斜陽産業は元に戻らない

鎌倉市・川喜田映画記念館に行ってきた。ここの川喜田という名前を知らない人も多いだろうが、戦前からある洋画(映画)の配給会社である「東和」の創業者のご夫妻の、鎌倉の邸宅をそのまま使った映画の記念館だ。昭和の時代、映画館で洋画を見ると「配給・東宝東和」と出ていたのを思い出すが、あの「東和」である。要するに、もとは日本の映画産業の一角に大きな地位を占めた「東和」の創業者の邸宅である。それを「映画の記念館」としたものだ。

とは言うものの、最近は「映画」というと映画館で見るものではなくなり、テレビの「なんとかロードショー」で映画を見る時代も遥かに通り過ぎ、NetflixとかAmazonとかでストリーミングの、メジャーではない、その映像会社のためにオリジナルで作った映画を、カウチポテトとかで、タブレットやスマホなんかで寝転んで見る時代である。隔世の感があるが、映像エンターティンメントというのは要するにそうなっていくのだろう、としか言えない。

古い時代をぼくも知っているし、映画館での上映前のワクワク感なんてのは、それはそれで思い出すと楽しいものだが、映画館で見る映画以上のものが、手元のタブレットで見られる時代であると同時に、スペクタクル映画のようなものも、今やコンピュータグラフィックスで作るものであり、さらに、それが作れるコンピュータもかつてはスーパーコンピュータだったものが、今やネットに散らばるクラウド環境でクラスタリングを行えば、別にカネのかかる環境でなくてもいい。映画製作のためのソフトウエアも低価格のものがたくさんある。

「配給・東宝東和」の時代は、既に縄文時代や石器時代の話になりつつあり、映画製作もITで安価に行うから、人を集めて見てもらうのに多大なカネを集中して掛ける必要もなくなってきた。「映画」のありがたみがあった時代というのは、映画製作の時点から大衆化・ローコスト化できなかったし、そういう資本を集められる、世界そのものが「好景気」な時代であった、というのがよくわかる。

テレビのドラマでも無名の役者を集めた学校ものがヒットする時代である。「スター」がいなくても、ドラマというビジネスがかなり低いコストで成立することがわかってしまった。それは映像エンターティンメントの「大衆化」の一部である。

いま、世界は貧乏になったのであり、それに見合った形でデジタル化・インターネット化が進んだのであり、それだけのことであり、まぁ、懐かしい時代を顧みても、同じ時代は再びやってこないのだ。

そして、ぼくはその時代の変わりの最先端で仕事をしてきたと、今でも思うし、今もそうしている。おそらく、ぼくだけではなくて、世界で同じような仕事をしている人は有名無名含めて何万人もいて、そして次の時代を作るのに、精一杯やっているのだ。

映画は大衆芸能としての役割を終えた。そして、その「懐かしい時代」の残渣がこの記念館にある。それは、時代を超えられなかったエンターティンメントの成れの果てであるのと同時に、そういう時代を超えられたもののなんと少ないことか、ということにも思いをはせずにはおれない。

やがて、テレビもその大衆娯楽の役割を終えるときが来るのだろう。そう思って、滅びゆくものの哀れを思いつつ、同館を後にした。朝から降っている雨はやまない。



このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください