「コピペで行ける!」の意味

「コピペ」で行ける!

「コピペ」で行ける!

「なんで三田さんみたいな人が、原理とか教えずに<コピペでいける>とかって言う本を出すのかなぁ?」と、言われたことがある。たしかに、ぼくはこの業界にはもう30年近くいて、一通りの技術や経営もなんとかなる。新しいものにもとりあえず対応する。でも、さすがにこの年令になってくると、次の世代の日本が心配になってくる。もっと、「作れる人」を増やす必要がある、と思い出した。

ぼくらが学生の頃からしばらく、まだ日本ではITという言葉を誰も知らず、インターネットという単語もなかった時代に、ぼくはコンピュータを始めた。その頃のコンピュータ屋といえば、「若いのに、暗い部屋でキーボード叩いていて。。。それじゃ女性にもモテないよ。なんていう青春を送っているんだ!」なんて言われた時期だった。インターネットの最初の頃の人たちにUCB(University of California Berkeleyとかスタンフォードで会った時代は、もう30年近く昔だが、米国にもしょっちゅう行った。「インターネットのルーツを探るバークレー詣で」だったんだなぁ、と今にして思う。

そして、日本の現状は「マイナス成長」の時代。人口減少はそのベースに大きく横たわるが、周辺の国や地域は、中国もどこもおおむねプラス成長である。「日本のITはどこ行った?」なんて叫んでみても、ベースがなくなっている。世界でのビジネスをするには「英語」「IT」「経営」がわかっていないと全く相手にされない。日本の多くの若い人は「英語」も「IT」も苦手だ。しかも、退職前後という世代の「先輩」は、このいずれもが苦手に育ってきた人たちばかりだ。こういう人たちをあてにすることはできない。

今の若い人と言わず、多くの人が「モノを作る」技術は必要ない、そんなものはどこにでもある、と言っているうちに、日本にはどこにもそれがなくなってしまった。まぁ、自分の本くらいでどうできるものでもないとは思うが、そろそろ、日本人もその「底力」を出すため、勉強を始めることが必要だと思うのだ。まずは勉強する自分自身のためだ。周りを見渡すと、この「失われた20年」では、日本がお金を失っただけではなく「お金を生み出す基礎」も失ったように見える。まずは、目の前のものを「触って」「動かして」「楽しい!」と思って、そして「身につける」「原理を知るため勉強する」という、そういう順序はどうしても必要だと思うのだ。そういうところに、日本という地域の大人や子供は再び立つ必要がある。

老人が自らのいる場所にあぐらをかいているあいだに、教育はおろそかになり、若い人間は育つ場所を失った。しょうがない。最初からだ。まずは基礎から、楽しいと思うことから、始めなくてはいけない。具体的に自分ができること。自分がITの技術を習得したその最初に立ち返って、まずは「うごかして」「楽しいと思ってもらおう」。そして「仲間を作って」「その仲間で生きていこう」と、そう思ったのだ。

人は人として生きるとき「道具」を作って生きてきた。それはいつか人が人として定義されるときに必須のものになった。「道具」を作っていく力はそのまま「人が生きていく力」である。それが目に見えるものであろうが、そうでなかろうが、関係はない。

「学ぶ」とは「まねぶ」である。それは「真似ぶ」であって、「真似すること」である。勉強の最初は真似でいい。勉強をしていないことを恥ずかしいと思う必要はない。今から、少しずつでもやればいいのだ。「コピペ」のキャッチはそこで考えついた。

 


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください