「専門家」が見えない時代

今の世の中は「専門家」へのリスペクトが少ない社会なんだな。専門家でなくても、ある程度はできる。たとえば、専門家は「クルマを作って、そのクルマで目的地に行く」ことを考える。当然、「一般人」は「できているクルマを買って、そのクルマで目的地に行く」。あるいは「タクシーにお金を払って、タクシーで目的地に行く」のが一番の「近道」かつ「安価」になる。
どちらも目的を達することができ、そして、おそらく後者のほうがコストも低く、到達までの速度は速い。
しかし、確率はそう多くないとは思うが、途中で事故が起きたり、あるいは、クルマがエンコしたりすると、手軽に目的を達する方法しか知らない「専門家ではない人」は、結局は中身のわかる「専門家」の助けを借りるしか、目的を達する方法はなくなる。しかし、そういうシチュエーションは確率として減っている。だから「専門家ではない人」は、事故があったときだけ、専門家に来て欲しい、と思う。しかし、「手軽かつ安価に」に慣れすぎているので、「専門家」も「手軽かつ安価」だと思ってしまう。しかし、「専門家」はそれで食っているのであって、めったなことでは安い対価では動かない。あるいは、安い単価であれば、それなりの対応をするしかない。
結果として、「専門家ではない人」は、「専門家は(普段は)必要ない」と考える。しかし、いざというときのために、専門家が要るのだが、その「いざというとき」のために、ずっと専門家を待機させて雇うほどのお金は考えていない。まぁ、こういうったことが延々と続いて、あちこちで火を吹き始めているのが現代という時代だろう。こういうことは自分のところだけだと思っていてはいけない。やがて、あちこちで火の手が上がって、専門家は足りなくなり、高騰するのは、目に見えている。今のほうが安いのだ。
今、ITについても、「専門家は必要ない」と思う「素人」は多い。実際、素人でも扱えるように、と専門家が作ってきた膨大なインフラやサービスがあるから、それができるだけのことなのだが、「利用者」はそのことを知らずに使っている。専門家のしごとのおかげだが、この時点で「専門家」は「素人」からは見えないところにいる。
「専門家」と「素人」のコミュニケーションも減っている。これはだんだんとクライシスへの接近を意味しているのだが、ほとんどの素人はそのことを知らない。専門家だけが「このままでは大変なことになるよ」と警告するのだが、「素人」は聞いていない。そして、「大変なこと」は、確実にやってくる。
あの3.11のときみたいに。


 

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