台湾と日本とのつながり


 

思い出したので、書いておくけれども、台湾と日本とのつながりというのは、非常に深い。お隣の韓国とは「大陸つながり」であって、こちらも深いのだが、少々意味が違う。まず、日本人というのは、大陸から来たモンゴル系の人と、南方から来た太平洋の海洋人の混血だ。台湾人も、朝鮮半島を介していない代わりに、非常に大陸から近い狭い海峡を渡ってきている人と、南方から来た人種の混血であって、日本人とその始祖が近い、と言われている。日本のアイヌの民族衣装と、台湾の少数民族の民族衣装は、似ているところ、特にカラフルな色使いなどが似ているが、これは同じルーツから来たものだろう、と思わざるを得ない。あくまで、自分の経験にもとずく私見だけれども。

そして、近代になって、「国」の形が次第にできてくると、台湾は大陸を支配していた「中華民国」の一部、どちらかというと「田舎」、というか「僻地」扱いだったわけだが、この中華民国の人たちは「漢民族」ですね。で、「中華」は「中央にある華(花)」という意味。とても誇り高い。でも台湾の先住民は、その昔、清(これは260年続いた「満州族」の国家)の時代にあって、主に福建省の人たちが開拓で台湾に送られ、その人たちが台湾で「混血」となった結果。この人たちが台湾で言うところの「本省人」の元なんですよね。このとき、海流の激しい台湾海峡は海難事故が多くて、台湾に開拓のためにわたってきたのは、男性が多く、現地の女性と結婚する例が多かったんだな。これが本省人の元と言われています。この話は大阪にいらしていた「呉」さんという、「自由時報」の会長から日本語で話を聞いたんだけどね。もう故人になられました。。。。そのときのエピソードはあるけど、ナイショ。

1911年に、中華民国が設立。辛亥革命の後。この革命のための資金調達に世界中奔走したのが「孫文」。彼は世界中回りすぎて、中華料理はほとんど食べていないのだとか。で、彼は日本での支援者も多く、戦前の右翼の巨魁と言われ、伊藤博文にも大声で意見したという「頭山満」、首相になった「犬養毅」なども支援者。早稲田大学の隣の鶴巻町という街に頭山の豪邸があって、そこに孫文が匿われていたこともあったという。つまり「中華民国」人脈というのは、日本の右翼と深いつながりがあった。これは今も続いてるね。孫文は都合10年以上日本にいたとのこと。

1949年に大陸中国を支配していた「中華民国」が、大陸から追い出され、台湾に臨時政府を作ったわけで、この人たちは「中国共産党」に殺されかかったわけだから、「共産党嫌い」なんだな。この人たちが台湾に後でやってきた人、ということで「外省人」と呼ばれるわけです。「本省人」にとっては、「外省人」なんていい迷惑、という面がけっこうあるわけですよ。後から押しかけてきたんだから。しかも2年前の1947年には、「2.28事件」という、本省人の大虐殺を行った政府が来たわけでね。そりゃ、本省人にとったら受け入れ難い。でも、受け入れた。

で、今の民進党の蔡英文さんは、本省人系だし、民進党という政党も本省人系なわけですね。だから、大陸中国の共産党とは仲が悪い。台湾の「外省人」も「本省人」も、まぁ、大陸の共産党とは距離を置いてるわけですよ。でも、同じ北京語でしゃべるしね、外省人にとっては同じ「漢民族」なわけでね。外省人系は大陸とつながりが深い。でも、数から言うと本省人のほうが多くて、完全に1つにしちゃうには無理がある。本省人の人と、外省人の人って、今でも顔つき違いますよ。慣れてくると、ほぼ見分けがつく。全部じゃないけど。

いやもう、台湾を本格的に勉強すると、複雑な話ばかりでね。いろいろな話を聞きましたよ。

日本と台湾の100年以上前からの近代を知ると、台湾というところの歴史の複雑さがわかると同時に、中国とか中国人というものが、台湾を通してもっと明確にわかる。この記事読んでくれた人は、ぜひ、台湾を勉強してみてください。

って、ぼくはIoTとかサイバーセキュリティが専門なんだけど、こういうのも勉強していて、今も勉強している。楽しいよ。