「サイバーセキュリティ」が重要な時代に

現在、世界の財産の多くはサイバー空間上をさまよい、その多くの「富」は明らかに「データ」である。そのデータは、銀行などの金融機関であれば、「データ」として、その銀行のシステムのサーバーの中に存在する(つまり、サイバー空間とは言うものの、一番重要なのはサーバー上のデータである)。そのデータの存在を国家機関などのより強大な力を持つ組織が、その地域の国民の合意形成のもと、価値を認めている。だから「それ」が「紙切れ」だろうが「データ」だろうが、「価値」を持つのだ。

となると、国民の富を守る、というのは明らかに「データを守る」ことである。国の財産も、全てデータである。であれば、データを守ることはそのまま国を守ることであり、侵略とは富のいっぱい詰まったデータを奪取することであり、戦争に勝つ、ということは冨の沢山詰まったデータを自分のものにすることである。

第2次世界大戦前までは「冨」とは土地のことであり、土地を耕し衣食住を直接支える資源のことであった。であるから、より多くの冨を得るために、その土地の人間を脅し、働かせ、国の政府がそれを手に入れることがそのまま「冨の奪取」であった。しかし、今は蓄えられた冨はデータであり、そのデータは国の政府などの支えによって、価値を認められている。結果として、データを守ることができない国や地域は滅びる。第2次世界大戦以前の価値観では現代を生きることはできない。データが毀損すれば、それはそのまま国富の毀損である。

結果として、サイバー空間での「攻撃」「防衛」が国防として重要なポイントにならざるを得ない。

しかし、いま、日本に限らず、どこの国の政府も、旧来の価値観に縛られているから、「データを守る」という考えになかなか至らないのだろう。それが至らないうちに、世界の状況は変化をしている。

「サイバー戦争」は現代のメインの戦争である。