さまよえる老年

外に出て、取引先と話をすることが増え、カフェでPCを開けて仕事のメールをすることが多くなった。企画書などを書くことやそのメモや調べ物も増えた。しかし、カフェなどでは落ち着かないだけでなく、集中してそのくらいやれば十分、ということも多いので、長くても2時間くらいしか、ぼくはいることがない。普通は1時間ほど、あるいはそれ以内だ。それでも自分では長いほうだと思うのだが、それ以上の時間いる人もすごく多いのがわかる。ぼくがカフェに入って、出てくるまでのあいだ、その周辺の人たちがほとんど変わらないのだ。

若い人ももちろん多いが、それにもまして、最近はご老人が多い。カフェで朝から晩までなにか本を読んでいたり、タブレットをいじっていたりする(のだろう。ずっといるわけではないのでわからないが)。なにか書く、ということをしている人はほとんどなく、タブレットや本を眺めているだけ、という人も増えた。要するに「時間つぶし」をしているらしいのだ。

日本は1950年の朝鮮特需で高度経済成長が始まり、オイルショックくらいまでは「順調に」経済成長していた。ぼくも、その時代に子供時代を送り、その頃は「今年より来年は絶対に良くなる」と、誰もが信じて疑わなかった。

その時代の都市部は企業などで働くサラリーマンが一般的で、毎年給与は上がるのが当たり前だった。もっとも、毎年、物価も上がった。いま、そういう企業も役所もなくなった。その、企業の黄金時代に企業人として技術者などをしていた人は、退職した今でも「元・XX電気」とか、既に退職した企業の名前を肩書にした名刺を自分で作って持っていたりする。そういう人には「元・XXにいらしたんですね。すごいですね」というと、それだけで満面の笑みが漏れ、話もうまくいくことが多い。しかし、あくまで「元」であって、いまどき、そんな「元」のついた肩書を、そうではない若い人が、本当にありがたがっているわけではない。それが現実というものである。

本心では「バカじゃねぇか?」と思っても、そういう人をノセてお金を引き出すビジネスをしている人は、そのあたりのことをちゃんと心得て、見えないところで舌を出す。

そういう「おじいさん」が、実際の商売の厳しさも知らず、持ち上げられて、アパート経営とかに手を出す。やる前から結果はわかる。「お金さえ出せば、あとはいたれりつくせりで、もっと大きなお金が入るビジネスになるはずです」。はぁ、そうですか。だったら、あなたにお金を貸すから、あんたの名前でやってみてくれませんかね?もっとも、万が一、失敗したときのために、担保もいただきますが、そりゃ、成功間違いないんだから、あなた、絶対に大丈夫ですよね?というのが、正解であるが、そこに話を持っていくわけには行かないのが、「営業マン」という職業である。営業マンはそこまで読まれたら、さっさと引き下がるしかない。

日本のおじいさん元サラリーマンは、そういうノウハウを知らない。世の中の厳しさを知らず、いい時代を過ごしたのだ、という自覚もない。だから、簡単に騙される。シニアの活躍の時代である、というのであれば、まずは世界のどこいらへんに自分はいるのか?ということから、「自覚」を育む必要がある。

あなたがもし、高度経済成長期に、エンジニアとか研究者であったのであれば、まずは自分のいる現在の位置を世界から眺め、自分の持つ「元XX」の肩書を捨てることをおすすめする。そこから、次の時代を切り開くことができるだろう。



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