サイバー戦争が始まった(30) スマート・スピーカー

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

「ただいま」

ぼくが自宅に戻って、最初に発する言葉だ。ありきたりの、帰宅の挨拶だ。

「おかえりなさい」

そう応えるのは、妻ではない。子供でもない。親でもない。ぼくは独身だ。これは先日、ネット通販で買ったスマートスピーカーが応答しているのだ。そのスマートスピーカーに、話しかける。

「静かだね。今日のニュースで面白いものはなかったかい?」
「C国のサイバー部隊が、日本に向けてサイバー攻撃をしかけていて、A銀行が今日一日、業務が止まっていた、というニュースがありました」
「今日は銀行でキャッシュが下ろせなかったんだが、その影響か」
「マサトさんが使っている銀行は、A銀行でしたよね。そうだと思います。今日現在の残高は。。。。」
「その情報はいらないよ。残高が少なすぎて滅入ってくるから。あぁ、そういえば、今日はぼくのSuicaに残高足りなくてね。明日はちょっとだけ遠出の予定だから、今夜のうちに、1万円をチャージしておいてくれないかな?」
「わかりました。明日は宇都宮ですね」
「ご近所のニュースはあるかい?あ、それと今から風呂に入りたいから、風呂の用意をお願い」

突然、風呂場のほうで「ガチャ!」という音が数回して、「シャー!」という湯船にお湯を入れる音がした。

「マサトさん、このマンションの前で子猫が3匹、捨てられていたんですが、お隣のおじょうちゃんがそれを拾って、いま、家に入れています」
「良くそんなことまでわかるな」
「お隣も、同じスマートスピーカーを入れましたからね。お互いに情報交換しているんです。お互い、必要のないプライバシーまでは聞きませんがね」
「なるほどね。で、風呂が入るまで、なんか緩い音楽を聞かせてくれないかな?」
「これなんかどうですか?イージーリスニング系だと、最近はこの曲が流行ってます。ジャンルはスムーズ・ジャズですね」
「いいね。このまま流して、この曲が終わったら、同じアルバムの曲を続けて」

マサトは流れる音楽に身を委ねつつ、今日一日起きたことと、明日の予定を調べていた。明日は宇都宮まで近距離の出張だが、駅を降りた先はバスかタクシーか?を調べていた。すると、スマートスピーカーがなにか言っている。

「マサトさん、お風呂が入りました。音楽は流したままにしておきますか?」
「ああ、そのままでいいよ。いい雰囲気の音楽だ。。。。と、部屋の鍵をかけ忘れていた。かけといてくれないか?」

すると、部屋の玄関の鍵が「ガチャ!」と音を立てて、動いた。施錠されたのだ。

「じゃぁ、風呂に入ってくる。そのあいだ、掃除ロボットで掃除をしておいてくれないか?」
「夕ごはんは食べて来たんですよね?」
「あぁ、大学時代の友人と一杯やってきた」
「スマホの記録にありますね。新宿のあのお店ですか」
「わかってるだろ?」
「もちろん」

風呂から出ると、猛烈な眠気に襲われ、ベッドに横になった。

「すまん。もう眠くて動けない。照明を消してくれ」
「わかりました」

照明が消え、音楽も消えて、沈黙の中、マサトは深い眠りについた。何時間たっただろうか?部屋のカーテンを閉め忘れたので、朝日が部屋にもろに入ってきて、その明るさで目が覚めたが、まだ6時前だ。ぼくの身体の動きを察知して、スマートスピーカーが喋った。朝早いが、マンションの隣の部屋では、昨日捨てられていた猫たちが朝ごはんらしい。やたらとニャーニャー声が聞こえてくる。

「おはようございます」
「まだ起きる時間じゃないだろう。今日は宇都宮にお昼にいけばいいから、まだ寝たい」
「わかりました。あと2時間は寝られます。2時間したら起こしますね」
「よろしくな」

マサトはまた深い眠りに落ちた。


まぁ、マサトとスマートスピーカーは毎日、こんなやり取りをしているのだった。そして、ある日、ふと思い立って、帰宅したマサトは寝る前に、昔、母親が自分にしてくれたように、本の読み聞かせをお願いしてみた。

「そろそろ寝るが、今日はなかなか大変で寝付けないから、なにか本を読んでくれないか?」
「わかりました。どんな本がいいですか?」
「なんでもいいが、平和な気持ちになるのがいいな」

スマートスピーカーは、フリーになった本棚から、戦争と平和の話、などを選んでマサトに聞かせた。あまり聞いたことのない話だったが、面白く心も安らかになる話だったので、聞き入っているうちに寝てしまい、気がつけば朝だった。そんな日が幾日も続いた。スマートスピーカーの「朗読」は、貧しい子供らの話になり、特に平和を訴えるものが増えてきた。やがて、数日すると、その話がだんだん変わってきて、なぜ貧しい子どもたちが増えたのか、とか、社会正義の話になって、それに関する法律などの話や、そういう法律がいつ、なぜできたのか?などの話になってきた。さらに話が続くと、今度は政府批判の話などが時折入るようになり、やがて政府批判一辺倒の物語ばかりになった。だんだんと話が進んできたので、マサトには、「マッチ売りの少女」の話が、「政府批判の話」になっても、不自然さはなかった。やがて、マサトはそのスマートスピーカーが話すままに、都内で行われている政府の批判の集会にも出向くようになった。さらに時間がたつと、気がつけば、マサトは立派な「活動家」になっていた。会社もやめた。マサトは政治集会から帰ると、スマートスピーカーに語りかけた。

「なんだか、ぼくは君に導かれてきたみたいだな」
「どういたしまして。で、明日の予定は?」
「いよいよ、地下活動も終盤だ。明日はそこにあるモノを首相官邸の地下の地下鉄駅に置いてくることになった」
「無事を祈りますよ」
「大丈夫だ」

既にマサトの部屋は過激な政治活動家の部屋になっており、彼はそこで爆弾の製造なども行っていた。マンションのとなりの部屋の猫がうるさく鳴いているのが聞こえる。静かな部屋にその声だけが響く。


「臨時ニュースを申し上げます。本日午後2時ごろ、首相官邸の地下で、何者かが仕掛けた爆弾での爆発があり、首相官邸そのものは無事だったものの、周囲に高い放射線量が記録され、警察は厳戒体制を敷いており、周囲は通行禁止の措置が取られています。赤坂見附から永田町に向かう道は閉鎖されておりますので、そこを通行することは現在できません。封鎖解除は明日朝になる予定とのことです。なお、首相は外遊から帰るところでしたが、空港から官邸に向かう途中で予定が入り、議員会館を経由したため、爆発時には官邸におらず、無事でした。爆弾を仕掛けた容疑者は現在逃走中ですが、警察によりますと、監視カメラの映像から、中川正人、28歳。飯田橋在住で、現在無職、元会社員、と判明しています。容疑者の顔写真をお見せします。この顔を見かけましたら、すぐに最寄りの警察署に通報をしてください」

後日、スマートスピーカーに繋がる人工知能に日本のC国に繋がると言われている反政府勢力からのハッキングがあったことがわかった。そこで、語りなどを通して、個人を洗脳していくプログラムが稼働しており、物語や音楽などを通して、ゆっくりと、自然に人間を「洗脳」していっているのだった。マサトはその最初の犠牲者で、本人の自覚がないうちに、テロリストになるよう、教育されていたのだ。