醜悪なじいさんたちの顔は見飽きた

かく言う自分もそんなに若いわけじゃないが、今度の都知事選のまずほとんどの候補、特に「有力」と言われている候補は高齢者ばかり。政治の世界を知り尽くしている、官僚に顔がきく、なんてことは、そろそろやめたい、と、誰もが思っている。なんで本当に若い人間が出てこないのか?と思ったら、やっと一人出てきた。聞けば言っていることはまともだし、庶民感覚もあるようだ。

高齢者だからなにかを変えられない、と決めつけるつもりはないし、自分もなにかを変えることが大切だと思っている一人ではあると思う。しかし、今回の都知事選にかぎらず、日本の政治は若い人間が活躍できる場を用意していないし、なによりも若い人間を老人はコントロールしようとする。そして、なによりも自分の言うことを聞く人間しか、若い人間を認めない、ということをしている。老人にも余裕がないから、若い人間で「あいつ、やるな。面白い。やらせてみよう」と、言うような視点が持てず、若い人間を自分の敵だとしか見ていない。ここまで偏狭な老人がはびこるのは、これまで日本を作ってきた高齢者には「俺たちが作ってきたんだ」という自信があるからなのかもしれないが、その後の衰退も自分たちが作ってきた、というのは見たくない、といことなんだろう。いいところだけ自分のもの。悪いことは他人がしたこと。こんな老人がまともなわけがない。

つまり、あくまでぼくの予感だが、簡単に言えば、今度の都知事選あたりから、日本の選挙というのは「世代間のたたかい」になってくるだろう、と思うのだ。

なにせ、脱原発が争点と言っても、老人たちの政策を見れば、誰がどういう違いを持っているかと言えるほどの違いもない。根本のところで慣れ合っているし、だいたい、これまでの選挙で政治家はうそつきだ、ということがはっきりと誰の目にもバレてしまった。「もうこいつらじゃだめだな」感がハンパないのである。このまえの参議院選挙でも「お祭り」でかなり得票をとれている。東京のような都会はおそらくさらに、お祭りで得票が取れるようになる気配がある。

これから日本で始まるのは、「世代間の闘争」だ。この都知事選はその最初に位置するものになるだろう。

 


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