「資本主義の終わり」の裏話?

NHKの番組でもやったようだが、資本主義が終焉に向かっていることが意識され始めている。この資本主義のゴールというものは、いかなる地球上のものにも限界があり、無限の成長が望めないものである以上、必ずある。限りない拡大、というのはありえないからだ。

そしてそのゴールへの近道を作ったのは、ITである。かつてぼくは、「社会というものが時間と共に変化するものであるとすると、ITとはその変化の速度を速める触媒である」と言ったことがある。その頃はその意味は誰も気がつかなかったし、わかりそうな人にしか話さなかったけれどね。そしてその触媒はその効果を事実として実現してきた。

もともと、ITはパーソナルコンピューターをを始め、学生運動の時代の米国西海岸のカウンターカルチャーの人々が作って来た、という歴史がある。スティーブ・ジョブズ然りだが、ビル・ゲーツは思想的にはジョブズの子供だった。ヒッピー文化などは資本主義の否定に熱心だったのは良く知られているだろう。彼らは、資本主義をいかに終わらせるかを考え、出した答えのひとつがITである、と、ぼくは2000年の少し前に気がついた。訪れた米国西海岸では、バークレーのUNIXの立役者の一人とも会った。全員が全員、カウンターカルチャーの出身であって、多かれ少なかれ当時の学生運動の中で育った人たちだった。何故だろう?とぼくは考えたのだ。

彼らは、資本主義社会が非常に単純な「富の拡大」という動機で動いており、その推進はより動きの速い者が勝つ「競争」の原理で動いていることがわかっていた。この競争の勝者となるための強力な道具は麻薬と同じである。これを彼らに与えれば、資本主義の亡者となった人間社会はこれを大量に受け入れざるを得なくなり、レミングの群れの如く、群れの終焉たる奈落まで、従来以上の猛スピードで突っ走る。そう考えた。

そしてゴールは、その種を産み落とした後、わずか50年も経つか経たないうちに(実際は20年くらいだったと思うが)、目の前にやって来た。シナリオ通りであることはあるが、効果はてきめんで、早すぎたなぁ、と、彼らも感じているだろう。

ぼくは、一浪して入った大学の中でさらに1年留年して社会に出たが、社会に出る時に、アルバイトをしていた教育系の出版社の社長に「入れてください」と頭を下げてお願いした。社長はOKした。しかしそう言ってから一晩寝ずに考えた。ぼくのいた学科は工学部でコンピューターを扱っていた。そして翌朝、ぼくは社長に「すみません。コンピューターに可能性を感じてしまったので、やっぱりここには就職しません」と言った。社長は激怒して「お前は二度とこの敷居をまたぐな!」と追い出された。数年後、ぼくはコンピュータ言語の本を書き、最終的にはそれが100万部売れた。そしてその会社を再び訪問した。社長は歓待してくれた。嬉しかった。

まだインターネットは無かったから、データ通信はこれから、という時代だった。そしてぼくらは、インターネットを日本に持ってきた。データ通信は世界を変える、と思っていたから、それに注力した。会社も作った。

超高速で安価なコンピュータと超高速で安価なデータ通信は、実際に世の中を電光石火で変えていった。それが資本主義社会の推進という名前の崩壊に向かう触媒として実際に機能を始めた。それが軌道に乗ったとき、自分の作った会社も辞めたのは、自分の会社の社会的な役割が終わったと思ったからだ。それは簡単に言えば、資本主義の崩壊への激しく速い歩みを促した初期の役割を終えた、という感じがしたからだ。

当然だが、私の周囲にいる人はほとんどそれが分かっている人はいなかった。ITは資本主義社会を短い時間で劇的に変えていき、そのゴールが見えてくるところまで来た。人間が人間以上のスピードを持つ道具を手に入れ、麻薬みたいにそれに取り憑かれ、虜になり手放すことができなくなった。マイナス金利が発動されたとき、「それ」は誰の目にも明らかになった。

カウンターカルチャーのシナリオはそろそろ終章に入った、とぼくは思う。

 


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