね。ガソリン車の常識もEVでは全く必要なくなるし、様変わりをするわけですね。フェラーリとかランボルギーニなんてのは「富の象徴」であるわけだが、これからの社会は「まだそんな骨董品使ってるの?」って言われるようになる。つまり、ウケるのは骨董品趣味の人たちの間だけだな。であれば、次の世代は移動手段はどうなるのか?ってのは、まだよくわかっていないし、一般化もしていない。でも確実に時代が変わることだけはわかる。

クルマも一例だが、宗教、政治、そういったところにも、旧社会と新社会のバトルが現在行われていて、旧社会がそれに勝利すると、その地域や人は世界から隔離された状況に置かれるんだね。ほら、昨年末に、文明を持った探検隊が、未だに外との交流を拒否している社会に入り込もうとして、殺されちゃった、って事件があったでしょ。そういうようになるんだよ。旧社会を守るとは、つまり、そういうことなんだな、というのが、わかりやすく見えるよね。だから、新社会が必ず勝利するわけじゃなく、旧社会もポツポツと社会全体の流れから置いて行かれる、というかたちで忘れられていくわけだね。それがいいことか、悪いことかは、誰もわからないんだけれども。