IoTと報道

IoTについては、いろいろと新しいお話があって、ご相談も受けているのだが、元気のいいのは日本国内ではなく、外国がらみ、というものがかなり多い。加えて、「外国」といっても、アジア関係がやはり多いのは、このご時勢では当たり前だ。アジアでは日本が一番、という時代ではなくなった。

私が新聞を作っていた時代には、弱小零細新聞であったために、とにかくできるだけ速い報道を心がけた。大手の報道機関では組織ががっちりしすぎていて、外に出す情報はさまざまな社内の人の手を通るのでとにかく遅く、その遅さが読者の不満をもたらしている、と考えたからだ。なにも重大な事件ではなくとも「昨日あった有意義なセミナーの記事がなぜ今日出ないのか?」という疑問は前からあった。大きな報道機関であれば、組織的な問題で報道の遅延が発生し、小さな報道機関では人がいなくて手が回らないため、遅延が発生する。やはり不正確な情報はちゃんと裏取りをして、正確な情報にする必要があるのは言うまでもない。

しかし、ICTのこの時代、私はその報道機関のBLOGを活用した。まず、現場の取材にはビデオとカメラの両方を持っていき、PCも持っていった(三脚も含め、機材の重量は8kgくらいになった – これでも十分に軽いはずだ)。そのファクトが始まりそうだ、という時点を狙って取材に行くところまでは今までの報道機関とは変わらない。現場で取材しつつ、メモを取るのではなく、直接PCでオンランでBLOGに原稿を書く。速報性のあるものはとにかく短く、数行でもいい。「早く表に出すこと」が、他の報道機関とは一線を画したものにしたかったからだ。

「スピード」「正確さ」。この2つを自分の報道の大きな目標に掲げ、現場で、ときにはそのファクトが終わる寸前に写真を含めたニュースをBLOGに上げた。ビジュアルは大事である。どんなヘボ写真でも1枚あるとないとでは大きな違いだ。当然だが、どこよりも速い報道になる。これが多くの他の報道機関にも注目されたこともあった。まぁ、一番速いから、パクられたこともあったけれども。後で問題がある記述が見つかったら、躊躇なく修正する。修正が大幅な場合や重大な事項の場合は必ず「お詫び」を入れておく。これもまた、報道の重要な記録になるだけでなく、それ自信が報道の正確さを担保する。そして、それ自信が報道である。

また、BLOG記事の「誤り」はなぜそれが起きたかを、後でもいいのでちゃんと追求しておく。それもまた記事になる。コラムでもいい。

そこでは毎月1回、紙の紙面を作るのだが、BLOGで上げた記事を集積していた。それは「毎月のダイジェスト」みたいな感じになった。結果として、BLOGの速報がデイリーならぬ「Hourly」の詳報になり、紙の紙面はその月刊ダイジェストのようになった。主従が逆転したのを感じた。

やがて、リアルタイムのツイキャスやリアルタイムのライブビデオストリーミングの時代が来たし、アマチュアでも「生のデータなら」それを報道できる時代になった。時代が変わった。しかし、「スピード」だけでなく「正確さ」「取材」「論点の整理」。そのノウハウは明らかにアマチュアのこれらのものでは「現場の雰囲気を伝える」のみにとどまる。ここに報道のみならず教養の差が出る。基礎を知る第三者の目が明確にあって、はじめて「まともな報道」になるのではないか?と私は考えた。しかも、現代は「速く」つたえなければ意味がない。

IoTの技術は、現場の温度や湿度、天気や放射線の量、記者の血圧や脈拍、そういったものを逐一遠隔地から伝える。現場の緊迫感はそういうもので取ることができる。デスクで知りたい現場の様子は、原稿を現場で書きながらでも、スマホで本社とやりとりができる。徹底的なハイテク武装での報道は「速さ」と「正確さ」のためにあるものだ、と言うのが、そのときの私の結論だった。報道は人間から人間に発せられるメッセージの1つである。である以上、現場に居る記者の健康状態も重要な情報になる。IoTでの報道は新しいコミュニケーションの可能性を持っている。

2008年から2011年。ぼくはそんな報道の現場にいた。今もまだ、その「大目標」は生きているだろう。