「道具としてのIT」が終わる

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ITというものが「道具」である時代は、そろそろ終わるのではないでしょうか?

音声入力にしても、キーボード入力にしても、あるいはタッチスクリーンにしても、「使いやすい」とは言うものの、どれも「訓練」「慣れ」を必要とする以上、健常者にとってもそれを使うには多少なりとも準備に負担が必要になります。ましてやこれからは日本をはじめとした先進国では「高齢化」の時代に突入し、2014年の現在でさえ、65歳以上の人口が全体の1/4となる時代です。訓練やスキルアップのための負担に耐えられない人が増えていくのです。

現在のIT機器は道具であるからこそ、それを使う人に訓練やスキルを求めます。たとえば、Facebookはそのアイコンをタッチしたとたん、Facebookを使う訓練をした人しか使えない世界になります。そして訓練で獲得したスキルでIT機器を扱うことができること、それを所有することが、これまでは「人としてなにか高級な感じ」がした。だから、人から良く見られたい、という願望のある人は、こういう機器を使いこなすことに一種の優越感とか達成感をも感じた。

いかしそういう時代は、そろそろ終わろうとしているのではないでしょうか?

外出のときも部屋でくつろいでるときも、電池で24時間動いていて、身に付いているデバイスが胸のポケットにある。しかもその機器だけでは能力不足の巨大な記憶容量や高度で複雑な仕組みは、24時間接続されているオンラインでクラウド上に置いておける。いま、そういう時代になったのに、私達はなぜその機器を苦労して「道具として」使おうとするのでしょうか?

ユーザーインターフェイスを根本から変える、新しい試みが必要な時代に、そして、その試みを達成できるハードウエアやネットワークの環境が揃った時代に、私達は本当は立っているのではないでしょうか?

「道具ではないIT」が、次の時代を作るのではないでしょうか?