「台湾赤十字には義援金を送るな」というお話

「台湾赤十字」への義援金はなにに使われているかわからないので送らないように、という話がツィートされるとか、シェアされるなどして、話題を呼んでいる

だが、こういう話は、本当のところは党派性や政治性が絡む話なので、この内容自身が本当の話なのかどうか、それを信じるかどうかは、自分で調べた上で判断する必要がある。台湾の政治的な内情は普通の台湾に普段から接していない日本人が想像する以上に複雑であり、普通に日本で生活している日本人にはわからないことが多いからだ。

なお、台湾はいくら狭いとは言っても花蓮と台北や高雄などの都市は離れており、山脈も間にある。これらの大都市にはほとんど被害はない。台湾の東海岸の宜蘭や花蓮などは日本に一番近いところにある「台湾」である。与那国島まで100km -150kmくらいしかないが、地形的には間に深い海峡があり、与那国島でも揺れたとは思うが、そんなに大きな揺れは無かったものと見られる。

「台湾への支援」と言うと、それだけで熱狂する方々がいるのは承知しているが、義援金だけが援助ではない。震災後、地元に行って観光する(そして地元におカネを落とす。その地元のことを日本に帰っていろいろな人に宣伝する)のも支援である。支援の方法は義援金だけではなく、それぞれ多様であり、多様にすべきだと、個人的には思っている。

こういったネットでの「評判戦争」も、場合によったら「サイバー戦争」の一部なのかもしれない、という面もある。

ところで、最近の台湾土産ではこの「太陽餅↓」をいただいたのだが、これがなかなか美味しい。問題はその皮がボロボロと落ちてくることと、カロリーが高いことだが、とりあえず、最近の台湾土産のおすすめ。


ネットでの「匿名・誹謗中傷合戦」の意味がなくなってきたこと

ぼくもかなりされたことがあるんだが、少し有名になると「個人攻撃」で「いわれなき誹謗中傷」を「匿名」で行う人間が増える。特に最近のように、政治状況が混乱しているときには、政治的な発言をする人が狙われる。これは前にも記事にした

逆に、そういうのが増えすぎたため、これらの「個人攻撃・いわれなき匿名の誹謗中傷」の「効果」が逆効果になり始めている。つまり「ネットで誹謗中傷を匿名で受けることは、実は「素晴らしいから誹謗中傷の対象になる」ということに変わりはじめているようにも思う。そういう場面が増えている。

ネットの世界での情報合戦が盛んになったのは、特に政治が関係しはじめた昨年くらいからだろうか?それ以前から、誹謗中傷はさんざんあったものの、「ネットの中」ばかりが多く、リアルな世界、そしてそのリアルな世界でちゃんとした対象への取材があった時代には、あまり気にすることもなかった。しかし、最近は、ネットの利用が広がり、政治も混乱し始めて来ているため、ネットでの人気などが実際のリアルな世界の「投票」という行動に大きく関係し始めた。そのため、ネットで「情報戦」が主戦場になりつつある、と言ってもよい。いや、日本ではようやくそうなってきた、というほうが正しいだろう。情報には「鮮度」というものがある。頻繁な匿名での誹謗中傷は「裏になにかある」ということを、情報を得る側らもわかってきて、情報をそのまま受け取るのではなく「なにか裏がある」と読むようになってきているのだ。

最近はそういう「誹謗中傷・情報合戦」の裏側を暴露するネット上の記事も増えてきた。

ネット利用者も賢くなってきた。確実に変わりつつあるのが感じられる。


ネットは素人に優しくなったか?

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このところ、たて続けに3件、私の周辺で似たような事件があった。

一件目は、ある人が新しいWebを開設するときに、「自分でも簡単にできるだろう」と、思って、あれこれやってみるのだが、実際にはできなくて、右往左往しているところで、私が「これは危ない」と、助けた。

二件目は、また別の人が、「こういうプロダクトを作りたいのだが」と始まったプロジェクトで、技術者との話ができるわけもない別業界の人なのだが、なにかと技術者と話をしたがり、結局はうまくいかない、というケース。

三軒目は、あまり書きたくないので書かないが、まぁ内容としては似たり寄ったりだ。

このところ、これらの事件に共通することが非常に気になっている。つまり、Webとかってのは使うときは実に簡単に使えるようになっていて、その裏側でどんなものが動いているか、まるで知らない人が多い。だから、その裏側で動いていることがわからないのに、わかったつもりになって、自分でやってみようとして、見事に失敗する、あるいは、失敗になりそうなところに身が置かれていることが自覚できない、ということだ。

普通であれば、専門家がしないとできないことを、簡単にできます、と見せるユーザーインターフェイスがけっこうあちこちにできている。たとえば、クラウドのWebサーバー構築のときのコントロールパネルなどがそうだ。どれもこれも良く出来ていて、中身や用語を普通に使いこなせる人であれば、手間が省けて非常に有用なのだが、見た目が初心者用に見えるために、その作業を横で見ている全く分野の違う人が「自分でもできる」と、勘違いしてしまう。で、自分でやってみて、結局はできない。自分でやる、と見栄を切った以上、そこで専門家には聞けない。プライドが傷つくのがいやなのだ。いや、プライドが傷つくのがいやなのは、誰だってそうだけれどもね。

だから、専門家であればあるほど、自分の門外漢のことには、謙虚になる。特にコンピュータの分野はその利用で多くの違う分野の仕事と接する機会が多いので、「XXを知っている」と言って威張る人間は完全に素人だとわかる。本当の専門家は謙虚で静かにじっと観察して、自分の納得のいく答えが出てくるのをじっと待っているのである。そして、静かに製品を作り、静かに去って、次の仕事に向かうのである。

ITというと、単なるマニアの域を出ないにもかかわらず、自称専門家になってしまう人も多く、迷惑この上ない。そして、最後は大事故を起こし、大きな損失を作って終わりになってしまう。ITといっても、実は本当の専門家はそう数は多くない。そのことさえも知らない、そういう人が世の中に増殖している、というのは、非常に怖いことだ。どこに行っても事故だらけ、ということになるからだ。特にITの分野はこそういう危険に満ちている。これからは戦争といえばサイバー戦争の時代になるだろう。そういう時代にあっては「ニセモノの専門家」は、非常に危険である、と言わざるを得ない。

いま、ここにある危機とは、つまり、そういうものなんじゃないだろうか?分かる人にしかわからないものがあって、それを知るのを専門家というのだから、専門外の人がわかったつもりになるのは、危険極まりない。そして、ネットではこの前のSTAP細胞騒ぎを見てもわかるように、中身がまるでわからない専門外の記者などが寄ってたかって、一筋縄ではいかない、簡単には解説して説明のできないものをなんとか簡単に解説しようとして、誰も彼も沈没している、なんて図が当たり前になりつつある。

今は「専門家軽視の時代」と言っていいだろう。しかし、そのしっぺ返しは、やがて人類全体が受けることになるだろう。

 


ネットに「顔が出る」ということって、要するに味方も多くなるけど敵も多くなる、ってことだよな。

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その昔、「男は外に出ると7人の敵がいる」って、言っていた時代があった。「7人」というのは、「たくさんいる」を言い換えたもので「敵は一人じゃないよ、気をつけろよ」って意味です。今なら7人=多数、って見ることはないだろうから、「なんだ、たった7人かぁ?」って思っちゃうんだろうけれども、実際には、「いっぱいいるよ」の言い換えなんだな。でも、最近はtwitterのフォロワー数なんて人気の人は数百万とか行ってる人もいるし、ちょっとした人でも、数百人はいるのが当たり前になったから、「7人、って少ないじゃん」とか思っちゃうよね。

とにかくネットに顔が出る、文章が出る、ってことは、いまや7人どころではない人が自分のことを見ているわけで、もちろんその中には自分の考えていることに賛同している人もいれば、反対している人もいっぱいいるし、嫌悪しているような人も、いっぱい出てくる。つまり、そういうことって当たり前になったんだな。だから、「ネットではこんな悪いことを書かれた」が、そのまま受け取られることもないし、逆に良い評価ばかりだと「ステマじゃないのか?」って疑いを持たれたりする。つまり、ネットの評価をあてにしてネットを調べても意味がない時代になったんですね。

しかも、昨今は「男は」のところも疑問符がつくわけですよ。女性も活躍して当たり前だからね。まぁ、ネットでの言論はマスコミ言論のように規則で縛られたり、モラルで縛られるとかがなくて、法によっても統制されていないところがあって、「言いたい放題」なところがあるんだよね。だから、ネットの言論もそんなに信用出来ない時代になったんだな。

他人事じゃなくて、ぼくはインターネットが日本に入ってきたときからの技術者だから、いやまぁ、いろいろな変遷があったよな、って思うわけです。自分に対しても、かなりの肯定意見もあるんだが、その数の何分の1かは、否定だったり、あるいは、揚げ足取りだったり、みたいなのにはいっぱいであった。最初は凹んでいたけれども、もう最近は「そういうものだよなぁ」としか言えなくなってきた。

あと、有名になった、というだけで、叩く、って言うわけのわからない人もいっぱいいるんですよ。もうこうなると1つ1つの揶揄とか批判に気をつける、なんてことはまるでできない。無視したほうがいいね。それを読む人もね。

 


ネットで匿名はありえないが

巨大掲示板「2ちゃんねる」の有料ユーザ情報が大量に外部に漏洩した事件は、あちこちに波紋を広げている。中には退職などという事態になった人もいるし、自分でやっている人気サイトをやめざるを得なくなった人もいる。「表の顔」と「裏の顔」をうまく使い分けていたつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。

加えて、日本の政治家や政府機関、外国の大学や日本の大学など、多くのところが有料ユーザーになっていた実態が浮かび上がり、「あの組織は世論操作をしていたのではないか」「あの政治家は敵対する政治家になにかしていたのではないか」という疑惑まであちこちで語られるようになった。実際そういうことは全部とは言わないが、いろいろあっただろうし、それはそれで「やっぱりなぁ」みたいな声で受け取られることが多い。

この「2ちゃん漏洩事件」は、要するに日本の「ネット裏社会」と「ネット表社会」の垣根を、がらがらと崩してしまった、ということだ。これまで匿名で2ちゃんで罵詈雑言を言いたい放題だった人や組織は、これから疑いの目で見られることになる。

私はといえば、もちろんそういうものに名前が載ってはいない。大体「2ちゃんねる」は使っていないし、見に行くことも検索で引っかかれば行くくらいで、要するに「なにもない」わけだから、当たり前になにもない。だいたい、ネットで「匿名」はまずありえない。やろうと思ったらできないことはないが、よほど高度な技術を持っている必要がある。探せばIPアドレスを偽るツールなども簡単にネットで探せる時代とはなったものの、少なくともプログラミングはできないと、完全には匿名などは無理だ。逆に言えば、ネットワークのプログラミングのスキルがなければ、こういうものの捜査なども中途半端なものになる、とも言える。自分でツールを作って動かすことが多くの場合、必要になるからだ。

それはともかく、今後もこういったユーザーの個人情報漏洩事件はなくなることは無いだろう。なぜならば、今回の騒ぎだけではなく、クレジットカードのセキュリティコード(これはサイトで保存してはいけないことになっている)までが流出するなど、裏側でこれらの個人情報を扱うサイトのいい加減な個人情報の取り扱いがあちこちで発覚しているのを見ると、みなITの業界は緊張感の無い仕事しかしていないなぁ、と感じるからだ。おそらく一事が万事、ということだろう、と想像できる。

しかし、「2ちゃん」のこの事件の「効果」は佐々木俊尚氏の言う通り、確実に日本の「ネット裏社会」の暴露につながり、少しは日本のネットも行儀よくなるのではないか、ということだと、大変に喜ばしいことだ。無責任で下品な罵詈雑言ばかりの「解放区」は、いよいよ、裏社会ではなく、表の社会に出てきたため、表の社会のルールにあわせなければならない、とも言えるだろう。

「ネット裏社会」はなくなったのだ。

「ネット自主報道」の道具

猪瀬東京都知事のイスラムの世界を激怒させた「失言」はどんなものだったのか?どういうシチュエーションの現場だったのか?などが、いま、大きく報道されているが、それ以上にtwitterとそのまとめサイトであるtogetterの情報が現場のその場所にいた人たちのネットを介した共同作業で、ニュースなどよりも早く、かつ正確にわかっている。これを見ると、「現場」「当事者」「事実」がそのままリアルな息遣いとともに伝わってくる。マスコミはこの3つのキーワード以上に大切なものを持ちすぎ、この3つのキーワードを捨てざるを得ないところまできたかのように見える。

ところで、こういうネットでリアルタイムの配信をするための道具としては、最近はネットに接続されているスマートフォンが1つあれば事足りる。動画も静止画も撮れるし、音声ももちろん大丈夫。そのままネットにアップすることもできる。しかし、見るほうにして見れば、より高い画質で見たい、という欲求もまたある。また、長いリアルタイムの動画をそのまま見せられるのはライブといえど苦痛であることがあり、やはり編集して見せてほしい、ということもあるだろう。そこで、私の経験から、より高画質の静止画や動画を撮影しつつ、その場で自分の意見なども入れて記事を書き、すぐにネットにアップする、というために必要な「道具」を考えてみよう。

  1. カメラ(静止画)とレンズ
    カメラはなんのかんの言ってもデジタル一眼レフがいい。フォーカスが正確で素早いうえ、最近はフラッシュなしでも室内でOK、という好感度のものもある。レンズは、間近でのインタビューや人の多いパーティなどの会場ではどうしても35mm換算で20mmくらいかそれより焦点距離の短い「超広角」が欲しい。また取材対象が遠く離れることを考えれば、400mm以上の望遠がいい。兼ねラの手振れ補正機能は必須だ。できれば超広角をつけたカメラ1台、望遠をつけたカメラ1台の合計2台が欲しい。現場でレンズ交換する時間が無い、ということもある。また、そのときは2台のカメラは同じメーカーのものにしておき、片方のカメラやレンズが壊れたときや、電池がなくなってどうしようもないときに、交換して使えるようにしておく。電池はカメラの数x2個は最低持っておき、取材の直前にいずれも満充電にしておこう。また、充電器も最低1つは持って行こう。
  2. ビデオカメラ(動画)
    ビデオカメラは最近はプロでも手軽に1kgくらいの重さのものがあり、またフラッシュメモリに書き込むタイプのものがある。これが壊れにくくていい。あとでPCで編集するときも、メモリカードを差し込むだけでデータ転送が終わる。アマチュア用のビデオカメラは、それを向けられた人から見ると、あまり気分が良いものではない。「取材しています」というカタチを見せることも重要になるので、ここは一つ奮発して、少々高いプロ用のものを使うことをお薦めする。また、ビデオの映像は静止画と違って一瞬を撮れればOK、というものではないので、ブレの補正がどうしても必要になる。手振れ補正は必須だが、それ以上に「三脚」を持ち歩くことをお薦めする。これだけで随分見やすい映像が撮れる。三脚はビデオ専用のものではなくても良いが、三脚の上に載せる「雲台」の部分は、別に買ってきて、ビデオならではのりチルトやパンなどの動きがスムーズにできるものに取り替えておこう。ビデオカメラが家庭用のものしか使えないときでも、三脚は良い絵を撮るために必須だ。
  3. PC
    静止画のみを扱うのであればあまり性能の高いPCは必要ない。AtomのCPUのWindowsマシンでもOKだ。しかし、動画の編集をその場で行うとなると、CPUに「Core-i3」以上の性能のものを使い、メモリは8GB以上積んであるものをお薦めする。4GBでは少々役不足だ。ビデオ編集ソフトは、今は1万円くらいで良いものがたくさんあるので、それを使おう。この組み合わせならハイビジョン映像でも簡単に作ることができる。また、ビデオソフトで使う自分の名前や著作権表示などの入ったテロップや、題字などはあらかじめ作っておこう。原稿を書くにも、ビデオのテロップを現場で書くにも、エディタソフトは必須だが、自分で使い慣れたものを入れておこう。PCの電池の予備、充電器はもちろん一緒に持って歩く。海外に行くときは、海外用のプラグアダプターも忘れないように。
  4. カメラバッグ
    カメラバッグはこれらの機材のうち、三脚以外がすべて1つに入る大きめのものを使おう。慌ただしい現場では、大きなバッグ1つで移動をする、というようにしないと、大事な機材を忘れてきたりする。移動中でもカメラを取り出せるようにするには、やはりショルダータイプがいい。リュックのタイプはすぐにカメラが取り出せない。
  5. 通信環境
    カメラもビデオも内蔵しているスマートフォンは常に持ち歩こう。前述の機材が使えない、というときでも、なんとかなる。通信速度は速いほうがいいが、移動する場所のどこでもつながり安いことが第一だ。であれば、日本国内だったら、WiMAXのモバイルルータやe-mobileなどが良いだろう。スマートフォンのテザリングを使うのも良い。
  6. 電源環境
    また、通信環境には電源が必須だ。電源が切れたら、いくらいい映像が撮れてもいち早く画像や原稿をネットに上げることができない。外部のUSB電源の充電池は大きめのもの(できれば5000mAh以上)を1つは持っていこう。また、カメラなどの機材のAC電源は必ず持って行こう。また、これらの機材をつなげるにも、忘れがちなのがACコンセントが遠いことがあるので10mくらいのACコードを持っていくこと。また、機材で電源を使うものが多いのが当たり前なので、その先に機材の数(だいたい3~4個)だけが使えるタコ足配線用のマルチタップを持って行こう。最近は小さなものもあるのでかさばらないものを用意しよう。

ということで、ひと通りの機材を持って歩くと、自分の場合は、だが、だいたい8kgくらいになった。もう1つ必要なのは「体力」かもしれない。