朝のコーヒーチェーンで実験

朝、よくチェーン店のコーヒーショップを使う。ドトールの恵比寿のお店でちょっと実験。注文するとき、まず最初に「こちらでいただきます」と言う。次に「このカードで払います」と言って、最期に注文メニューを言う。こうすると、マニュアルとは順序が違うので店員さんは混乱する。最初に言ったこともまるで覚えていない。

つまり、アルバイトの店員さんは機能ごとに考えてものを言うわけではないから記憶に残っていない。「で、お持ち帰りですか?」って後で聞いてくるから「さっき言ったよ」って言ったら、「聞こえなかったのでもう一度」って言うわけですよ。で、「覚えてないの!?!」って言って挙げるわけです。つまり、機械が店員しているのと変わらない。数秒前の短期の記憶も消えてるのね。まぁ、アルバイトだから、仕事にそんなに精を出しているわけでもなく、頭を使う仕事だとも思っていないでしょうし、この日本の仕事がほとんどない状況でなんとか少しでも稼げるからやってるんだよ、ってことだし、店員さんを悪く言うつもりはないんだけどね。

ニワトリは三歩歩くと、三歩前のことは忘れている、って言って「とりあたま」って言うんだけど、まさにドトールの恵比寿の店員さんは「とりあたま」なんだね。いや、そのほうが管理はし易いわけですよ。でも、そういう人に高い人件費を払う必要はないです。機械でいいから。

ドトールにはもっと儲かる方法を教えてあげると、ドトールは店員のアルバイトやめて、タッチパネル式の端末で注文を受けるようにすると、すごく人件費の削減になるんじゃないかと思うのね。で、もしもの問題が起きたときに、マシンの監視をしている店長さんだけがお店にいるようにするの。話題にもなるし、儲かると思うよ。調理はバックヤードでやるわけだから、こちらもロボット化すると、人件費の大幅削減になる。既にある程度はセントラルキッチンでできるものは半完成で持ってきているから、ロボット化はけっこう簡単じゃないかと思うのね。

こういう「合理化」は、そのファーストプレイヤーだけにメリットがあって、後続のプレイヤーは逆に客を減らして淘汰されていくものだし、できるだけ速く、こういう合理化はすべきだと思うんだな。

数年前だったら、ファーストフードチェーンの店員さんでも少々この順序を違えても、ちゃんと対応できたんだけど、最近は対応できない。そういう時代になったんだな、と思うわけですね。つまり、人間が機械になってきた。このサービスを受ける側も自分が機械であることに文句を言わなくなってきた、とも言える。だから、サービス業はもう人間をなるべく使わないで、機械にすると、もっと利益があがる。売るものも安くなるから、お客様も増やせる。これがいいんじゃないかと思うよ。ただし本当に利益をあげられるのはファーストプレイヤーだけなんで、そこは間違えないで欲しいと思うんだけれども。

みんなもこういうのを実験してみるといいです。

 



日本:ある平日の午後

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たとえば、定年退職後の老人であれば「今日はなにもすることがない」のに焦りは感じても、「あぁ、自分は退職したんだった」と納得してその日を暮らすことができるんじゃないか。でも、若い人で同じ状況の人はいま日本にすごく多い。彼らは「納得」しないだろう。チェーン店の安いコーヒー屋には、いま、中高年と若者が非常に多い。昼間からなにをするでもなく、そこにいる。

いまの日本では仕事がない。若い人間にも老いた人にも、ない。いや、全くないわけでもないんだが、非常に少ない。1o年以上前の日本の都市部であれば、昼間にコーヒーチェーンに寄るのは家庭の主婦が主で、働きざかりの男はほとんどいなかった。いまはそうではなく、すべての年齢層の人たちが等しく、そこが人生の縮図でもあるかのように、そこに集まっている。

日本の高度経済成長期から、つい10年くらい前であったら、こんな光景は見ることがなかった。どんな能力を持っている人にも、等しく仕事があり、等しく忙しかったからだ。しかし、いま、日本では日本の経済を支えた製造業が衰退し、製造業の技術は、それがどんな技術であれ、必要なくなってきた。ましてや技術も能力もない人には仕事がない。

今必要な能力は「なにを作ったらいいか」を考える能力である。もっとあからさまに言えば「なにをしたら儲かるか」を考える能力である。そしてそれを実行する実行力だ。しかし、「なにをしたらいいかわからない」人には仕事がない。いまはそういう世の中に変わったのだ。そして、その激しく早い世の中の流れに、殆どの人はついていけない。