過去の栄光

2016年、中国は量子テクノロジーを使った暗号化システムを使った衛星を打ち上げた。量子コンピュータは、現在のコンピュータの1億倍の計算速度が理論上出ると言われており、その通りであれば、100年かかった暗号解読が1分で終わる。そうなると、現在の暗号化技術は役にたたなくなる。そのときに、必要になると言われている暗号化技術が「量子暗号技術」である。この技術は中国が最先端を行っていると思われる。

いまなにかと話題の韓国だが、多数のベンチャー企業がひしめきあい、特に中小企業を中心に政府援助が多く行われている。現地に行くと「景気が悪い」という話を聞くが、それでもGDPの成長率は数%はあり、明らかにマナス成長の日本とは一線を画している。サムソンなどの大企業は、大学生の家庭の経済事情が悪いときなどに、優先的に会社に入れるプログラムを実施しており、毎年、一流企業から大学に「所得の低い家庭の大学生を推薦してくれ」と言うお達しが、各学部の教授に回ってくる。

90歳代の首相が誕生したマレーシアでは、消費税がゼロになった。これは景気刺激のためである。国の経済を支える企業や一般庶民の経済の今後の成長が見込まれる、という。

思い出せば、1980年代までの「日本という地域」の経済は右肩上がりで、今年よりも来年が何でも良くなっていく、ということを疑う人間はいなかった。日本の産業は頂点を極め、日本で最高のものは、世界で最高のもの、というのと同義だった。だから、日本語で「最先端」も勉強できた。しかし、今は違うのだ。

この数十年前までの古い日本の「学会」「業界」が懐かしい、という人は多いに決まっている。それは日本人にとって、良い時代だったのだ。しかし、今は違うし、そういう時代が戻ってくる補償はさらさらない。「かつての日本」のままに、無意識に威張り散らすお年寄りを見るたびに、ぼくは「もうやめてください」という恥ずかしい気持ちで一杯になる。威勢を張っても、だめなものはだめなのだ。むしろ、無力な日本と日本人を自覚し、険しい道であっても、そこからすべてを始めるのが、本来の日本人の矜持と言うものではないか。空威張りの張子の虎は、一瞬で見抜かれ、恥ずかしい思いをするだけだ。

「にほんすごい」ではなく「にほんはすごくない」であり、だから「すごくなろう」でなければいけない、ということだ。それを産業界では「実業」と言うのだ。

 


 

日本では「電子マネー」のやり方を変えなければならなくなった

7payの電光石火のスピードでの「セキュリティ破綻」は、それがどんな原因であるにせよ、また、今後どんな処置が行われようと、結果として「日本のキャッシュレス少額決済」の市場を完全に葬り去った、と言っていい。使われなければ意味がない。それが日本のキャッシュレス決済で、JRグループのSuicaなどの一部のICカードを使った成功例を除き、バーコード決済系の「信頼の無さ」が日本の国民にいっぺんに嫌われてしまった。「やっぱり現金だよね」。それが多くの日本国民の偽らざる気持ちであろう、と、私は思う。

日本の通貨システムは「強固な政府」という基盤の上に成り立っている。特に日本の地域政府は、かなり以前から、そして、戦後の高度経済成長期を経てより強固なものであった。国民一人ひとりに強い影響を与える「強固な政府」があるからこそ、それまでの「現金」というものの「信用」があった。この信用の強さは、他の国や地域では見られないほどのものだ。それはそのまま、日本円の現金の「強さ」を示すものではないか、と筆者は考えている。

たとえば、日本であれば、政府与党の政敵という位置にある「日本共産党」は、それでも、日本の政府が決めた公休日には「休み」になるのが当たり前だ、と思うだろう。実際、そうなっている。しかし、諸外国ではそこまで政府が信用されていない。だから、政府が決めた公休日であっても、そんな話は聞いていない、という企業や組織が非常に多い。日本の政府が日本の国民に非常に信頼された存在なのは、現状でも諸外国の政府の信頼以上のものがある。

だからこそ、中国などの諸外国では「バーコード決済」「電子マネー」が短期間で普及した。政府発行の「お金」がもともと信用がないうえ、その「無信頼」に乗じて、他の通貨発行業者が入る余地があるばかりでなく、偽札などの入る余地も大きく、信頼がない通貨をいつまでもやっていられない、という事情があった。そこで「新しい通貨」が必要だった、という事情があったのだ。日本の場合は、レガシーな政府の信用は諸外国に比べて非常に大きい。そのため「日本円が明日、突然無価値になる」ということは考えにくい。しかし、諸外国ではそういうことが当たり前にあるのだ。

「バーコード決済」は、安価になったIT機器端末だけで「お金の信頼」を醸成できるので、ここまで短期間で諸外国で普及した。しかし、日本ではこれまで100年以上、通貨の混乱もなく、それを発行している政府も信用されている。であれば、通貨のキャッシュレス化の目的は「利便性」のみである。しかし、その利便性も、「強固な強い政府」という前提があってのこと。であれば、日本に新しいキャッシュレスが本当に普及するのは、日本の国の地域政府が衰退し、一般国民への影響力が少なくなってきたときだろう。