「IT災害救援隊」を作ろう

地震等の巨大災害では、災害の救援には警察などの組織だけでは動かせない力が必要になる。3.11の地震や津波でも、日本では自衛隊が、自らの犠牲も払いつつ、見事な働きをした映像は誰もが見ているだろう。

「災害」は人間社会を破壊する相手が「自然」という人間よりも大きな力によるものだ。人間自身が人間社会を破壊する場合は「戦争」ということになる。どちらも大きな被害が出るものであるわけで、そうなると、日本であれば「自衛隊」が出ていかざるを得ない。

しかし、現代の「災害」は目に見えるものだけではなくなった。人間社会は、どこでも「サイバー空間」という新たな空間を持つようになり、経済活動なども多くその場で行われる。ひとたびサイバー空間で大きな「災害」が発生すれば、その被害は現実世界の災害よりも大きく、広範囲になる可能性さえある。

最近はサイバー戦争に備えて「サイバー部隊を作れ」という話も出てきている。現在の自衛隊が「戦争」だけに対応しているものではなく「自然災害」にも対応している組織であるとすると、サイバー空間でもそうあってほしい、というのは自然なことではないだろうか?

「サイバー自衛隊」は、なにも戦争だけに対応するものではなく、作られるべきだろう。

 


 

戦争はなぜ起きるか?

韓国・釜山市の中心街からちょっと歩いたところに、「釜山近代歴史館」がある。簡単にいえば、韓国第二の都市、釜山の戦前から戦後にかけての歴史を詰め込んだ資料館である。建物はもともと、日本の戦前の国策企業である「東洋拓殖」の建物をそのまま使っている。日本のアジアの植民地運営企業である。メンテナンスも行き届いており、かなりきれいだ。この建物の中には、日本の植民地時代の街のジオラマもあり、その町並みの中には「憲兵隊」の建物もある。日本語の解説もあるから、日本人が良く訪れている。説明員の方も、日本語が堪能な方がいて、雑談をしに行くのも良い。

釜山の街には、日本語が溢れている。地下鉄の各駅には日本語の表示は必ずあるうえ、乗換駅近くのアナウンスでは日本語のアナウンスもある。さらに、巨大な釜山ロッテデパートでの管内放送には日本語での放送もあるし、街の屋台でも日本語の表示があるところがとても多い。主に、関西方面や福岡からの日本人観光客が多い。なにせ大阪や福岡から釜山往復の飛行機のチケットは1万円を切るものもある。大阪や福岡の人にしてみれば、パスポートさえ持っていれば東京に遊びに行くよりも安価で手軽に行ける。

さらに、釜山駅前には東横インもあるし、大きなホテルでは日本語は当たり前に使える。

東洋拓殖は最初朝鮮半島支配で、増える日本の人口のためのコメの産地にしようとしたが、日本国内では朝鮮半島のコメを受け付けず、結局コメの産地とすることをあきらめた。要するに、戦前の時代までの世界の戦争は、世界で増える人口を賄うための「植民地争奪戦」だった。そして得られた植民地で安い土地と安価な労働力で豊富な食料をはじめとする産品を作り、本国を潤わせよう、ということだった。そのため、日本の植民地となった台湾でも、日本の当時の政府が傾きかねないほどのお金を台湾に投資し、朝鮮半島もまた同じだった。つまり、当時の戦争は近代化に伴う人口増に対する需要を賄うためのもので、十分に採算があった。あれだけの兵力と武力、兵士の屍を作ってさえ、それは「採算に合うもの」というのが共通認識だったのだ。

しかし、時代は下って戦後になると、様相はがらっと変わった。民主主義が世界に行き渡り、土地の支配はできても、労働力の支配がうまくいかない。大量破壊兵器である核兵器は地域を一度に焼け野原にするが、そこを復興させるためには放射線は邪魔である。その放射線が十分に低くなるには少なくとも数十年の月日がかかる。その間は放置しておくしかない。細菌兵器などを使った場合も、同様の問題が起きうる。戦争そのものが現代は「割にあわない」ものになってきたのだ。

逆にいえば、戦争が起きる大前提は「イデオロギー」ではなく「カネ」なのだ。大きなカネが動かなければ、多くの人も動かない。そして、戦前は世界的な大不況を大量破壊で大量需要を作る、ということができたが、今は大量破壊の後を「復興」させるのに、多大な労力とお金がかかり「すぎる」ことがわかってきた。そのため、戦争は局地戦に限られ、「冷戦」とする他はなく、世界的な大不況でも、大きな戦争を起こすこともできなくなった。戦争におけるイデオロギーとは、要するに「お金」という目的を覆い隠して多くの人を戦争に向かわせるための道具であったわけだ。イデオロギーが宗教に似ているのは、そういうわけだ。

戦争はお金で起きる。富の争奪なのであるから、真剣になるのは当たり前だ。しかし、現代では、その目的である「カネ」がいま、世界から失われており、それはどうやら永遠に帰ってこないこともわかってしまった。

戦争とは詰まるところカネ(富)の奪い合いである。戦争をしたほうが得だったから、かつては戦争をしたのであって、今はしないほうが得だ、ということがわかってきてしまったから、なかなか戦争がしにくいのだ。

 


現代の戦争はサイバー戦争になる

かつて空母だ軍艦だ飛行機だという「兵器」は、なぜあんな高価なものを使ったかというと、その頃の戦争は国の政府どうしが「広大な土地の取り合い」をしていたから、その土地から莫大なお金を生むことができたからなんだね。つまり、カネをかける価値があった。

しかし、現代の戦争で土地の争奪をしたとしても、戦争で破壊された土地を復興させて「食える」ようにするためには、莫大なお金がかかることがわかってきた。極端な話、日本が全部どこかの国に戦争で占領されたとしたら、福島の復興はその占領した国の支出でやらなければならなくなる。原発の廃炉費用も、だ。

戦争に勝ったとしても、そういうことにならざるを得ない。

戦争にお金がかけられるのは、その戦争でかけた以上のお金が勝った国の手に入るからだ。しかし、現代という時代はこういう戦争はできない。であれば、現代の戦争はお金をかけずにやるしかない。また復興もできるだけ少ないお金でやらざるを得ない。だから現代の戦争は「サイバー戦争」にならざるを得ない。サイバーセキュリティで国の守りをしっかりとしなければならないし、サイバー攻撃ができるエンジニアや指揮官も揃える必要がある。

現代の戦争のフィールドは既にサイバー空間に移動したのだ。サイバー空間を制することができるかどうか?それが戦争の勝敗を決める。