30年前のコンピュータ業界って?

もう30年以上も前の話ではあるけれども、ぼくらがいたのは、ITという言葉も無かった黎明期だった。世界中がこの「コンピュータ」という新しい分野で沸きかえっていて、でも、新しいので、古い人の持っている歴史や知見が全く役に立たなくて。だから、コンピュータをはじめた自分たちの前には「先人」「先例」「業界のボス」なんてのはいなかった。

知的な仕事ではあったが、創造性も必要で、なにがなんだかわからないものと、対峙してなんとかものにする、という、現場で生き抜く体力も必要だった。みんながピカソか何かのような、泥にまみれて仕事をするタイプのイキが良くて創造性のある「芸術家」のようなものだった。

だからといって、体力だけでなんとかなるものでもなく、知的な仕事でもあったから、学歴のない人間には、コンプレックスだって普通にあった。でも、学歴が評価の基準にはならない世界だった。なにもかも、自分たちがやっていることが業界では初めてで、その後に続く人たちの扱う標準になっていった。

結果として、先生と生徒の人間関係とか、学校での成績とかがモノを言う世界ではなく、実力だけが評価された社会だったので、若くて頭が柔軟で体力のある人間には、楽しくてしょうがない世界だったんだな。しかも人の役に立つモノを作っていた。こんなところで若い人間が仕事ができる社会は、いま考えてみれば、当時だって、本当に珍しい。

しかも当時の日本は経済的に豊かで、社会には使えるお金があふれていた。新しいものに投資する意欲も、どこにでもあった。時代的な時間軸においても、場所的な意味においても、あの当時の日本という地域は、ITというハイテク世界に関わる若者にとって、ベストポジションの1つではなかったかと思う。

自分として振り返って今思うのは、そういうところに若い時代を生きた機会を持ったのは、本当に幸せなことであり、ラッキーなことだったんだな、と、今さらながらに思う。

ただし、それから20年も経たずに、日本という地域は没落への道に迷い込んだ。ITの世界も時が経ち、古い権威が幅をきかせるようになり、有象無象の儲けたいだけの守銭奴があちこちでこの業界に入ってきて、今に至っている。ITといえばビジネス、という感じの社会になってしまった。結局、今でもぼくはその真ん中や端っこにいて、今はこの業界と墓場までつきあって、その最期を見届ける、そういう役目を天から仰せつかったような気がしている。

30年前は懐かしいが、戻ってくるわけではなく、これからどうするかを、全く先人が考えもしなかったことで、やっていかなければならない世の中になった。自分で考え、自分で道を切り開くことが、嫌でも必要になった。

「ぼくの前に道はない。ぼくの後に道はできる」っていうのがあったけど、気がついて見れば、そして、計らずも、それをこれまで地でやってきた感じがある。


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