教えられて自分を変えていくこと

良くFacebookに投稿していて、思うことがある。

ちょっと、ネット情報やネット世間とは考え方や見方が違うことを投稿すると、自分が書いたことをちゃんと読んでくれている人であるかどうか?というのがよくわかってしまう。おそらく、私のFBの友人で、私が書いたことをちゃんと読んでくれている人は2割もいないように思っている。人は自分が見たいことだけ見て、読みたいことだけ読む。そういうことがほとんどなんであろうと思う。であれば、読書とか映画で自分が疑似体験をする、ということは、よく言われるけれども、本当はそんなことができる人は少ないんではないか?。体験とか読書で自分を変えて生きていく、ということが、ほとんどの人はできないのでしょうね。

研究者、エンジニアという職業は、常に目の前にある事実に、自分が至らないことをつきつけられ、今までの自分を葬り去り、新しい自分を作っていく、という、そういうことの繰り返しなんだね。だから、思い込みでうまくいかないことは、そのままストレートに「うまくいかない」結果として出てくる。それにあわせて、自分のそれまで考えていたことを破壊し、そこに新しい自分を作っていく。そういう職業なんだな。多くの人は、長年それをすることは、耐えられない苦痛を伴うと思うから、それができない。でも、しなければ、自分の周辺の世の中はこれっぽっちも変えていくことはできない。

必要なのは、自分を変えていくこと。

これはビジネスであれば、みな同じことなんだが、人間相手だと、相手のほうがこちらにあわせて変わることがあって、ややこしい。しかし、研究者やエンジニアは、相手にするものが人間の力の及ばない不動のもの(たとえば、どんな国の大統領でも、1+1=2という数式は変えられない)だから、常に変わっていくことを要求されるんだね。人間は変わることができる。うまくいかなかった体験を身体に取り込んで、自分を変えて、目的を達する。それが研究者とかエンジニアの毎日の人生なんだと思うのですよ。

 


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