日本人は台湾についてもっと勉強することが必要

最近、twitterで話題になるこういうツィートがある。台湾に関するツィートだ。「美談だが日本のマスコミでは報道されていない」というキャプションがついているが、この写真一枚のために、「美談」ではなくなってしまっている。日本人の多くはそのことに気が付かないだろう。

この写真に載っている石碑には大きな問題があることを、多くの日本人は気が付かない。

「台湾の国旗」のつもりなのだろう、青と赤のデザインの「中華民国国旗」がこの石碑には刻まれている。しかし、これは「台湾の国旗」ではない。

多くのこの土地の人たちの共通した認識によれば、現状、「台湾」というのは地名である。大陸中国にある北京政府は「台湾は大陸中国にある中華人民共和国のものだ」と主張している。日本の政府が「尖閣列島は日本の領土だ」と、主張しているように、だ。

台湾に政府を置く「中華民国」は北京の「中華人民共和国」の政府とは違う。中華民国は、その創立者である孫文の主張した、と言われる「三民主義」の国である、と主張しており、中華人民共和国は共産主義を主張する国の政府である。現在、それぞれが主体的な主権をもっている地域は、中華民国政府は台湾という地域であり、中華人民共和国は大陸である。1911年、大陸で中華民国政府が樹立された。それまで260年、大陸は「清」に支配されたが、この「清」は、中華民族の政府ではなく「満州族」の政府だった。それを1911年に漢民族が「奪還」し、設立したのが「中華民国政府」だ。ここで追い出された満州族の政府に当時の日本の政府が目をつけて作ったのが「満州国」である。日本と日本人が漢民族の政府から目の敵にされる場面が時々ある理由もここにあることはわかっておいたほうがいい。しばらく内紛も多かったが、中国共産党が主導権を持つ「中華人民共和国」という共産主義の「政府」が大陸で台頭してきて、1949年に、大陸の支配は実質「中華人民共和国」になり、「中華民国」の政府は、大陸から逃げなければならず、「台湾」という地域の「臨時政府」がそこにできた。それが今までの流れ・歴史である。

日本人は、海を隔てた「日本」という地域はそのまま「日本政府」の領土である、そして、そこで代々生まれ育った人は「日本人」である、という、わかりやすいところで何百年も暮らしてきたため、台湾をめぐるこういった歴史を知らない人が多い。加えて言っておけば、同じように、朝鮮半島もまた、苦難の歴史の中で多くの人が永らえたい命を落としてきている。そして、その朝鮮半島の歴史にも、「日本」は多く関わっている。

そんな日本人が「台湾」と言うとき、それが複雑なアジアの歴史の一部として、多くの蓚酸を舐め、命を賭けてたたかってきた人たちの歴史の思いも知らないし、おそらく、多くの人はわからないだろう。そういう教育を受けてきていないし、そういう歴史を勉強してこなかったのだから。だからといって、それを無視して「知らなかった」では済む問題ではない。「無知は罪を産み、罪は罰を受ける」のである。それが「歴史を知る」ことだ。おそらく、この石碑では、この「中華民国国旗」を支持する人も、そうでない人も、「わかってないな」と思うだけだろう。

台湾に住む人たちに感謝の気持ちを伝えるつもりのこの石碑は、日本人の無知と不勉強を象徴する石碑となったのだ。

 


台湾と日本とのつながり


 

思い出したので、書いておくけれども、台湾と日本とのつながりというのは、非常に深い。お隣の韓国とは「大陸つながり」であって、こちらも深いのだが、少々意味が違う。まず、日本人というのは、大陸から来たモンゴル系の人と、南方から来た太平洋の海洋人の混血だ。台湾人も、朝鮮半島を介していない代わりに、非常に大陸から近い狭い海峡を渡ってきている人と、南方から来た人種の混血であって、日本人とその始祖が近い、と言われている。日本のアイヌの民族衣装と、台湾の少数民族の民族衣装は、似ているところ、特にカラフルな色使いなどが似ているが、これは同じルーツから来たものだろう、と思わざるを得ない。あくまで、自分の経験にもとずく私見だけれども。

そして、近代になって、「国」の形が次第にできてくると、台湾は大陸を支配していた「中華民国」の一部、どちらかというと「田舎」、というか「僻地」扱いだったわけだが、この中華民国の人たちは「漢民族」ですね。で、「中華」は「中央にある華(花)」という意味。とても誇り高い。でも台湾の先住民は、その昔、清(これは260年続いた「満州族」の国家)の時代にあって、主に福建省の人たちが開拓で台湾に送られ、その人たちが台湾で「混血」となった結果。この人たちが台湾で言うところの「本省人」の元なんですよね。このとき、海流の激しい台湾海峡は海難事故が多くて、台湾に開拓のためにわたってきたのは、男性が多く、現地の女性と結婚する例が多かったんだな。これが本省人の元と言われています。この話は大阪にいらしていた「呉」さんという、「自由時報」の会長から日本語で話を聞いたんだけどね。もう故人になられました。。。。そのときのエピソードはあるけど、ナイショ。

1911年に、中華民国が設立。辛亥革命の後。この革命のための資金調達に世界中奔走したのが「孫文」。彼は世界中回りすぎて、中華料理はほとんど食べていないのだとか。で、彼は日本での支援者も多く、戦前の右翼の巨魁と言われ、伊藤博文にも大声で意見したという「頭山満」、首相になった「犬養毅」なども支援者。早稲田大学の隣の鶴巻町という街に頭山の豪邸があって、そこに孫文が匿われていたこともあったという。つまり「中華民国」人脈というのは、日本の右翼と深いつながりがあった。これは今も続いてるね。孫文は都合10年以上日本にいたとのこと。

1949年に大陸中国を支配していた「中華民国」が、大陸から追い出され、台湾に臨時政府を作ったわけで、この人たちは「中国共産党」に殺されかかったわけだから、「共産党嫌い」なんだな。この人たちが台湾に後でやってきた人、ということで「外省人」と呼ばれるわけです。「本省人」にとっては、「外省人」なんていい迷惑、という面がけっこうあるわけですよ。後から押しかけてきたんだから。しかも2年前の1947年には、「2.28事件」という、本省人の大虐殺を行った政府が来たわけでね。そりゃ、本省人にとったら受け入れ難い。でも、受け入れた。

で、今の民進党の蔡英文さんは、本省人系だし、民進党という政党も本省人系なわけですね。だから、大陸中国の共産党とは仲が悪い。台湾の「外省人」も「本省人」も、まぁ、大陸の共産党とは距離を置いてるわけですよ。でも、同じ北京語でしゃべるしね、外省人にとっては同じ「漢民族」なわけでね。外省人系は大陸とつながりが深い。でも、数から言うと本省人のほうが多くて、完全に1つにしちゃうには無理がある。本省人の人と、外省人の人って、今でも顔つき違いますよ。慣れてくると、ほぼ見分けがつく。全部じゃないけど。

いやもう、台湾を本格的に勉強すると、複雑な話ばかりでね。いろいろな話を聞きましたよ。

日本と台湾の100年以上前からの近代を知ると、台湾というところの歴史の複雑さがわかると同時に、中国とか中国人というものが、台湾を通してもっと明確にわかる。この記事読んでくれた人は、ぜひ、台湾を勉強してみてください。

って、ぼくはIoTとかサイバーセキュリティが専門なんだけど、こういうのも勉強していて、今も勉強している。楽しいよ。

 


日本のコンビニは世界最高かもしれない

 

ついこの前まで韓国で2年間を大学教授として過ごしたが、そのときのご飯はけっこう自炊をした。どうしても疲れて自炊の気力がない、というときは、近くの飲食店に行くか、コンビニである。日本のコンビニは毎日のように新しいものが置いてあり、食べ物のバリエーションも多く、質も非常に高い。サンドイッチなどは日本のコンビニで買うとしっとり感がしっかりあって、美味しいが、韓国のコンビニや台湾などのコンビニでは、日系のコンビニではないチェーンなどは、パンがかさかさになっていたりして、あまり美味しくない、と感じる。おにぎりについては、日本も韓国もあまり変わらないが、とにかく種類は日本のほうがあるし、種類の入れ替わりも多く楽しめる。とはいうものの、炊いたごはん(Steamed Rice)を食べるのは世界中で日本と韓国だけだから、おにぎりはどちらも似たようなものだ。

韓国のコンビニは一年中ほぼ同じものが同じ場所に置いてある。だから、韓国でコンビニに行く前に、頭の中で「あの棚でこれを買って、こっちの棚でこれを買って、合計でこのくらいの値段だな」というのが、店に入る前からわかってしまう。それが良いことか悪いことかってのはもちろんどちらとも言えないわけだが、日本のコンビニには「遊びに行く」「珍しいものがある」「なんだかワクワク楽しい」という感覚があるが、韓国のコンビニではそういう感覚はない。

サンドイッチとかおにぎりは日本のコンビニのように置いてあって、ツナのサンドイッチやおにぎりがあるなど、品揃えは日本のコンビニに似ている。当然、弁当なんかもあるのだが、正直なところ、質は日本のコンビニのほうが高い。韓国にいたときは毎月日本に戻っていたわけだが、戻るたびに、近くのコンビニで「小さな感動」を味わうために店に入り、秋葉原にも通って「日本の匂い」を楽しんだものだ。

一方で、韓国のコンビニは個人商店がフランチャイズに入ってやっていることが多いわけだが(これは日本と同じだが)、毎朝行くとそこのレジのおじさんと懇意になる。そして、チョコレートを買うと、別のチョコレートをおまけにつけてくれたりする。日本のコンビニには優れたシステムがあるが、韓国のコンビニには「人情」がまだある。韓国の大手のコンビニチェーンに行くと、毎月レジの人が変わるのだが、いつだったかのレジのお兄さんは「日本人ですか?」と日本語で話しかけてくれて、「私も日本にいました!」と、親しげに話をしてくれる。おそらく、日本にいたときにコンビニのレジなどをバイトでやっていたのだろう、帰り際に大きな声の日本語で「ありがとうございましたっ!またのご来店をお待ちしておりますっ!」と言われたときには、調子が狂って、お店の出口にある数段の階段を踏み外しそうになった。

コンビニエンスストアは、米国発祥だが、日本で大いなる進化を遂げたことは確かだ。しかし、その日本のコンビニを追いかけた韓国、中国、台湾などのコンビニは、他の人の話を聞くのと、自分の体験から、現状は「まだまだ」という感じが、どうしてもする。

 



台湾に行って帰国したら

数年ぶりの海外の旅行。今回もビジネス半分(以上)というところだが、まず目的は「Secutech」という展示会だった。監視カメラなどのセキュリティ機器の世界的な展示会だが、当然のことながら日本のメーカーは数えるほどしかない。展示会参加企業は中国、台湾などのメーカーがほとんどだ。これは台北の展示会だから中国企業が多い、ってことではなくて、世界中、どこでも同じだ。

今回は展示会がメインだったが、直接のお話そのものではなく、台南の温泉、高雄の漁港の海鮮料理もいただいた。しかし、海鮮とは言うもののカエルまで出てきたのは「あれ?海鮮だったんじゃないの?」とは思ったが。

 

 

 

 

 

 

それはともかく、霧けぶる台南の山奥の温泉。これも印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに乗った「台湾新幹線」。駅にはLINEのマスコットキャラもあったし、日本っぽさが売り物の売店もあった。

 

 

 

 

 

最後の晩だけ台北に近い「北投温泉」に宿泊。宿の温泉ではなく、近くの「龍の湯」が古い日本の温泉の面影に、南国のガジュマルの木などの風情があって、良い感じだった。

なによりも、台湾という地に住む人の温かさが、身にしみ、そして、流れていくゆったりとした時間が、やはり心地よい。

台湾という地域は、アジアの中で、日本人が行って、一番違和感が無いところだろう。

(ところで、今回の写真はすべてiPhone7plusで撮影したもの)


台湾の温泉

台湾の温泉の良いところは、古い日本の温泉の雰囲気が残っていて、そこに生活している人がいて、という、日本人がどこかに置き忘れてきた異世界が手を伸ばせばそこに存在する、ということ。それは子供の頃に親に連れて来られた温泉であり、高度経済成長期の日本の匂いのするものかもしれない。

つげ義春とか水木しげるが創り出していたあの異世界ほどには空想的ではない。昔、そこに僕がいて、その僕と仲の良い同級生の女の子がいて、喧嘩したり遊んだり、という思い出があって、でもその場所に今、行ってみても、友だちだった女の子はもうそこにいなくて、影も形もない。あらゆるものが変わっていて、なくなっていて。

でも、なくしてしまったその景色が、台湾の温泉に行けば具体的にそこにある、というような、そういうものなんだね。懐かしい、というよりも、日本人の心の景色の中から蘇ってくる記憶が、そのまま目の前にある、というような。魔法にかかって白日夢を見ているような。そういうところなんだね。

 


「根本博」について書いた本

2017/03/31

「この命、義に捧ぐ 〜台湾を救った陸軍中将・根本博の奇跡〜」(門田隆将著:角川文庫)を読んだ。台湾の中華民国政府の軍の「正史」からさえ消された、という、旧日本軍の陸軍中将・根本博について書かれた本である。根本博は、敗戦直後、国民党軍の蒋介石総統と親交を結び、根本の守る地域の日本人居住者の内地への帰還を、日本政府の武装解除命令を無視して行った。その後日本に帰ってきた彼は、かつての敵将・蒋介石総統の義を思い出し、国共内戦の最後の激戦と言われた金門島のたたかいに国民党軍側の参謀として参加、地図で見ると大陸中国に張り付いたような「金門島」を当時の共産党軍から守ることに成功する。しかも、日本から行くときは小さな漁船で密航であったというから、まさにその航路も命がけであったということだ。

本のあらすじを書くとそういう感じだが、この根本のエピソードが面白い。なんというか「漢文」の碩学でもあったというから、海軍大将だった及川古志郎なんかと似ているインテリだったんだろうな、というのは想像がつく。暴力で統制を取るという元祖・体育会系みたいなことで有名な旧日本陸軍にあって、この人の配下では「鉄拳制裁」は禁止されていた、というから、なかなかおもしろい人だったらしい。

根本さんは戦争から帰ってきて、もちろん軍を失った日本で貧しい生活を送っていたそうだ(もちろん日本人はその頃みんな貧しかったわけだ)が、ひょんなきっかけで密航して蒋介石に会いに行き、再び戦場に身を置いた。その心情はなんとなくわかる。ぼくに言わせれば、だが、根本さんはおそらく、家族も捨て、自分の命も顧みないほどの「道楽」を一生に二度もやったのだ。幸せ者ですよ、この人は、と、ぼくはあえて言ってしまいたい。

この人が家を出て台湾に行く時も振るっている。釣り竿を持って、釣りの格好で行ったそうだ。そして、3年後、日本に戻ってきたときは、飛行機で羽田空港に帰ってきたわけだが、その飛行機のタラップを降りるときも、釣り竿を持って降りてきたそうだ。「いやね、ちょっと釣りに行ってたんだが、相手が大物で苦労しちゃってね」なんて言う感じである。

「命を的にした道楽」をする、そういう人を今はみんな評価しないだろう。それがどういうものであるかさえ、わからないだろう。そして、それがわからない人は、この本を「台湾と日本人の関係が云々」なんていう話でしか見られないだろう。しかし、この本は、久しぶりに、面白いおっさんの話を読ませてもらったよ、という、そういう感じなんだな。なによりも、根本さんという方のその人間の面白さが行間からにじみ出ている。

しかし、「台湾を守った」というよりもこれは「中華民国を守った」なんじゃないかね?というツッコミもあるだろうな。


訪日外国人の真実

訪日する外国人観光客やビジネスでの訪日客は日増しに増えており、日本政府としても、「観光日本」の名に恥じないその数を誇れるようになるまで、もう少し、という感じだ。ところで、2016年の訪日外国人では、中国人が一番多いのをご存知だろうか?訪日外国人客の統計は日本政府の観光局にそのデータがある。2017年1月17日に発表されたこのデータには、訪日外国人客の国籍のデータもある。この2016年のデータによると、ダントツに多い外国人客は中国人で6,373,000人。約640万人。次いで多いのが韓国人で、5,090,300人。約510万人。つまり2016年の中国と韓国からの訪日客数は、1千百万人を超える。訪日客数の総数が2400万人だから、おおよそ訪日外国人客の半分が中国と韓国から、ということになる。最近東京のJR各線や私鉄各線では駅の表示に中国語や韓国語が目立つが、むべなるかな、という感じである。

この2国に次いで多いのが、台湾からの訪日客で、4,167,400人。おおよそ420万人。台湾という地域にいる人たちはおおよそ2300万人だから、リピータがない(ってことはないとは思うが)とすると、実に台湾人の20%近くが日本に来ている計算になる。次いで香港からのお客様は1,839,200人で約180万人。

ここまでで、1750万人になるわけだから、訪日客総数2400万人のうち、なんと7割以上が、中国、韓国、台湾、香港からのお客様、ということになる。ここまでで白人はいないわけだ。であれば、テレビでよくやっている「訪日外国人」を相手にした番組などで出て来る「白人」は本当に少数派だ、ということになる。私たちは「外国人」というと、ついつい米国人や欧州人を思い浮かべてしまうが、実際はそれは幻想だ、ということになる。

ちなみに、米国からのお客様は白人だけではもちろんないわけだが、1,242,700人だから、全体の5%くらいになる。かなりの少数派ということになるのだ。

数字は正直である。

 



中華民国って台湾なの?と、台湾を少々勉強してみる。

この10月2日、東京の四谷にある「東京中華学校」で、「中華民国」の建国記念日である「雙十国慶節」のお祭りがあった。こう書くと、日本人はけっこう多くの人が「中華民国」と「中華人民共和国」を混同してしまって、間違えている、という場面に当たることが多い。「中華民国(の政府)」は現在台湾にベースを置く国のことであって、大陸に首都を持つ「中華人民共和国(の政府)」とは組織が別である。まずは今日行われたその写真を見ていただこう。

ということで、誰もが合意している事柄は基本的に1つで、「台湾」とは現在国の名前ではなく「地域の名前」だ、ということだ。そして、台湾地域は、「中国共産党」が支配する「中華人民共和国」は自らの領土である、と主張しており、台湾に政府がある「中華民国」もまた、台湾は自らの領土である、と主張している。台湾という地域を実質支配をしているのは、言うまでもなく「中華民国」のほうだ。日本の政府は1972年の「日中国交正常化」までは「中華民国」を正式な台湾と中国大陸を支配している政府として認めていたが、1972年以降は「中華人民共和国」を台湾と中国大陸を支配する正式な政府として認めている。このほか、台湾には「台湾という地域を両者とは全く別の国として独立させよう」と考えている「台湾独立派」もいる。

そして、いろいろあるのだが、このお祭りは、台湾を現在のところ実質支配している「中華民国政府」の在日(特に東京在住の人たち)のお祭りである。ただし、お祭りそのものは日本人でも誰でも無料で入ることができる。ところで、中華民国政府は、1949年に、中華人民共和国政府に大陸での「国共内戦」に敗れて、台湾にやってきた人たちだ。しかし、日本に来ているこの「台湾系華僑」「中華民国系華僑」の人たちには、この1949年の「国共内戦」以前から日本に住み着いた人たちもいる。

そして、中華民国の成立は1911年。日本人の私たちも歴史の教科書で習ったことがあるであろう「孫文」が主導した「辛亥革命」の成功による。そのときから105年目のお祭りが、今回のこのお祭りである。ということは、100年めは、あの3.11のあった2011年だった。100年めのその「雙十国慶節」では日本の東日本大震災から半年ばかり、ということもあり、日本の震災への注目もまた集まった。孫文は辛亥革命成った後、すぐに亡くなったが、その後を蒋介石が継いでいる。が、そのときにもう1つの中華民国政府があって、蒋介石とは対立していた。もうひとつの中華民国政府の大統領は、「汪兆銘」。そして、汪兆銘は戦前の日本政府に擦り寄ったが、蒋介石はあくまで日本の政府と戦った。汪兆銘は辛亥革命成立時の中華民国の設立宣言書や孫文の遺言書を書くなど、かなりのインテリだったが、志半ばで名古屋大学で亡くなり、蒋介石政府が中華民国政府の実権を握った。実際、孫文が死に際に残した言葉の中には「日本政府に頼るように」という内容も含まれていた、という。しかし、強い武力を持って行き残った蒋介石は戦前の日本政府と戦って、日本の敗戦のときを迎えた。現在の台湾の実質支配者であり蒋介石の流れを汲む中華民国政府は「特に親日」であった汪兆銘政権を認めていないため、汪兆銘が辛亥革命に参加した約1千人の日本人のための慰霊碑を日本に建ててそれが日本国内に現存しているにもかかわらず、2011年の中華民国建国100年では、日台友好には重要なものであるはずのその碑のあることさえ、認めていない。まぁ、歴史というものはそういうものだから、当たり前の態度ではあるんだけどね。

最近では、前述の「台湾独立派」には、彼らが「中華民国」を認めていないために、今回の雙十節への参加を見合わせるように、という話も回ってきている。なんだか穏やかならざる雙十節であるように感じる。ちなみに、テレビでもおなじみの元早稲田大学教授で、2008年までの民進党政権時の政策顧問だった金美齢さんは「台湾独立派」なので、私が以前彼女に直接取材したとき「今年は建国100年ですよね」なんて言ってしまい、「私には関係ありませんから」と言い返されて、大恥をかいた覚えがある。いや、あのときはすみませんでした。

そして、台湾独立派に近いと言われていて、この前までの民進党・祭英文さんが今回の総選挙で「中華民国総統」になったわけだが、いや、ややこしい。

pa022698

 

 

 

pa022700 pa022703 pa022723 pa022729 pa022735 pa022738 pa022744 pa022745 pa022751 pa022752 pa022755 pa022760 pa022762 pa022766 pa022770 pa022776 pa022777 pa022779 pa022784 pa022790 pa022794 pa022797 pa022799

pa022666 pa022671 pa022675 pa022682 pa022684

pa022664 pa022658 pa022659 pa022660 pa022662

 

「台湾」は「国」ではないのか?

圓山ホテル・ボールルーム

【お断り】最初にお断りしておきますが、本記事は旬でもありますが、いろいろと物議を醸す内容でもあり、いろいろな方のアドバイスをいただきつつ、逐次表現や内容を変更しています。

蓮舫議員の話で「台湾は国ではない」という発言が飛び出した。この話題は実は普通の日本人が考えている以上にややこしい。かくいうぼくもついこの前まで「台湾新聞」という小部数の新聞の編集をしていたから、この辺りのことを随分勉強して、やっとわかってきた、という感じだ。

まず、基本的に「台湾」は現在のところ地名についた名前だけである、という立場の人たちと、いや「台湾国」でなければならない、と考える「台湾独立派」がいる。

【日本の政府の立場】
まずは日本から見ていこう。「日本という国の政府」は、1972年の「日中国交正常化」までは台湾にある「中華民国」を大陸中国と台湾の両方にまたがる主権者である、と事実上認めていた。しかし、1972年(日中国交正常化)を境に、日本の国の政府は「台湾という地域の主権も、大陸中国という地域の主権も「中華人民共和国」にある、と(明示的にであるにせよ、そうでないにせよ)認めることにしている。現在の日本の政府の立場は「中華民国という国はない」という立場である。1972年に国交断絶となったからだ。当然、台湾という地名をそのままにした「台湾国」も認めていない。日本で行われる外国選手も参加するスポーツ大会などでは、台湾からの選手団のアイデンティティを「中華台北(Chinese Taipei)」という「都市の名前」にしている。現在の台湾を実質支配しているのは(日本政府の立場では)「自称」「中華民国政府」というところだから、東京にある中華民国政府の大使館(と同じ扱いの施設)は、大使館とは呼ばれず「台北駐日経済文化代表処」という。これも「台北」という都市の名前にしてある。とは言うものの、日本政府では民間の交流を台湾のいる人たちとせざるを得ず、そのため「交流協会」(現在の名前は「日本台湾交流協会」)を作り、様々な二国間事務の一部をここでやってきた。

【北京政府の立場】
次に現在の北京に中央政府を持つ、大陸中国の実質支配者である「中華人民共和国政府」は、台湾はこの政府の領土であって、それ以外の誰のものでもない、という立場をとっている。そのため、北京政府の中には「台湾省の政府」という、日本で言えば「地方自治体」がある。しかし、その首長は台湾には行きにくい、というよくわからないことになっている。中華人民共和国は、多くの他の国に「国」として認められ、国連に議席を持っている。当然だが、「台北に政府のあると自称している、中華民国政府」なるものを認めていない。

【そして台湾の政府の立場】
そして台湾の台北に政府を持つ、と「自称」し、実質支配しているのが、1949年に大陸中国の「内戦」で敗れて敗走してきた「中華民国政府(中国国民党)」である。彼らは「中国大陸は我々の政府のものだ」ということで「いつかは大陸を我々のものとして取り戻す」と言っていて、それを「大陸反攻」と言っている。そのため、大陸も「中華民国のもの」と言っている。最近はあまり声を大きくしては言わなくなってきたのだが。とは言うものの、ここも中国のとの交流は盛んだ。

【では「台湾」は国ではないのか?】
ここまでの解説でわかると思うが、現在台湾に臨時政府がある、と自称している「中華民国政府」も、強大な力で世界に影響を及ぼしている「中華人民共和国」の政府も、どちらも「台湾は自分のものだ」「大陸は自分のものだ」という「同じ主張」を持っている。一方、台湾の中には「台湾独立派」がいる。この人たちは「台湾は独立国家となるべきだ」という主張を持っている。この「台湾独立派」にとっては「台湾」とは国の名前でなければならず、主権は中華人民共和国政府にもなく、中華民国政府にもない、ということになる。中華民国政府は現在国連のメンバーではないが、それでも中華民国を「国」として認めている世界の「国」は現在37ヶ国(2018年5月27日現在)ある。

【民進党の祭英文さんは】
pa032518ところで、台湾の民進党の祭英文さんという、この前の中華民国政府の総統選で勝利した人がいる。この人は、台湾の独立を考えているらしいが、所属は「中華民国政府」である。その中華民国政府の「与党」がこの前の選挙で「国民党」から「民進党」に移ったのだ。なお、ぼくは祭英文さんのことは密かに「ちびまる子ちゃん」と呼んでいるのだが、これは秘密である。誰にも話してはいけない。

【じゃ「中国」ってどこのことだ?】
私達普通の日本人は「中国」というと「中華人民共和国の略称」だと思っている人が多いだろう。ところが「中華民国」も略せば「中国」である。実際台北にある中華民国政府は「中国とは中華民国のことである」と主張しており、北京の中華人民共和国政府は「中国とは中華人民共和国の略である」と主張している。しかし、この両者(お互いがお互いを国と認めていいないから、この両者のことをあえて二者として言うときは「両岸」と言う)は、交渉をしていて、「中国」は、中華民国側では「中華民国の略」ってことにしておいて、中華人民共和国側では「中華人民共和国の略」ってことにしましょう。でも世界に「中国は一つしかない」ってことにしておきましょう、という「協定」ができている。このことを「一中各表」と言う。ものは言いようである。

【とは言うもののビジネスはすごい】
とは言うものの、2014年から2015年にかけて、大陸中国にある巨大企業のトップ10のうち7社が台湾に本社を持つ企業であり、台湾の対大陸中国貿易額は、その全貿易額の7割近い。両岸は結局経済では「持ちつ持たれつ」なのである。なにせ両者ともに同じ「北京語」が公用語であり、言葉は通じる。既に大陸中国に常駐している台湾人ビジネスマンは100万人を超えるという。昨年、両者の通貨の(米ドルを介さない)直接交換も始まった。なにせ大陸中国は13億人を擁する「大市場」である。購買意欲も高い。「私は上海出身です」と言う人は1億人近い。台湾人としても大陸中国は外せない大市場なのである。簡単に言えば、日本でモノを売るその10倍のものが大陸中国では売れるのだ。

【歴史がややこしい】
歴史を見ると、台湾に最初の政府らしい政府を作ったのは「鄭成功」である。彼は滅び行く「明」の末裔であり、最後まで「清」の政府を認めず、台湾に渡って自らの政府を開いた。彼の母親は日本人である。台湾が日本の統治下となったのは、日清戦争で日本が清を下したときだ。そこから約50年、日本が太平洋戦争で負けるまで、台湾は日本の統治下だった。台湾の人口の約2/3は「本省人」と言われる人たちで、元から台湾に住んでいた人だ。「台湾独立派」もこの中から出ている人が多い。「本省人」はもともと、南から台湾に流れ着いた原住民と大陸中国から来た人の混血である、と言われている。一方、「外省人」と言われている人は、後の1/3のほとんどだが、この人たちは1949年に、中華民国政府(中国国民党)が中国共産党に敗れて台湾に敗走してきたときに、一緒に来た人たちだと言われている。つまり、「本省人」は純粋な大陸中国にルーツのある漢民族だけではないが、「外省人」は漢民族の血の濃い人たちである、と言ってもいいだろう。実際、この両方の人たちと会うと、顔つきが違うのがよくわかる。最近はこの両者がけっこう混ざってきたので、わからないことも増えてきたが。で、この1949年以前と以後、というのがあるから、台湾はさらにややこしい。つまり、1949年以前に中華民国のパスポートで日本にやってきた人たちと、1949年以後に台湾から中華民国のパスポートで来た人は。。。。いやもう、普通の日本人にはワケワカである。そういう教育を受けていないんだから、しょうがないけれども。

【台湾について書くとまだまだいっぱいある】
台湾をキーワードにして中華圏のことを調べると、いやもう、経済、文化、歴史、どれをとっても、複雑で単なる対立とか単なる融合とか、そういう単純でわかりやすい話はどこにもない。この複雑さが楽しくてしょうがない。これがまた、日本とも密接な関係があるから、更に面白い。たとえば、そんな複雑さの1つが、「辛亥革命」で中華民国を作ったと言われる「孫文」をめぐる話だ。公式に認められている話と公式に認められていないけど、ホントらしい、って話とが交錯して、いくら研究しても興味が尽きない。日本の戦前の超有名な政治家の名前が出たかと思えば、日本人で孫文のひ孫だ、という人がいたりする。ってことは。。。と、詮索しようとして、もとい、研究しようとして、あれこれ調べていると、本当に興味が尽きない。「ええっ!そうなの!」ってことがいっぱいあるのだ。