中国「一帯一路」の未来

やっと最近、日本でも中国の「一帯一路(Belt and Road)」が騒がれ始めているが、現在はすでに台湾や韓国などの中国の周辺地域では大きな期待がバブルになりそうな気配である。米国も日本もこの流れに乗りたい、ということを考えるのは、その経済規模を見ると納得できる。トランプと前後して経団連が中国に行き、日本政府もやっと一帯一路に目を向け始めた。

ここで、周辺国での杞憂は「北朝鮮」であるように見える。「もしも」の話だが、あの地域が「開放」されると、大陸中国とロシアと韓国が米国の傘下にある地域の陸路で接続。韓国がアジアの大きな十字路になる。当然、日本にも大きなメリットが出てくる。しかし、閉じたままであれば、一帯一路の恩恵は日本まで来ない可能性が高い。

とは言うものの、北朝鮮という地域の政府は世界に向かって閉じているわけではない。Wikipediaによれば、北朝鮮の現在の政府は世界の百数十の国と国交を持っている。孤立している、ということがよく言われるが、どうもそういうことではないらしい。むしろ、日本、米国、休戦中の韓国など以外の国の多くが国交を持っている、という感じがある。少なくとも「孤立している」という表現は正しくないのではいか?と思えるのだが。そして、この北朝鮮という地域は、大陸中国、ロシアという大きな地域とも、また、日本ともつながる要衝の1つになり、当然、一帯一路ではそれなりに重要な役目を負う地域となるように見える。

一帯一路とは、簡単に言うと、現在の大陸中国の政府にとって、大陸中国のグローバル経済化の「答え」である。未来の「大中華帝国」の経済を支える背骨と言っていい。それは、100年を超え、1000年の計を考えたものである。

しかしながら、懸念もある。現在の経済指標から考えて、大陸中国の経済の頂点はそろそろ通り過ぎようとしているところにあるため、一帯一路は大陸中国の経済爆発の起爆剤となるか、あるいは、逆に、過去の経済繁栄のモニュメントとしてだけ残るか、という岐路に、大陸中国の経済も立っているのだ。つまり、これは壮大なるアジア・グローバリズムの最後の博打、と言ってもいいかもしれない。でも、そういう評価はおそらく、後世にされるべきものだろう。

大陸中国の政府のみならず、米国、日本、韓国を含めた地域の経済は、この「一帯一路」の将来に「賭けた」のだ。

かつての「シルクロード」は、シルクのみならず、香料や衣類、などなどの様々な「もの」が、その道を通ったが今は廃れてしまった。なぜ廃れたのかというと、当時そこを通って交易の対象となっていた「モノ」が、遠く地域を超えて流通する必然がなくなったからだ。シルクは工業製品として化学工場で作られる化学繊維ものになり、世界にその生産拠点を分散した。香料も様々な物品も同じだ。同じようなものの大量生産・大量消費の時代になり「希少品」の価値を持つものが減った。流通も人の流れも「量」は船、スピードは「飛行機」に取って代わられ、陸路のメリットが大きくなくなった。消費側にとっては、遠隔地のものを高いお金を出して買うメリットが激減したのだ。それがシルクロードの価値を一気に下げた。

もともと、現代の「産業」とは、大量に同じものを作って売る、というしくみで巨大な富を生産者に集中させる、というものである。「富の象徴としての製品」は、大量に作られ大量に消費されるようになると「富の象徴」ではなくなる。どこにでもある当たり前のものになれば、当然そうなる。

遠く地域を超えてモノが流通する必要がなくなる、というのは、よくあることだ。必要を満たすためには「お金」がかかる。だから、必要を満たすためのお金がペイしないものと感じられれば、そういうお金を出す人はいなくなる。もっと安い流通経路があれば、そちらが使われる。そうやって、シルクロードの需要は一つ一つ消えていき、シルクロードは砂漠の中に埋もれていった。

この「旧シルクロードがなぜ廃れたか」を考えることが、「一帯一路」の将来を成功に導く鍵となるだろう。そこを通るものはなにか?それを考えることが必要になる。