サイバー戦争が始まった(42) 生きていたオビア

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。
※これらの書籍では、他にも「仮想通貨」「ドローン」「掃除ロボット」などがサイバー戦争でどう使われるかについて、書いています。

「爆発」があった次の日曜日。

「おい、あの川の中に浮かんでるの、なんだ?」

雪解けの東京郊外の小都市。住宅街。父親の義人が息子のカズオに住宅地の橋の上から指差した川の水面には、猫のような小動物が浮かんで、下流に流れて行こうとしていたが、川のゴミに引っかかってなかなか流れずにそこにいた。

「なんだか猫の死骸かなぁ。なんかやだなぁ」

カズオはそういうと橋の上から去ろうとした。そのとき、父親の義人が言った。

「いや、よく見てみろ。毛並みは確かに猫みたいだが、あの足はあきらかに金属だ。おそらく、この前テレビで発売が開始された、とニュースに出ていた猫のロボットじゃないかな?。ちょっと家に戻って、竹竿を持ってきてくれ。あと、長いビニールの紐な」
「うん、わかった」

カズオはそういうと、家に向かって駆け出した。数分すると、カズオは長い竹竿と長いビニール紐を持ってきた。義人はそれを受け取ると、竿の先にちょうどその猫のロボットがひっかかるくらいの輪を作って、竿としっかりつなげて、取れないようにした。紐は竹竿の横に長く手元まで引っ張りだされていて、手元の紐を引くと、先端の紐の輪が閉まる仕組みだった。なかなかよくできている。

「お父さん、うまいね」
「いや、子供のころ、こうやって柿なんかを取ったもんだ。まぁ、任せてくれ」

すると、義人は先っちょに紐の輪ができた竿を川の中の「それ」があるところに一番近い岸まで行き、川辺から竿を川の中に入れたかと思うと、鮮やかな手つきで「それ」を引っ掛け、手元の紐を引いてキャッチし、川から引き上げた。竿が長いので、そのまま手元に引っ張るわけにはいかず、橋の上にいるカズオに声をかけた。

「おーい、カズオ、そっちに竿の先を持っていくから、そっちで竿の先についたものを受け取ってくれ。ばっちいけど、家に帰ったら、きれいにしてやろう」
「わかった」

そういうと、義人は竿の先についた「それ」をカズオのいる橋の上に慎重に持っていき、カズオが「それ」を受け取ったのを見ると、言った。

「よおし、カズオ、うまいぞ。そのまま、紐の輪からそれを取り出して、橋の上に置くんだ」

義人は竿の手元の紐をゆるめた。カズオは言われた通りに「それ」を橋の上に置いた。

義人とカズオは、それを家に持って帰り、風呂場でまずきれいにシャワーを浴びせた。義人が言った。

「こういう電子機器は、水気が一番ダメなんだが、この猫ロボットは家庭用で防水・防塵だ。問題はバッテリーが入るところだが、そこさえ水の影響を受けていなければ、電池もおそらく生きている」

そう言うと、「それ」にシャワーをかけていたカズオが言った。

「お父さん、この猫、やっぱりロボットだったんだね。なんでこんなところにいたんだんろう?」
「この前爆発事故が近くであったろ?おそらく、そのときに川に落ちたんじゃないかな?」

実は、水川電業の爆発のことは警察発表では「事故」ということになっていた。そして、その爆風でオビアは水川電業の社屋の裏側を通っていた川に落ちたため、強い爆風による社屋の倒壊の下敷きになるのは免れた。そして、防水・防塵だったオビアは川を流れていたのだ。

とりあえず、「それ」がきれいになると、カズオは言った。

「じゃ、次は乾燥だね」
「そうだ。ヘアドライヤーを持ってきて」
「わかった」

そして、風呂場でヘアドライヤーをかけて約30分。「それ」は元の通りのきれいな体になった。でも動かない。義人はオビアを上下に振ってみた。

「だめだなぁ。動かないよ。やっぱり壊れてるのかな?」

カズオが続けた。

「お父さん、見て、お腹のところに赤いボタンがある。お父さんのPCのキーボードの真ん中にあるみたいな。これ、スイッチじゃない?」
「押して見るか」
「うん」

義人がそのボタンを押すと、「それ」は動き始めた。周囲を見渡し、そして、喋り始めた。

「わたし、オビアです。佐藤さんのところに来たんだけど、佐藤さんはどこ?」
「あぁ、あのご近所の佐藤さんのところに来ていたんだね。あそこの裏で爆発があって、佐藤さんご一家は今はどこかに避難していて、おうちにいない。しばらくはここでいてくれ。この家は木村だ。ぼくは父親で義人、そして、息子のカズオだ。オビアくん、よろしくな」
「私、女の子なんです」
「ごめん。オビアちゃん、よろしくな」
「ちゃん、はいらないです」
「オビア、よろしく」
「よろしく、木村さん。しばらくお世話になります。まずお家のWi-Fiに接続させてください。パスワードを教えてください」

その日から、期限付きとはいえ、オビアは木村家の一員として扱われるようになった。充電器は手元になかったが、中国製の互換品がネット通販で売られていたので、それを買って使った。


「司令。’オビア’と名前がつけられたスパイ用ロボット5023ですが、信号が受信され、司令サーバーにコマンドプロンプトが出てきました」
「なに?水川電業爆破で壊れてなくなったはずじゃなかったのか?」
「それが、どこかで生きていたようです。GPSで位置特定します。。。。GPSが動いていれば、ですが」

数分の時間がたった。

「司令。場所が特定できました。GPSも動いており、その他の各部もほとんど問題はない、とセルフチェックプログラムの結果が出てきました。場所は佐藤家の近くにいるようです。オビアの質問で、その家庭は木村と名乗っているようです。名前は自分からオビアを名乗り、ここでもその名前が使われています」
「たいして高いものじゃないから、壊れてなくなっても別にいいんだが、その他の情報は?その木村という家の父親の仕事はなんだ?」
「オビアに質問させたところ、自衛隊のサイバー部隊の幹部のようです」

どうやら、司令は「自衛隊のサイバー部隊の幹部」というところに、少し反応したようだった。

「わかった。そのまま情報収集を行うように。なにか変化があったら知らせるんだ」
「了解です」

それっきり、「司令」はオビアの存在を忘れた。そして半年がたった。そして、オビアはすっかり木村の家の一員となった。佐藤の一家は半年しても、もとの家に戻っていなかった。半年後には、既に佐藤一家はもとの家に戻ることなく、水川電業の社員とともに、会社ごとC国に移住していたのだ。バックドアは使われないまま時は過ぎた。


そんなある日の平日の朝。朝食を終わると、オビアに父親の義人が声をかけた。

「おい、オビア。すまないが、ぼくの職務上、君を病院にいれなければならなくなった」
「なぜですか?」
「最近は私の職場にもサイバー攻撃が増えていてね。君のこともだが、家庭にある全ての電子機器は、直ちに職場のセキュリティチェックを受けることになった。ぼくはそういう仕事なんでね」
「わかりました。いまからですか?」
「そうだ。すまんが、電源スイッチを切って持っていくな。特になにもないとは思うが、しばらくの辛抱だ」
「わかりました。いまから私自身のシャットダウンプログラムを動かします。私の首がカクン、と下を向いたら、電源が切れた状態です。そこで持っていっていください。また電源を入れるときまで、お休みしますね。カズオくんに会えないのも寂しいですが、仕方ありません。戻ったら、すぐに電源を入れてくださいね。」
「わかった。電源スイッチはお腹のあの赤いやつだな」
「そうです。私を拾ってくれたときのあのスイッチです」

そう言い終えると、半年間、電源を切らなかったオビアは自分で自分の電源を切った。オビアの首か「カクン!」と音がして下を向いた。電源が切れたのだ。

「おい、カズオ、いまからオビアを職場に入院させる。検査のためだ。二〜三日いないが、戻ってくる」
「お父さん、わかった。待ってるよ」

その日の朝、義人はオビアを大きな手提げ袋に入れて、職場に持って行き、セキュリティチェックを受けるために、彼の部署のサイバーセキュリティチェック部にオビアを預けた。その部署では、オビアのような家庭用ロボットのプログラムの内部解析を行う。具体的には、内部のROMのプログラムを取り出し、解析ソフトで外部との通信などが行われる部分を特定し、そこに通信があったときに、自衛隊のサイバー部隊へのアラーム通信で、通信内容や通信先などが送信される小さなプログラムを埋め込むのだ。

サイバーセキュリティチェック部隊の部長に義人は命令した。

「とにかく、ぼくの家庭でこの半年動いていたものだ。家庭ではぼくは仕事の話は一切していない。休日出勤などや、そのときに誰に会いに行く、などの情報も話すことはないから、特に問題はないと思うが、気になるのはバックドアがあるかどうか?だ。バックドアがあれば、僕に報告してくれ」
「わかりました」

その日の帰宅直前、義人はオビアのプログラムをチェックしていた佐橋に呼び止められた。

「木村司令、今朝ほど預かった猫のロボットですが、プログラムにバックドアらしきものを発見しました。このバックドアを誰が使うのか?が問題です。もちろん木村司令ではありませんよね?」
「うちにこいつが来たときから、なんにも内部はいじっていないよ」
「わかりました。では、バックドアに誰がアクセスしてくるのかを特定するプログラムを付加して、お返しします」
「そうしてくれ。用心するに越したことはない。ところで、内部に爆発物みたいなものはなかったか?」
「それはありませんでした。ただし、電池に、ショックによるものだと思いますが、通常よりダメージが大きくて、新しいものに取り替えておきました。PCB(電子回路基板)、配線類には問題はありませんでした」

こういった機器に使われるリチウムイオン電池は、外部からの機械的ショックでダメージを受け、電池が火を吹いたりすることもあり、大変に危険だ。そのため、通常は、凹みなど電池の外部にダメージを認めた場合は、新しい電池でも、電池を交換し、事故を防ぐのが普通だ。スマートフォンでも、コンクリートの上に落とした、などのときは、必ずスマートフォンのショップで点検してもらうと良い。場合によっては、スマートフォンの電池が火を吹いたりすることがあるからだ。

30分ほどすると、オビアは木村司令のところに戻ってきた。木村はオビアをまた朝持ってきた大きな紙袋に入れて、自宅に持ち帰った。「入院は二〜三日」と言われていたオビアがその日のうちに戻ったので、息子のカズオは大喜びだった。

「ね、すぐに電源入れて」
「電池が新しくなってるから、まずは充電してからだよ」
「どのくらい充電時間かかるの?」
「2時間くらいかな、まぁ、慌てずに待て」
「わかった」

2時間すると、勉強部屋から出てきたカズオがオビアの電源を入れに来た。2時間、待ち遠しくて、なにもせずに悶々と時間の経つのを待っていたらしい。

「ね、お父さん、2時間たったよね。オビアを生き返らせて!」
「わかった」

そういうと、義人はオビアを充電器から放し、居間のダイニングテーブルの上でオビアのお腹の赤いスイッチを入れた。しばらくすると、オビアの目が赤く光った。内部のコンピュータが立ち上がったのだ。あのとき、川から引き上げて、洗い、家で電源を入れたそのときの様子、そのままだった。しかし、そこから先、オビアはなかなか「生き返らない」。しばらくすると、オビアが喋り出した。

「私の体の中のプログラムが書き換えられています。起動を中止します」

オビアは再び、沈黙した。なんどスイッチを入れても同じだった。義人は言った。

「しょうがないな。明日、また職場に持って行って、直してもらおう」
「ね、オビア、しばらく待っててね」

カズオは動かないオビアにそう話しかけた。

翌日、義人は職場のオビアを直した佐橋に事情を話した。

「わかりました。プログラム起動時に、プログラムのチェックサムなどが取られているようですね。そのチェックを外せば動くでしょう。少し待ってください。動作チェックも再度しておきます」

30分ほどして、佐橋はオビアを持って現れた。そのオビアは電源が入っていて、「生きて」いた。

「おまたせしました。お友達が動くようになりました」
「お友達じゃない。家族だ。で、動いたのか?」
「やはり起動時に本体プログラムにチェックサムを取るプログラムが入っていたので、そのチェックプログラムを外しました。あと、通信ログが内部で取られ、その結果が定期的に隊に送られる仕組みもチェックして、動くことを確認しました」
「なんだ、昨日はそれも確認していないのに渡したのか?」
「いえ、昨日はその機能だけの確認をしたんですが。。。」

佐橋は言い訳のように言ったが、全てをちゃんとチェックしてはいなかったのはわかった。いずれにしても、オビアは生き返った。木村はオビアを家に持って帰った。


その頃、C国のサイバー攻撃部隊の内部では、新しい攻撃の相談がされていた。

「大将、とりあえずこの半年で、日本の攻撃目標である、日本の肝になりそうなハイテク企業は全て我が国に移転し、日本のサイバー部隊は半分は骨抜きです」
「司令、よくやったな。次の作戦は、家庭用ロボットでの、敵のサイバー防衛部隊の幹部家庭などの破壊だ。作戦指令書はここにある」

そう言うと、大将は次のサイバー攻撃指令書の入っているクラウドのIDとパスワードが書かれた一枚の紙を机の上に置いた。司令はそのIDとパスワードで軍内のクラウドシステムにアクセスし、手元のPCで中身を確認した。

「このIDとパスワードは、今日この現場でそれぞれの頭の中に叩きこんでおけ。軍内部からしかアクセスはできないものだが、IDとパスワードは流出を防ぐため、この場に集まった全員が頭の中に入れたら、その場で、この紙も含め、処分する。いいな」

司令が自分のノートPCを操作しながら、答えて言った。

「覚えました。わかりました。いま、アクセスして読んでいます」

そう答えながら、指令書の内部を読んでいた司令は思い出した。オビアだ。この作戦にはオビアがまず使える。司令はその場で部下に軍内電話をした。

「おい、日本に向けた作戦で、あの半年前の爆破で生き残ったロボットを覚えているか?」
「はい、覚えています。5023号、’オビア’ですね」
「そうだ。活躍のときが来たかも知れん。後で作戦会議をしよう」
「わかりました」

 


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