日本では「電子マネー」のやり方を変えなければならなくなった

7payの電光石火のスピードでの「セキュリティ破綻」は、それがどんな原因であるにせよ、また、今後どんな処置が行われようと、結果として「日本のキャッシュレス少額決済」の市場を完全に葬り去った、と言っていい。使われなければ意味がない。それが日本のキャッシュレス決済で、JRグループのSuicaなどの一部のICカードを使った成功例を除き、バーコード決済系の「信頼の無さ」が日本の国民にいっぺんに嫌われてしまった。「やっぱり現金だよね」。それが多くの日本国民の偽らざる気持ちであろう、と、私は思う。

日本の通貨システムは「強固な政府」という基盤の上に成り立っている。特に日本の地域政府は、かなり以前から、そして、戦後の高度経済成長期を経てより強固なものであった。国民一人ひとりに強い影響を与える「強固な政府」があるからこそ、それまでの「現金」というものの「信用」があった。この信用の強さは、他の国や地域では見られないほどのものだ。それはそのまま、日本円の現金の「強さ」を示すものではないか、と筆者は考えている。

たとえば、日本であれば、政府与党の政敵という位置にある「日本共産党」は、それでも、日本の政府が決めた公休日には「休み」になるのが当たり前だ、と思うだろう。実際、そうなっている。しかし、諸外国ではそこまで政府が信用されていない。だから、政府が決めた公休日であっても、そんな話は聞いていない、という企業や組織が非常に多い。日本の政府が日本の国民に非常に信頼された存在なのは、現状でも諸外国の政府の信頼以上のものがある。

だからこそ、中国などの諸外国では「バーコード決済」「電子マネー」が短期間で普及した。政府発行の「お金」がもともと信用がないうえ、その「無信頼」に乗じて、他の通貨発行業者が入る余地があるばかりでなく、偽札などの入る余地も大きく、信頼がない通貨をいつまでもやっていられない、という事情があった。そこで「新しい通貨」が必要だった、という事情があったのだ。日本の場合は、レガシーな政府の信用は諸外国に比べて非常に大きい。そのため「日本円が明日、突然無価値になる」ということは考えにくい。しかし、諸外国ではそういうことが当たり前にあるのだ。

「バーコード決済」は、安価になったIT機器端末だけで「お金の信頼」を醸成できるので、ここまで短期間で諸外国で普及した。しかし、日本ではこれまで100年以上、通貨の混乱もなく、それを発行している政府も信用されている。であれば、通貨のキャッシュレス化の目的は「利便性」のみである。しかし、その利便性も、「強固な強い政府」という前提があってのこと。であれば、日本に新しいキャッシュレスが本当に普及するのは、日本の国の地域政府が衰退し、一般国民への影響力が少なくなってきたときだろう。

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