オリジナリティは「ない」

「学ぶ」は「真似ぶ」が語源と言われているからね。今流に言えば「コピペ」ですよ。みんなが一から何かを作り出さなければならないとしたら、その人の一生で全てが終わってしまうわけで、それは「世代を超えた継承」はない、ってことになるよね。人間ってのは、前の世代が作ったものを、コピペして、次の世代の学習時間を激減させることにより、次の世代にいまの文化とか技術を伝えた上で、発展させていくものだからね。それが人間の歴史だからね。

そういう意味では、現在の著作権法や特許法は、人間社会での「継承」が配慮されていないんですね。だから「模倣は悪」という価値観が作られている。それは主に一代限りの発明や創造による作品や技術・技法と、そこから派生するお金の保護に重点が置かれているから、そういう解釈になっちゃうわけですね。まぁ、それも大切じゃない、ってことではないんだけれども。

著作権法や特許法をあらためて読むと、その最初の「第一条」には「この法律の目的は、文化(特許法なら産業の発展)に寄与するため」って書いてある。つまり作った人の権利を保護するのは、そういう目的のための「手段」である(権利の保護は目的ではない)、って書いてあるんだよ。

この「人間として当たり前のこと」を忘れて、権利ばかりを気にすると、明らかに文化も産業も衰退していくんだよ。世代を追うごとに、それが見えてくるはずだが、それが見えた時は、もう終わりに近いな。



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