好きなことを大事にする

サードウエアの久保さんの通夜に行った。享年63。ぼくの言い方で恐縮だけれども、人間は二つしかやることがない。ひとつは「やりたいこと」もう一つは「やらなければならないこと」。久保さんもぼくもそうだが、好きな事をやってきて、好きなことを仕事にした。現代という時代は「ビジネス」という言葉をよく聞く時代になったが、実際のところそれは「やりたくないことだけどやらなければならないこと」の言い換えである。そうやって、生きていくために生きている。

生きる意味=好きなことをする、を見出せない人は、そうやって人生の時間を無駄にする。事業者になり年齢を経ると、「やらなければならないこと」は重くなくなり、やがて消える。残るのは「やりたいこと」である。やりたい事がない人は、そこで人生が詰むのだ。生きることに対する緊張感がなくなり、残った人生の長さばかりを気にして生きることになる。結果として、その緊張感の無さがその人の寿命を作る。

「やりたいこと」「好きなこと」は人生の「余儀」ではない。それこそが人生に本当に必要なものである。

思えば、人間がこの世という何もない荒野に立った時は、途方に暮れただろう。そこに好きなことを見出し、好きなことをはじめて、人生の歩みが始まる。やがて、やらなければならないことばかりが増え、やりたいことを忘れていく。それに「ビジネス」という名前を付けて、自らを納得させる。現代人の不幸は「やりたいこと、好きなこと」を忘れさせる仕組みが完成された時代に生きていることだ。

久保さんは安定した大企業を辞め、自分の人生を歩んだ。そういうところに自分を置くことは、おそらく身体の底から湧き上がる「好きなことで生きていく」という衝動を抑えきれなかったからだろう。時代もそれをゆるした。やがて始まる大きな変化の時代。好きなことを持たなければ、死んでいくしかない、という事がより見やすい時代になるのだろう。

 


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