「外交官」は普通の仕事になった

東洋経済オンラインに掲載された記事。外交官ってそんなに軽い職業になったのか?ってことが事実としてあちこちに出てきている。おそらく、表沙汰にならないことはもっとたくさんあるのだろう。

まさに、世界はグローバル化している。お金、情報、そして物流や人の流れ。すべての流通コストが劇的に引き下げられた結果、「国」の地位が下がり、多国籍企業の地位が相対的に上がる。そして、国境が溶けていく。

外交官という職業が天の上にある職業ではなく、少々他人よりも勉強した人がなる職業、という程度のものになった、というのは、その時代の変化を表に垣間見せる事象の1つでしかない。かつては外交官が「間違い」を犯したとしても、相手国での外交官の逮捕は完全に治外法権への侵害であるとみなされ、場合によったら戦争さえ辞さない、というくらいのものだったが、今は騒ぎはするものの、本国では逮捕された外交官のクビを切って終わりだ。外交官とはその程度のものになったのだ。

グローバルなカネがすべてを支配する世界が「国」という単位を蹂躙しているのが今である。とは言ってもこの新しい時代の「アナーキズム(無政府主義)」はより広域に広まっており、国を単位としたアナーキズムではないがゆえに、国際テロ組織の掃討よりもさらに厄介なことになっていて、誰もそれを倒そうとはしないばかりか、その存在に気がつかないだろう。

ぼくはインターネットの時代が始まる前後にそれにかかわってきたが、当然、こうなることは確信していたし、「これは世の中が変わって楽しいな」と、思っていた。単なる技術的な興味ではなく、ミクロな技術がマクロな世界を変えていく、という快感をそこに覚えた。多くの技術者はそういう興味の持ち方はしなかったようだが、ぼくはそれを明確に志向した。

いまや、個人にあまねく行き渡った「ワイヤレス・コミュニケーション」の時代。かつての「家庭」はいまやカタチだけが残り、子どもたちは夕食の食卓でスマホをいじってどこにいるとも知れない自分の気に入った連中と、目の前にいる親よりも濃密なコミュニケーションをとる。韓国から無料の電話で明日の東京でのアポを簡単にとれる。長時間のテレビ電話で会議が簡単にできる。

かつて25年前に関わった小さな技術が、外交官の簡単な逮捕につながっているのだ。そして、それ以上の変化を、これから世界は経験する。そんな予感がしている。いや、確信している。

 


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