「そんなのは現場の責任だ」という経営者はこうなるのか?

JR西日本で「天皇」とさえ呼ばれた井出氏が、東洋経済でこのように書かれている

ところで、ぼくはあのJR西日本の福知山線の事故のとき、その乗客の一人として命を落としていたかも知れなかった。偶然の居眠りがぼくを救った。

飛行機事故の事例を集め、事故の事後解析の様子も含めて映像化して放送しているナショナルジオグラフィックの「メーデー」という番組をときどき見る。飛行機は非常に巨大で複雑なもので、そのごく一部にちょっとした破綻が生じると、飛行機という、多くの人を載せて空を飛ぶ巨大システム全体が墜落などの巨大事故に見舞われる。管制塔のシステムなどや滑走路の整備など、飛行機を動かす外部のシステムも重要なシステムの一部だ。当然、ソフトウエアもそれに含まれる。

わたしたちの現代社会は、ある物事一つが周辺のものと密接かつ多岐に渡ってつながり、なんとか成り立っている。だから単純に物事を分かったつもりになるのは、危険極まりない。明晰な頭脳と複雑なものに対する挑戦こそが、現代社会における「技術」の真髄である。複雑さを軽視するのはそれが見える頭脳が無いからである。その頭脳のない人間はリーダーとして失格なのだ。それが現代という時代である。

 


「てるみくらぶ倒産」の連鎖が始まるのか?

【バブル時代の借金は良いことだった】
実はバブルの時期というのは、世の中にお金が余っていたから、「借金経営」でも構わなかった。むしろ、奨励されていた、と言っていい。つまり、借金をして会社を大きくしていけば、その借金を返して余りある利益が得られる。そうなると、更に借金をしてくれ、と銀行から言ってくる。そして、さらに借金をして。。。。という「好循環」が当時はどんなボンクラ経営者でも実際できたし、今日現在、そういうやり方で大きくなった会社もある。だから、借金(経営)が一概に悪いとは言えない。実際、そうやって拡大していくのが「事業」であったし、銀行がなぜカネを貸すかといえば、そういう好循環を期待しているからなんだね。経営というものをしたことがない人はそういうことはわからないだろう。当時は「借金も財産のうち」と言われた。だから、経営と借金の意味がわかっていないと、このあたりの話は間違う。

【時代が変わり経営者は誰でもできるものではなくなった】
しかしながら、時代は変わった。もう借金が利益を産み、その利益の拡大のためにさらに借金ができる、という世の中でもなくなった。そういう好循環を産むための仕組みを考えるのは難しい世の中になってきた。できないとは言わないが、かなり困難な時代になった。経営には哲学、才能も運も必要だ。こういう時代には、それまでとは逆に、借金の量を減らし、少ない資本で小さな利益を上げていく、という路線に、多くの経営者はせざるを得ない。ごく少ない、才能を実際に持った経営者だけが成長できる。多くの凡庸な経営者は成長ではなく守りの経営が必要になる。先に進めないのだ。しかし、「守り」であっても、それを恥じることはない。「いかに生き延びるか」が問題の社会になってきたのだから。

【どんな世の中でも「身の丈」を自覚しないと生きていけない】
だれもが成長出来る時代ではない。「てるみくらぶ」の山田社長は、残念ながら経営の才能がなかった。それだけのことだ、と私は思う。自分の非才を認識しても、後に戻れない、というところに既に来てしまっている人もいることだろう。自らの非才を認識したら、その時点で「自分の身の丈」でできる経営に集中すべきだった、と、私は思う。視点を変え、目標を変えれば、必ず生きていく道が開けていく。山田社長には、今だからこそ、エールを送りたい、と思うのだ。