人のいない街

※本記事はフィクションであり、実在の団体、組織、人間とは一切の関わりはありません。

茶色いお洒落な少し天井の広い空間。ソファも座りやすい。気がつくと疲れもあって10分ほど寝込んでしまった。ここは喫茶店でもないし、居酒屋でもない。コンビニのイートイン空間。隣のコンビニで食べものや飲み物を買ってきて、ここで飲み食いができる。見れば、いつもは見かけない老夫婦が楽しそうに食事をしている。

家の中の老夫婦。夫は退職している。妻は専業主婦だ。

「あなた。暑いし、なにか食べたいから、あそこのコンビニに行きましょう。家の冷房の電気代も、もったいないわ」
「あそこ、冷房はあるけど、レストランじゃないからな。食べる場所は無いと思うよ」
「この前、改装で大きなイートインができたのよ。店員さんもいない、セルフレジ、っていうのになったのね」
「しかし、外は40度の猛暑だ、って天気予報も言ってた。暑くて外には出たくない。宅配してもらえばいいんじゃないか?」
「そうね。宅配って手もあったわね。でも私たち、まだ身体が大丈夫だし、行くのに不便はないでしょ?気晴らしに行きましょうよ」
「気晴らしか。そうだね。行ってみるか」

老夫婦が向かったのは、マンションから数分のコンビニだ。そこはセルフレジ導入済み。

「このところ、野菜が少ないから、サラダが欲しいわ。あ、この春雨のサラダにしましょう。それと飲み物は。。。。」
「なんだか、パッ、パッ、と買っていくねぇ」
「もうすぐお昼だから、並んじゃうでしょ。急がないと」
「なるほど。。。お、ビールもあるのか。ビールも頼もう。安いな。100円。居酒屋だったら350円とか言う値段だ」

老夫婦は、昼ごはんに買ったものをレジに持っていき、カウンターに置くと、レジに金額の表示がされた。その金額をカードで払うと、商品は勝手にロボットに袋に入れられ、夫婦の前に出てきた。

「簡単だなぁ」

今度は、「お父さん」が声をあげた。

「じゃ、隣のイートインスペースに行きましょう」
「ここか。すごく落ち着いていてきれいだ。まるでレストランみたいな作りだね。人も誰もいない」
「ここに座りましょう」

老夫婦が向かい合って座ったソファの席の間には、もちろんテーブルがある。夫婦はそこに今買ったものが入っている白いポリ袋を置いた。


気がつけば「人生100年時代」と言われる。日本は豊かな国でもなくなった。

老夫婦は、食事を食べ終わると、コンビニを出て、自宅に向かった。


「いつものクリーニング屋も雰囲気が変わったね。あ、あそこも人がいない。セルフレジになったのか」
「そうよ。一昨日行ったら、レジに洗濯ものを並べると、ロボットの手がにゅーっと伸びてきて、目の前であっという間に選別するの。シミ抜きが必要なものも、その場で広げてスキャナーが調べるんですよ。そして、料金が表示されて、カードで払って終わりなの。便利な世の中になったわ」
「俺がよく飲みに行く近所の居酒屋もみんなロボットになったんだ。夕方行くと、どこからともなく、いらっしゃいませ、だよ。そして、注文すると、数分で調理されたものが出てくる。最後に支払い。人の特定も、顔認識でするらしい」

二人とも、身振り手振りで、それぞれが経験した様子を楽しそうに語り合う。話は尽きない。イートインのスペースは「あまり長居しないように」という注意書きがあるが、この老夫婦を含め、多くの人たちが2時間以上そこにいた。


気がつけば、夕日がこの都心の小さな町を赤く染めていた。その夕日を見つめる老夫婦の顔も、夕日が赤く染めた。夕日の手前に東京タワーが見える。そして、なにかにハッと気がついて、夫が言った。

「なぁ、一緒にいて、もう何年になるかな。40年くらいかな。もっとかもしれないな。気がつけば、この住んでいる街は俺達と同じ老人ばかりだ。幸い、うちは介護の必要は今のところないが、必要になれば、ケアセンターに頼んで、部屋にロボットを設置してロボットケアをしてもらうことになる。お隣さんみたいにね。そして、スーパー、コンビニ、クリーニング、居酒屋。どこにも人間はいない。ぼくら老人だけがこの街で生きている人間だ。夫婦水入らず、ってのは、このことかな?しかし、若い人も子供も、若い夫婦も、この街には誰もいない。この先、この国はどうなるんだろう?」
「いくら考えてもわかりません。私達はそうするしかなかった、としか言えないわ。あぁ、でも今週の週末は介護ロボット製造会社で仕事をしている息子の夫婦が子どもたちを連れて来るって。久しぶりに休みが取れたから、って。誰もいない、ってわけじゃありませんよ」

老夫婦の顔が、夕日の中で、一瞬、緩んだ。

そんな会話をする老夫婦の前を、葬儀の自動運転車がやってきた。介護ロボットが、隣の家の老人の死を感知して呼んだのだ。介護ロボットを取り外す係員が数人、やってきて、介護ロボットを部屋の定位置から取り外し、どこかに運んで行くために、トラックに載せた。亡くなったお隣さんには、身寄りがない、と聞いている。ロボット以外、見送る者はない。そのロボットも、電源を切られ、いつもの定位置から外され、業者のトラックの上でじっとしている。悲しんでいるようにも見える。そうでないようにも見える。動かない。

「お隣の介護をされていたおじいちゃんね。亡くなったのね」

ポツリと、妻が言う。

「そのようだな。。。。明日はご近所に葬儀のお知らせが来るだろう。俺の喪服を用意しておいておくれ。ちょっとコンビニに戻って、香典袋を買ってこなきゃ。明日の葬儀には君も一緒に来るかい?」
「私は留守番をしているわ。だって。。。」
「だって、なんだい?」
「誰もいなくなる、って、寂しいことじゃない?」

その時、その街で生きている人間は、この老夫婦だけだった。

 

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