ネット言論は未来を語らない

ぼくはけっこう未来というものに希望を持っていて、たとえば2003年くらいに「ミラーレス一眼」の出現と、それが当たり前になる世の中を予測した。2003年当時はレンズ交換式のミラーレスがなかったから、当時のミノルタのDimage-A1を発売一週間もしないときに買って、そのカメラを楽しんだ。当時の写真は今でもいっぱいある。

なぜ当時ミラーレス一眼が流行ると予測したかというと、「一眼レフ」の本質を考えたからだ。「なぜ一眼レフというカメラができたのか?」問いはそこから始まる。それはフィルムカメラの時代だったが、ファインダーから覗いた像と、実際にカメラのフィルムに焼き付く像が違う、という現実があった。特に接写などのときはこの「差」が大きいのは言うまでもない。そこで「ファインダーを覗いたままの映像が撮影できないか?」ということでできたのが「一眼レフ」である。一眼レフでは、フィルムの前にミラーを置き、本来であればフィルムに届くはずの光を横取りし、ファインダーに導く。これでファインダーで見る像はフィルムに焼き付けられる像と同じになる。そして、実際にシャッターが押されたそのときに、フィルムの前に立ちはだかるミラーが跳ね上がって、フィルムに光を焼き付ける。

一眼レフカメラはそのために、シャッター音だけではなく、ミラーが動く音も加わって全体の音が大きく、カメラの大きさも大きなものになったが、良い写真を撮りたい、という人には絶大な人気があった。また、望遠、超広角という交換レンズの世界も広がり、写真の世界では大きなエポックとなった。ピントを外した部分のボケがどのようになるのか?も、確認できるようになった。

しかし、時代はデジタルの時代に入る。そうなると、フィルムの代わりに、光を電気に変換する電子撮像素子が使われる。電気は簡単に分岐ができるから、撮像素子に写った像の電気データを記録するメモリーに導くのと当時に、並列に分岐してファインダーに電気信号を導けば、一眼レフと同じ「見たまま」を撮影することができる。これは、2003年の当時のコンパクトデジタルカメラでも行われていたことだが、当時は、撮像素子から出て来る映像の電気信号の速度も遅く、アマチュアならともかく、プロやハイアマチュアには物足りないものではあった。しかし、ハイスピードの撮像素子ができてくるに連れて、また、応答速度の速い液晶ディスプレイが出てくるに連れて、そういう問題は解消されるはずだ、と私は思った。そこで「ハイエンドデジカメの将来はミラーレス一眼にならざるを得ない」という結論を出し、それを発表した。

しかし、当時あったカメラは当然レンズ交換式のミラーレスはなく、カメラサイトなどで私のこの意見は散々に叩かれた。曰く「撮像素子の速度が追いつかない」「ファインダーになる液晶の応答速度が遅い」など、私に言わせれば「それってごく近い将来は技術で解消されることだよね?」というものばかりだった。

実際、この2017年の今になってみると、高級カメラメーカー各社の新製品は「ミラーレス」が当たり前になってきた。それだけに特化した会社さえある。当然だが、当時私の言う話に大声で反対していた人たちは全くいなくなった。

他にも、私は1990年くらいに「近い将来の通信プロトコルはインターネットの普及によってTCP/IPになる」と言っていたのだが、これも当時はすごい勢いの「反対論」があった。PCでより手軽にできる、というIPX/SPXというNetwareのプロトコルがあって、それ以外にもOSIなどに沿ったいくつものPCどうしをつなぐネットワークプロトコルがあって、当時はどれが主流になるかわからなかった。その中で私が「TCP/IP」と言ったのだが「反対論」はすごかった。しかし、今はTCP/IPを実装していないPCやコンピュータは数千円のボードコンピュータから数億円のスーパーコンピュータまで考えられなくなった。後で私を散々叩いていた方も「ぼくもTCP/IPでUNIXやってます」なんて言いに来たものだ。その人の名前は忘れたけど。

ことほど左様に、「ネット言論」なるものは、未来を考えているものはまずない。今もそう思う。だから、それ以来、自分の言う「未来予測」には大きな自信を持っているだけではなく、ネット言論がいくら力を持っていても、いかに底の浅いものか、ということがわかってきた感じがするのだ。

ネット言論の多くは匿名で行われ、いかにも人数が多いように見えるが、実際には数人であることも多く、また、将来を見据えた深い思索もなく、「気に入らないものを叩く」程度のものであることが多いことも、よくわかった。世の中に多くの知識や経験を持って思慮を重ねた末に情報を発言する、という人も少ないのを知った。

これからネットの語り部となりたい人たちには、そういう「反対勢力」を怖がらず、より思慮を深めて発言する、ということが日本の将来にとっても、非常に重要である、ということを、じっくりと考えてほしい、と思うばかりだ。

 


人工知能の未来っていうのはあるのか?

たとえば、冬の寒い朝一番でクルマで仕事に行かなければならない、というとき、あなたのスケジュール帳を誰かが勝手に調べてくれて、車庫にあるクルマのエンジンを、あなたがクルマに乗るであろう10分前にアイドリングしておいて、クルマの中の暖房もONにしておいてくれる、ということが、もうすぐできるようになる。これを「人工知能がやっています」というと、商売的にはすごく良く聞こえるんだが、この程度のことは人工知能がなくてもできる。ちょっと気の利いたプログラマなら、さっさとハードウエアを買ってきて組み合わせ、自動車も車庫も改造してプログラムを書いて試験するのに、2日間もあれば十分だろう。

熟練したプログラマやハードウエアをやったことがある人なら、ここまでの話を聞いて、「あれとこれを組み合わせて、プログラムはこうやって書いて。。。」と、すぐに「答え」が頭の中に出ることだろう。

当然、外気温を取り出す温度センサーをつければ、気温が温かい場合はこういう動きはしない、などの設定をするくらいは、なんでもなかろう。雨が降っているかどうかもセンサーでわかるから、そういうときはどうするか、という動作も加えられることだろう。朝、車庫に自動車がなかった場合はどうするか?それだって、超音波の測距センサーがあれば簡単になんとかなる。

あなたの仕事がなんであるか。それはコンピュータは知らなくてもいい。あなたのスケジュールと行き先だけ知っていれば、こんなことは今ある技術とかで簡単にできてしまう。

実は人間がICTとかIoTに求めていることのほとんどは人工知能を使わなくてもできる。人間臭い動きをマシンにさせることができる。そういう意味で、今流行りの「人工知能ブーム」がどこまで続くか、ってのは、興味がある。

 


【人工知能の未来?】ある「死」について

晩秋

晩秋

◆スマートフォンのある生活

朝、目が覚める。スマートフォンの目覚ましが鳴る。午前6時。

スマートフォンを見ると、今日のスケジュールが書いてある。まず会社に行って、午前9時半にやってくるお客様と打ち合わせて。。。いつものウィークディだが、夕方には大学時代の友人との飲み会が入る。外に出ているのが多いときはスマートフォンの電池を充電するタイミングまで教えてくれる。今日はモバイルバッテリーを持ち歩く必要はなさそうだ。

会社に行く途中、スマートフォンのアラームが鳴った。

「GPSによれば、今朝は通勤ルートを外れているようですが、なにか予定外のことをしていますか?」

スマートフォンの画面には怪訝な表情のアニメの女性の絵が出ている。ぼくはスマートフォンに向かってしゃべる。

「ちょっとお腹の調子が悪い。途中下車して飯田橋駅のトレイに寄る。混んでいなければ10分くらいのロスになると思うけど、その後会社に向かうよ」

スマートフォンはそれにこたえて、

「わかりました。遅刻の可能性があるので、会社にも連絡を入れておきます。課長さんのメールアドレスでいいですね?」

と言うので「OK」とだけ答えておいた。この後、しばらくしてトイレから出たらまたスマートフォンのアラームが鳴る。

「薬屋はここから100m南西に行ったところの門にあります。午前9時過ぎにはそこが開きます。出社予定は9時半なので、今ならぎりぎり間に合うはずですが、会社へは再度連絡を入れません。変更した予定を記録します」

とスマートフォンが答える。

見れば今日のスケジュール表に「腹痛のためXX駅トイレで5分」と記入が済んでいる。さらに、「XX薬局で薬を買う。XX円。ロス5分」と勝手に記入されてもいる。この薬がいい、ということらしい。

会社に着くと、最初の接客のための資料をまとめる。スマートフォンの画面には、揃えるべき資料や、今日来る相手のFacebookでの発言履歴などが勝手にスクロールしている。これを横目で見ていると、PCの中に入っている、これまでに揃えた資料がスマートフォンでも見られるように自動的に転送されている。接客のときはこれをプロジェクタにつなぐだけだ。

接客が終わると、しばらくしてスマートフォンが鳴る。

「今日は午後1時ちょうどにアドバンスト・トーキョーの三宅さんと会議です。まだ11時半で少し早いですが、お昼に行くことをお勧めします」

ああ、そうだったな、と、スマートフォンを持って昼食に出る。またスマートフォンが鳴る。

「昨日はちょっとボリュームがありましたね。今日は量が少なめのものがいいでしょう」

昼食はラーメンにしたが、それをスマートフォンの写真で撮ると、スマートフォンがまたなにか言い出した。

「約200kcalオーバーです。今夜の食事は考えてとったほうがいいと思います。飲み会なのはわかっていますが」

さすがに「余計なお世話だ」と言ってしまった。それもスマートフォンが聞いていたらしく、

「すみません。でもこのところ忙しいですから、体には気をつけたほうがいいです」

と返してきた。まったく、母親がいつも横にいるみたいだ。うるさいのでスマートフォンのセッテングで返答の五月蝿さレベルを少し下げた。

今日の打ち合わせの内容について考えながら食べていると、またスマートフォンが鳴る。

「あと10分で食べ終えてください。そうしないと会議の資料をまとめる時間がとれなくなります」

しょうがないなぁ、と急いで食べ終え、会社に戻り、来客との会議に入ったが、会議中にまたスマートフォンが鳴る。

「あと20分で電池が切れます。充電してください。充電時間は30分で80%、1時間で100%。今日はこれから100%充電できますね」

スマートフォンに充電器をつなぐと、スマートフォンの中のアニメの女性がにっこり微笑んだ。

午後の会議と仕事を終え、今日の会議の結果と雑務をしていると終業の時間。今日はこのあとに大学時代の友人と飲み会が入る。会社は違うが同業種なので、おそらく仕事の話にもなるかも知れない。終業30分前に、またスマートフォンが鳴る。

「そろそろ終業ですが、帰りに社長にお話する件がありましたよね。一言言ってから出たほうが良いと思います」

なるほど、思い出した。来月に迫った海外出張旅費の件だ。少々オーバーしそうだ、という話を同僚としていたのをスマートフォンが聞いていて、その中に「じゃ、社長と相談してみるか」という言葉があったので、それを抽出したのだろう。

社長にその件を話しをして、OKをもらい、そのまま会社を出る。行き先は新宿の居酒屋だ。学生時代によく通った、チェーン店ではない、うらぶれた街角の路地にあるところだが、学生時代を思い出すには絶好の場所だ。ここ数年来ていない。友人も何年も来ていない、と言っていた。

スマートフォンが喋り出す。

「このお店は初めて来たところですね。どういうところですか?」

答える。

「学生時代によく通った店。今日会うのも、学生時代の仲間だ」

スマートフォンが聞いてくる。

「学生時代の、フットサルのクラブの仲間ですか?それとも、クラスメート?」

「いや、両方だ」

「わかりました。お店の情報その他を記録しておきます。お友達の顔写真も撮ってくださいね」

店に入ると、学生時代そのままの顔がぴっちりとした黒いスーツを着て座っていたので、少し笑ってしまった。いや、自分だって彼にはそう見えているはずだ。

「懐かしいなぁ!」「変わらないな!」

学生時代の出会いは、一生の出会いだ、と感じる。したたかに飲んで、お互い家路につく。このあいだ、スマートフォンはぼくらの会話を聞いていて、声の特徴なども記録している。話しが弾みすぎて友人の顔写真を撮り忘れたが、次回会うときは、彼の声の特徴を使って、スマートフォンは彼とぼくが会っていることを認識することだろう。もちろん、彼から電話がかかってきたときでも、「大学時代の友人のXXさんですね」と教えてくれるに違いない。

飲み過ぎたな、と思った。近くの私鉄の電車に飛び乗って、そのまま寝込んでしまった。

降りる駅に近くなると、スマートフォンが鳴る。

「そろそろ降りる駅です。準備をしてください」

その声に目が覚める。フラフラになりながらも、ホームへ。もう時間も遅いので駅からのバスはない。そこからタクシーだ。タクシーへの支払いも、カードと紐付けされたクレジットカードの非接触で行われるから、ここで小銭を出す必要はない。タクシーを降りると、そのまま自宅のアパートのベッドに倒れこむ。また、スマートフォンが鳴る。

「玄関のカギをかけ忘れてます。施錠しておきますか?」

「ああ、やっといてくれ」

カギが自動的に「ガチャ!」と音を立てて閉まる。ぼくはスーツのまま、深い眠りに落ちた。

 
◆ログアウト

ある日、スマートフォンが鳴る。

「ログアウトしてください」

え? と思った。しばらくそのままにしていると、またスマートフォンがつぶやいた。

「ログアウトしてください。時間です」

言われるままに、画面に出ている「ログアウト」のボタンを押した。

「ご苦労様でした。あなたの人生はここまでです。長い間、ありがとうございました」

ぼくは、死んだ。

米国の著名な学者が人工知能がさらに発達すると人類は終わる、と予言した。本当に、もうすぐやってくる未来とは、本当はそういうものなのかもしれない、と思った。