シリコンバレー神話から抜け出ろ

1980年台、1990年台と、Appleなどの新興のベンチャー企業を産んで育てたと言われる「シリコンバレー」だが、2018年の今になっても、日本では「アルマーニ」みたいなブランドものの響きが残っている。実際、日本の投資家には「シリコンバレー」のブランドは「絶対」と言っても良い響きが聞こえるのだろう。それがまるで「成功」への輝けるキーワードの一つであるように。別の言い方をすれば、シリコンバレー神話はいまだに日本で生きているのだ。

そのため、こういった記事(全文は有料)も多いのだが、実際のところ、シリコンバレーだけに、ベンチャー企業にとって最適の投資環境があるわけではない。ベンチャー企業に最適な投資環境は米国に多いのは知られているが、それは、米国社会は経済発展を、金鉱発見、原子爆弾の開発などやその周辺技術で成功体験を積んでいたからだ。しかも、もともとが他民族の開拓による西欧的な価値観の移入などがあっため、「新しいものを受け入れやすい」という下地もあった。「シリコンバレーだから」ではなく「米国だから」である。その証拠に、テキサス・インスツルメンツ社はやはり半導体の初期からある企業だが、場所はテキサスだ(シリコンバレーの最初の半導体企業はフェアチャイルド社で、これはトランジスタの発明者であるショックレーらが作った)。

しかも、シリコンバレーの景気の良い時代でも、5年後に生き残っていた企業は1千社のうちたった数社であった、ということを聞けば、そこが「成功」というキーワードで満たされた場所ではない、ということがわかるはずだ。我々が見ている「成功したベンチャー企業」は成功しているから目立つだけだ。

対して、日本の社会は大規模な混血があったのは数千年前~数百年前までであり、その後は鎖国などの国の政府の政策により、文化的な単一性による組織が高い生産効率を持つと同時に、新しいものを受け入れ難い、という文化を作ってきた。伝統的と言われる、長い時間をかけて作られたこの社会はなかなか外部から、内部からの圧力で壊れることがなかった。唯一、太平洋戦争へ突き進む過程と、その敗戦が、近年において大きな変化だったが、それとて、数十年で元の木阿弥になった。日本という社会は一度できた制度を新たなテクノロジーや新たな事業が変えていく、ということがなかなかできない社会なのだ。

とは言うものの、世界の多くの国は米国型の「他民族国家」「多文化国家」に変わりつつある。地域を超えた情報のリアルタイムな流れと、物流・人流のコストの劇的な低下とスピードアップが、同時に起きたからだ。日本という地域のビジネスもこれに逆らうことはできない。であれば、日本型のこういった社会をいかに無理なくこれらの世界のビジネスに結合していくか、ということが、日本のビジネスにおいて大きなものとなることは、言うまでもない。

単に「シリコンバレーすげぇなぁ」と口を開けて米国のほうを見ているだけではなく、自らの足元の社会のどこをどう変えていけば、世界の流れから取り残されずに生きて行けるか、という具体性が重要になる。いま、私たちはそういう時代を迎えているのだ。

 


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