インターネットは「テクノロジー」ではない

インターネットというのは、デジタル・テクノロジーをベースにしているが、テクノロジーそのものではない。デジタル・テクノロジーを使った「革命」だったのだ、というのが、私の見方だ。

その昔、電気の発見があり、電灯ができた。そのテクノロジーの起こしたことは、人間の活動時間を増やす、ということだった。このときは「テクノロジーと人間社会の変化」は直につながっていた。しかし、インターネットが起こした革命は「人間を地域という軛から開放した」ということだ。

現在の人間の社会の秩序は、かなり昔から、基本的に「地域」で区切られてきた行政区画ごとに作られてきた。しかし、良きにつけ、悪しきにつけ、インターネットは地域を超えた人間どうしのコミュニケーションができるようにした。そのため、これまで数百年にわたって人間社会をかたち作ってきた「地域」というものを根本的に否定した。さらに、人の流れ、モノの流れも、飛行機などの地域間を安価で大量にすごいスピードで誰でもが移動できる手段ができて、さらに「地域」というものの重要性が減った。

しかし、人間の社会はここ数百年以上にわたって、宗教なども含め「地域」をベースにしてきたもので成り立ってきた。「地域」が大前提なのだ。「地域」はあらゆる人間社会の基礎だった。しかし、現代においてはその「基礎」そのもの、その前提を否定、あるいは弱体化することができるテクノロジーが出来、それを「地域消滅」に持っていくための、新たな文化が生まれた。それがインターネットだ。

だから「テクノロジーの発達が人間社会を変えた」のは間違いないのだが、それは「テクノロジーを使って人間社会の文化に革命を起こし、人間社会を変えた」のである。人間の社会は今までの旧文化と新文化の過渡期にあり、それぞれが混ざり合い、淘汰のための闘争を始めたのだろう。そして、最後は「新しいもの」が勝たざるを得ない。おそらく、そういうことが、これから始まるのだろう。いや、そうであろう、と思って、ぼくらはインターネットに飛びついた。変化は大きな変化ほど楽しいからだ。

 


 

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