盛り上がってきたLPWAと日本のIT業界のお話

Kishimojin / Ikebukuro / Tokyo

どこに行っても、LPWAの話が盛り上がってきていて、よく聞くようになったんだが、これでIoTの実験をしていろいろ作っていたのは、ぼくの場合は1年前のことになる。なかなかおもしろかったんだが、アマチュア無線で「ローパワー」を追求していたときの懐かしい感じが蘇ってきたね。まぁ、それはともかくとして、データ通信のためのLPWA(Low Power Wide Area)の通信方式とか、基盤のシステムにはいまやいくつも規格があって、その最初は「LoRa」と思われているんだが、それ以前にも、日本でも、あちでもこっちでも、けっこういろいろな通信の規格が乱立中、というのが正直なところだね。

で、いま、世の中にあふれているLPWAの記事を読むと、「LPWA」だの、「LoRa」だの、「SIGFOX」だの、というキーワードがそれぞれどういう立ち位置にあるのか?ってことがまるでわからないで書いてあるものがいっぱいある。表面だけ撫でているような、それで大丈夫だと思っている悪質ITライターの記事が山のように積もっていて、腐臭を放っている。

結果として、読者はまともな理解が得られず、用語とウソの概念ばかりが空中を飛び交っている。自分の手で作ればすぐにわかることが、自分で作らずに部下に任せる、なんていうことになって、さらにわけがわからなくなって時間だけが過ぎる。そういう人たちもまた山になるほどよく見てきた。

かつて、そう、1980年台くらいかだったかな?、ITの業界の雑誌とかで記事を書く人は、それなりに技術をわかっている人と、全くわかっていないなんとなくやっている人がごっちゃだったが、どちらもそれになりに食えていた。しかし、記事の中で製品をけなすこととか、不都合な真実なんてのは、ちょっと書くと、すぐにクビを切られた。結果として、中身はどうでもいいが、それがたとえ真実であったとしても、雑誌の広告のお金を出しているスポンサーに不利になるような記事を書くライターはいなくなった。それがIT業界のライター事情なんだな。自動車なんかでは「買ってはいけない」シリーズとか、そういうのがベストセラーになったが、ITの業界(1980年台くらいだとITという言葉はなかったけれども)では、「不都合な真実」を書く、実力あるライターは駆逐されてしまった。それが今だ。

そして、結果は、おそらくそれが原因の1つとなったと、私は思っているが、日本のIT業界は世界に冠たるダメ業界になってしまった。物事には、バランスというものがやはり必要で、「賞賛」もあれば「不都合な真実」もあって、それを嘘偽りなく、使う人とか投資家に知らせる、という重要な役目が置き去りにされてしまった。

最近で言えば、「ブロックチェーン」「人工知能」に同種の「危うさ」をぼくは禁じ得ないんだが、要するに「賞賛」」ばかりで「不都合な真実」がゼロってことはありえないわけで、良いことも悪いことも全部さらけ出して、世の中に入っていく、という、そういうものがないんだな。IT業界というのは、キーワードをこねくりまわしてラクして儲けられる業界ではなくなった。世界的にね。そして、そういう新しい世界についていけるIT事業者だけが、世界と渡り合って、生き残っていくだろうね。ごく少数だけね。現在のままならば。

なんて、当たり前のことを当たり前にしていく、ということがIT業界はできない場面が多くなってね。そりゃ衰退するわ、って思うわけですよ。

 


IT業界のキーワードはこんなふうに変遷している

鉄腕アトムの頭脳は「電子頭脳」だったわけで、要するに「人工知能」と同じもののことを言っていたんだな。イメージ的にはね。それにしても、ITの業界のこういった「流行語」は、これまでいろいろ変化してきているんだが、その本質をちょっと解説しよう。
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まず、1980年代後半くらいだと、「マルチメディア」とかって流行ったわけですよ。この頃のキーワードはITという言葉もなかった時代なんだが、米国からやってきた横文字のキーワードをそのまま日本のマスコミでありがたがって使っていて、なんの問題もなかったんだね。そして、2000年くらいに「IT(Information Technology)」だよ。つまり、この頃までのキーワードは「名は体を表す」だったから、キーワードを聞けば、とりあえずなんらかのイメージが浮かんだんだな。「マルチ」「メディア」だから、メディアがマルチになるんだな、くらいはわかったわけですね。
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そして、2000年を超えてくるあたりで、IT業界のキーワードがかなり変わってきた。たとえば、「Web2.0」なんてのがその代表だが、こうなると、もうキーワードを聞いただけじゃ、中身がわからない。「Web」の「2.0」。ははぁ、次世代のWebのことだね、まではわかるんだが、それが具体的にどのように変化するかは、キーワードだけでは、全くイメージできない。「すげぇぞ」あるいは「すげぇのが来るぞ」くらいな感じしか受けないわけですよ。もうね、「すげぇ:って言われても、なーんにも驚かないもんね」みたいに構えちゃうよねぇ。なんだか、押し売りのセールストークみたいになってきたわけだ。「このゴムひも、すごいんです」って言われているような、そういう感じ。
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で、現在のIT業界のキーワードは「IoT」「人工知能」かねぇ。ぼくは様々な日本の名だたる大企業の工場のシステムとかをずいぶんやってきた。もちろん、ぼくが全部引き受けたわけでもなく、そういう規模でもないわけで、そのシステムの「部分」をやっただけだけどさ、それでも、今のIoTと全く同じことはその工場の中で動かしていたし、僕らも作ったしね。世界ネットワークも動いていたしね。たとえば、1990年くらいかな、ぼくが仕事でシステムを作りに行った某社の工場では、ロボットが広い工場の敷地をあちこち走り回って、資材や工具を運んでいたわけですよ。人が目の前を横切ると、ロボットのセンサーが人を検知してその人が通りすぎるまで待っている、なんてのは当たり前だった。つまり、今、IT業界で流行っている「IoT」「人工知能」なんてキーワードは、既に一定以上の成果が20年近く前にはできているものばかりでね。ぼくはこれらのキーワードを「リバイバル・キーワード」って言ってるんだが、今はそういう「リバイバル」の時代なんでしょうね。つまり、ちっとも先進的じゃなくて、悪く言えば「蒸し返し」なんだな。
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でも、20年以上前と今が違うこともある。価格だ。最近はコンピュータ機器の価格が劇的に下がっていて、通信料金もまた劇的に下がっているので、そういうものが一般の消費者にも行き渡って来る下地ができた、ってことなんだな。かつては数億円したコンピュータが数千円で手のひらに乗る。かつては毎月数百万円かけた通信料金が今は数千円で済む。もちろんコンピュター機器が食う電気の電力も下がっている。そういう時代の変化が、コンピュータの利用を広げているんだな。かつては大企業しか導入できなかった生産管理システムを、おじいちゃんの町工場でも使えますよ、ってことですね。
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で、にわか仕立てのなんにも知らない「ITジャーナリスト」って、そういう20年以上前のことって知らないんですよ。だから、「世界ではじめて」なんて言って、恥かくわけです。iPhoneに指紋認証がついた、って大騒ぎしたときも、この手の質のあまりよろしくないライターは「業界ではじめて」なんて表現を使って、恥かいたわけだね。iPhoneより先に、スマートフォンに指紋認証をつけたのは富士通でさ、それを知らなかったんだね。で、クレーム受けて「ごめんなさい」したことがあったのね。これは昨年の話だったかな?これは数年のスパンの話であって、20年とかのスパンの話じゃなくてもこうだからね。最近のITライターは「先天性健忘症」を患ってる人が多いのかね。若いのに、病院通いは辛いだろうなぁ。
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ということで、ITの業界のキーワードは、(1)「名は体を表す」の時代から、(2)「抽象化でよくわかんない」に変遷し、今は(3)「古いものを新しいものと錯覚させる」という、そういう本質的な変遷を経てきたんですよね。「騙されるな」とまでは同じ業界の人間として言いたくはないけど、温故知新で歴史を大切にして欲しいよな、とも思うわけです。いや、これは日本のIT教育とかがそういうことを怠ってきた、ということでもあるので、他人のせいじゃなく、ぼくらのせいだ、ということでもあるんでね。困ったことですよ。
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IoTというのは「IT業界」と「それ以外の業界」がつながっていくよ、ということを表現したものなので、ある意味、技術そのものとはちょっと外れたところに本質がある

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IoTというと、すぐに「センサーが」とか言うわけだが、いまどきセンサーそのものも内部に小さなコンピュータが入っているものもあって、非常に安価。人感センサーも温度センサーも既にだいぶ前から秋葉原のアマチュアの電子工作用にだって売ってるわけですよ。技術的にはなんら新しいことはなくて、その実現コストが非常に安くなった、ってことがあるかとは思うんだけど、技術という側面から見ると、なんら新しいものはない、と言い切っていいんじゃないかと思うのですね。実は今騒がれはじめた「IoT」の本質というのは、技術にはないんですよ。

そういうものができる、ってのは、ほとんどの人は前から知ってるわけ。そうじゃなくてさ「そういう技術がIT以外の業界でも普通に使えるようになったね」ってことが大事なんだよ。みんなPCとかスマートフォンとか使うようになって、ITに親しみができたじゃない。その上で、ハードウエアがつながるといろいろできるよな、で、それはけっこう安い値段でできるよな、っていうところに重点があるわけですよ。古くからのITとかコンピュータ、組み込みの技術者から見れば「できて当たり前」の話ばかりで、技術の話だけだと、退屈しちゃうような話なんだな。

そうじゃなくて、ハードウエアとインターネットを使った通信との連携が安価で手軽になったコンピュータを介して、こんなに安く、簡単にできるようになったから、世の中が変わりそうだね、って話なんですね。「尖った技術」がそこにあるわけじゃないんですよ。

「尖った技術」がちやほやされた時代ってのは、コスト、言い換えればカネが潤沢だった時代なんだよ。そういう時代には、いくらお金をかけてもいいから、すげーものを作れ、他社をぶっちぎれ、っていう競争だったわけ。でも、今はスーパーコンピュータでさえコストを考えないとやっていけない時代になったんだね。だから、IoTってのには新しい尖った技術は無いの。

たとえば、ある仕事はいまだに人間がかなり介在していて、数年でン億円かかってその仕事をしていた。でも、IoTの技術を使って、人間をその工程からなくして自動化すると、ン億円かかっていたものが、数千万円以下で済みます、すごいてしょ?だから導入しましょう、ってのが、今はできることがIT業界以外の人でもわかってきて、それを提案してくれる人をみんな待ってるわけですよ。それが、IoTの本質ですよ。

お金というのは、ITの技術者や研究者でもわかるし、一般の人はお金以外では物事をとらえられないことも多いわけね。だから、お金を相互のコミュニケーションのプロトコルにしておかないと、通じないのですよ。で、それが一般的になって、形になったのが「IoT」なんだよ。だから、「IoTでこういうことができます。安くできます」あるいは「もっと儲かります」という「提案」が「具体的にお金に換算してできること」が非常に重要なんですよ。

今生きてる日本の高齢の技術者は日本の経済がいい時期にいい青春時代を過ごしていて、その時代はとても経済的に豊かで、技術者や研究者のほとんどはお金のことをあまり気にしないで「最先端」を追うことができた。でも、今はそういう時代じゃないからね。ごく一部を除いてはね。それが今という「新時代」なんだね。だから、今どきの退職技術者のおじいちゃんたちはそういうことわからないし、お金の計算ができないし、それが自分の仕事だとも思ってないから、今日現在のIoTってなんなのか?ってことがよくわからない。「それ、俺たちがやってきたことだよ」だけで、話が終わっちゃう。なぜ今、IoTが騒がれているのか?ってところに疑問を持てば、問題意識ができて、今、なぜ?ってところに気がつくとおもうんだが、多くの古参の技術者はそういう新しい時代の感覚がまるでわからないのね。だから、目の前にあっても、IoTってものがなんだか、まるでわからない。結果として、先輩として正しいアドバイスもできないんだよ。

IoTというのを語るには、「コスト」の話は外せない。それが身についていないのであれば、もう「旧時代の遺物」なんだよ。