IoTとかなんとかいうものの、最近の「電子工作遊び」ってのには、どこか虚しさが漂うのですよ。

RaspberryPi2

最近は「IoT」という単語があちこちで聞かれる。これからのITのトレンドはこれだ、という。いや、それ、ぼくはとても嬉しいんですよ。自分が20年以上前からやってきた専門だからね。え?小さなボードコンピューター?Linux?それも嬉しいな。ぼくがずっとやってきたものだから、それの上でなにか作る、ってのも、全然苦じゃない。ということで、このところ流行っていた幾つものボードコンピュータを端から使った。みんな基本はLinuxですからね。全然難しいこともない。おまけに、たいていの外部とのインターフェイスは最初からデバイスドライバが用意されていて当たり前。全然難しくない。

しかし、20年以上前からこういうことをやってきた自分としては、今ひとつ「新しさ」がない。「なにを作れるか」ということが問われた時代じゃなくて、今は「なにを作ったら儲かるか」が大切な時代になったんですよね。だから、秋葉原とかに来て、秋葉原の電子工作のパーツとか売っているお店に来ても、なんだか「虚しい」感じがする。今の電子工作って、ぼくみたいな年齢の人間の「昔を思い出す趣味」か、「学生の趣味」とか、そういうものでしかないように思うのですよ。日本ではね。20年以上前のそれは、もっと希望に満ちていて、日本や世界の将来を支える、という、そういう大きな夢があった小さな工作だったんだな。だから、ハンダゴテの使い方1つでも、自然と力が入ったし、その一挙手がそのまま未来につながる、って希望に満ちていた。製造業が全盛で、製造業が日本の富を産んでいて、学生は医者とか弁護士になれなければ、エンジニアになる、それでも大きな希望が将来に開けていた、という、そんな感じだったんですよ。今はその時代に比べると「電子工作」ってのは「趣味の工作」で、それ以上の広がりがあまりない。ちょっと恥ずかしくてアニメヲタクになってコミケで変な格好を晒したら彼女に怒られると思うから、代わりに秋葉原のお店で買ってきた電子工作キットでコンピュータをつなげてLED光らせて「あ、光った、すげー(←ちっともすごくない。当たり前)」とかって、動かして遊ぼう、という、いじましい今の学生の精一杯の趣味。あるいはおじちゃんの昔語りのネタ。その程度でどうすんねん、と思うけれども。でも、そういうほうが人口多いんだろうねぇ。

コンピュータもそうだしね。みんなその世界で閉じていて、他の世界と繋がることなく、今はあちこちがコンピュータ。だから、IoTってのは、その「ITの世界が他の世界とつながる窓」みたいなもんだが、そういう名前がつく前から、ぼくらいっぱいやってたわけでね。で、ぼくらの世代以下の世代の人は「IoT」というと、元気のいい若い人間にあれこれと作ってもらって、面白いものができてたくさん売れればいいよな、それが経済の起爆剤にならんかな?昔の夢よもう一度、とか思ってるわけだが、世界的に製造業は衰退しつつあって、今はなにを作ったら売れるのかわからないから、あれこれ若い人間に特攻攻撃させてみよう、みたいなのが「IoT系ハッカソン」みたいなもんだよね。ぼくが見るにね。

だから、ハッカソンではその成果の「知財」についてほとんど触れられていないから、ハッカソン主催者がわずかなお金で若い人間にあれこれやらせて、売れそうなものの知財は横取り、みたいな、そういう感じがなきにしもあらずなんだよね。そりゃ、やるほうも面白くありませんね。そうじゃなくて、もっとフェアにできないもんですかね?とは思うんだけど、日本では古くから若い労働力をいかに搾取するか、ということが産業の要諦と思われているからね。本当に質のいい「知財」を作る人は、これだから、逃げちゃうわけですよ。その場所からね。そういうもんだね。日本って社会でものを作る、ってのは、要するにそういうことでね。

で、秋葉原の街を最近歩いても面白くないのは、そういう若い人間に示せる新しい未来がないくせに、それを若い人間に作ってもらえばいいんでないかい?という横着な大人がふえたためなんだろうね。自分でやれよ、と思うよ。年齢は関係ないよ。その後ろ姿で若い人間の教育ができない、不良の大人が増えたんでしょうね。

街をエラソーに歩いてるおじちゃん、だから若い人に嫌われるんだよ。わかってる?。