いまの時代には「理系人間であれ」

日本だけではあるが、大学の専門は「理系」「文系」と分けることが多い。実際、理系の学部を出ても文系的な知識を持つ人は多いし、文系の学部を出ても、理系的な感性を持つ人も少なくない。実際のところ、論理的に物事を考える、というのはなにかにつけてい必要なことではあるものの、日本では理系の人間しかそれはできないもの、と考えられていることが多いようだ。

であれば、理系的感性というのは、これからの世の中では当たり前に必要なものではないかと思うのだが、どうだろうか?

自分が大学を出た頃って、もう何十年も前だが、世の中は安定していたから、大学を出たら、博士とかなるといいんじゃない?それとも医者?どっちもだめならエンジニアだねぇ、手に職がつくからね。なんて言われて、エンジニアになたとたんに、時代はアナログからデジタルへの移行期だったわけで、まぁ、泳ぎ切ってきてはいるものの、大変だったよそりゃ、という感じで。

で、デジタルになったらなったで、あらゆるものがコモディティ化して、相互につながって、通信もなにもかもデジタルになって。。。。

「私はアナログなので」なんてのは「時代についていけません」と言うのを、少々気取って言い換えただけなんだが、エンジニアだって、アナログやりますよ。そういう仕事の人はね。ただ、「理系という人」の「文系の人」との違いは、「論理的に物事を考える訓練ができている」ってところで、知識のところでは実はないんだね。論理的に物事がかんがえられなければ、世界では生きていけない。いまそういう時代んだから、要するに、日本で言うなら、「理系でなければ生きられない時代」と言っていいんだな。

理系で行こう。

 


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