「リアル」と「バーチャル」がひっくり返った

最近は、どこでもみんなスマホの画面を見ている。電車の中、バスの中、家の中、子供なら夕ご飯を食べているときの親の目の前。そして、恋人の前とか友人の前でも、寝るときはベッドの中で。。。などなど、どこでも手軽に触って、ここにいない人とコミュニケーションがとれる「スマホ」は世界の人の生活を変えた。今、眼の前にいる人以外の人と、全く違う場所にいる人が、容易に繋がってコミュニケーションがとれる。今、目の前にある人の関心が、自分に向いていない、ということもおそらく多々ある。

気がつけば、いまやスマホがない世界は考えられない。一日でも1時間でも、そうだ。そうなると、人と人とのコミュニケーションの「主流」はスマホの中にあって、目の前の人ではない。就活をしている学生は、目の前に親がいても、親の話を聞かず、スマホに見入って、就活サイトから来るメールを見ていたりする。就活生にとっては当然、目の前の親よりも就活のほうが大事にきまっている。それは他のことにも言える。学生ならばアルバイトの連絡。社会人ならば仕事の連絡や、友人との飲み会の連絡。気がつけば、目の前にある「リアル」よりも「スマホの中にあるバーチャル」のほうが、大事な世界になっていたりする。

仕事の打ち合わせをしながら、妻から帰りに買ってくるものを指定する連絡が入る。そのときはなにも返事をしなくても、どこか空いた時間に返事をしなくては、と、仕事に気が入らなくなる。いや、そういうことはないとは言えない、ということなんだけれども。

かつては「リアルとバーチャルの融合」なんてのが、マーケティングで言われたことがあったんだが、今は違う。今は「バーチャルがリアルを超えた」のだ。結果として、多くの人が通勤帰りの電車の中で、ほとんど全員がスマホをいじる風景が当たり前になったりする。よく、スマホばかり見ていて、目の前のことは上の空、というのを「異常」という人がいる。実際には「異常」なのではなく、ごく当たり前にそういう世界が来たのだ。それは「異常」ではなく「前の時代とは違う」というだけのことだ。

先日、電子書籍のみの本を出したのだが、これで十分なのだ。契約もオンライン、編集者と打ち合わせも必要ない。気がつけば原稿と表紙があれば、数十分で「出版」ができてしまう。そして、数時間後にはネットに掲載され、販売される。それでいいのかどうか、ということではなく、それができる。であれば、あとは適材適所で使えばいいが、電子出版となると、非常に高い印税率があるから(つまり出版社の取り分が劇的に減るから)、書籍が安くなる。少々の不便も風流も文化もお金の前には無力である。数千円の本が数百円で読めるとなれば、電子書籍にする。

リアルとバーチャル、というのはもうなくなった。「バーチャルな世界の一部がリアルな世界になったのだ」。